武者陵司 「絶好調の米国株式・経済、トランプ政権一年目の評価」(前編)

市況
2018年1月29日 14時54分

―最悪大統領の“真実”、浮かび上がる傑出したリーダー像―

武者陵司(株式会社武者リサーチ 代表)

(1)混迷する米国論、的外れのトランプ批判

●「トランプ憎し」のメディア報道

メディアにはトランプ氏に対する批判が溢れている。対立を煽って国民を分断、格差拡大、米国の国際的評価失墜、エルサレムへの米大使館移設など中東に混乱を招く、北朝鮮との口汚い罵り合い、トランプ大統領は歴代大統領で最低の支持率である、等々。それは米国に対する悲観論とも重なり合っている。

では、トランプ氏は何者か、そこまで反対を押し切って何を実現したいのか。孤立主義・自国優先主義、保護主義、差別主義といった批判では捉え切れない本質を想起する必要がある。根本にある思想は経済主義であり、米国優越主義ではないか。理想主義、非経済主義、分配主義に偏ったオバマ政権に対するアンチテーゼと言える。いわば、ハト派理想主義対タカ派現実主義と対比される。

●トランプ登場の背景にある合理性

いやしくも有権者が選択したからにはトランプ氏登場の必然性がある。それは3点の課題解決として整理できよう。

第一は経済的課題で、格差、取り残された白人労働者、資本・貯蓄の滞留、アニマルスピリットの喪失などである。トランプ氏はこれに対してケインズ政策、有効需要の創造、規制緩和を対置した。

第二に地政学、国際関係面での危機感、中国の台頭、米国覇権の危機、国際秩序の形骸化である。トランプ氏はこれに対して、二国間主義、国際機関の再構築、力による平和を対置した。

第三は価値観、理想主義・リベラル・分配主義、例えばPC(ポリティカル・コレクトネス)という理想主義的建前の偏重。トランプ氏は法治の徹底、自己責任・リバタリアニズムを対置させ、最高裁判事など人事を大きく刷新し、既存価値観からトランプ批判をするマスメディアに対抗している。しかも、ツイッターを介して。

(2)対極の経済の優れたパフォーマンス

●絶好調の経済と株価

渦巻くトランプ批判とは真逆に、米国経済の活性化が加速している。米国経済はトランプ大統領就任以降ほぼ3%の経済成長が維持されている。消費の好調に加え、景気のドライバーである投資が加速し始めた。耐久財や資本財受注が大幅に上昇しているが、背景には労働需給のタイト化による機械代替、新産業革命、IoT対応の投資の本格化などの事情がある。トランプ政権の規制緩和と税制改革が今後さらに景況を後押しする。

空前の株高も特筆される。ダウ工業株指数はトランプ大統領当選時の1万8800ドル、就任時の2万ドルから1月末2万6000ドルへとそれぞれ1年余りで38%、30%の大幅上昇を記録した。経済心理は企業経営者の楽観指数が史上最高水準に高まり、消費者信頼感指数も大幅に改善している。これほどの経済的成果を事前に予想した人は皆無ではないか。この一年間のポジティブな変化は何故起こったのか、批判者、悲観論者はどこを間違えたのか、まずはその洞察が議論の出発点である。

●急好転した企業家心理、改善が見込まれる開業率

オバマ氏の経済政策は基本的には適切で、リーマン危機から米国経済は見事に立ち直った。しかし、それでは不十分、米国経済はもっと良くなれる、そして強い経済を背景に米国の国益と世界におけるプレゼンスはもっと大きくなれる、というものがトランプ氏の主張であった。

一年のトランプ氏による統治を見れば、この主張は正しかった、成果が上がった、と言わざるを得ない。オバマ政権の時代には規制が大きく強化されて企業家心理が抑圧され、米国の企業開業率が劇的に低下し、アニマルスピリットが損なわれた。トランプ政権下でこれが再び高まるのはほぼ確実であろう。

●規制緩和全開、ロビイスト復活、企業と政府の癒着(?)強まる

トランプ政権は規制緩和に全力を注いでいる。一つの規制の導入に際し二つの既存規制を廃止するとの方針を堅持している。

また、行政機関、例えば消費者金融保護局(CFPB)、証券取引委員会(SEC)、商品先物取引委員会(CFTC)などの長をことごとく規制緩和派にすげかえた。高い評価を得ていたジャネット・イエレン氏からパウエル氏にFRB議長を替えたのも、規制緩和に対する積極姿勢が鍵になったとみられる。トランプ氏に指名されたクオールズFRB副議長はボルカ―ルールや資本規制の大幅緩和を進めていることを明言しており、金融機関と金融市場にリスクテイク促進風が吹いている。

また、環境規制派の反対を覆し石油パイプライン「ダコタアクセス」建設を認可した。ロビイスト活動が活況を呈し、産業と政権の距離が急接近している様は、オバマ時代とは昼と夜ほどの違いがあると言われている。

●空前の減税、企業優遇

しかし、もっと大きな経済的意義がある成果は、30年ぶりの税制改革であろう。まず減税規模が壮大である。5年間で1兆740億ドル、10年間で1兆4560億ドルというスケールは1981年のレーガン減税の5年で7473億ドルを大きく上回る。また、その先が企業活動支援に集中していることも際立っている。

具体的には(A)法人税減税(35%から21%へ)、(B)投資減税(5年間にわたり設備投資の100%即時償却)、(C)海外利益を非課税化、海外からの配当の非課税化、(D)移行措置として、これまで企業が溜め込んでいた海外留保利益の国内還流の際の軽減措置(35%であったものを15.5%に)、(E)中小企業減税(所得の20%を非課税化)、(F)個人減税(最高税率の引き下げと児童税額控除の拡充、遺産税課税最低限の引き上げ等)、等。

●企業の対応広がる

この野放図とも見られる大胆さに対して、財政赤字拡大、格差拡大を招くとの批判も大きい。だが、当面の経済効果は甚大であり、財政赤字と格差はその事後に検証されることである。すでにウォルマート、ボーイング、アメリカン・エアライン、ウェルス・ファーゴ、ATT、ベライゾン、バンク・オブ・アメリカ、シティ・コープ、JPモルガン、コムキャスト、ディズニー、スターバックスなど多くの企業が海外利益の国内送金、投資増加、雇用増加、賃金引き上げ、ボーナス支給、年金企業拠出額増加などを打ち出している。

例えば、アップルは今後5年間で、海外に留保している利益2500億ドル(28兆円)を国内に還流させることで380億ドル(4.2兆ドル)の税金を支払うとともに、国内では300億ドル投資(内100億ドルは国内データセンター)、2万人雇用、10億ドルから50億ドルへの先端製造業投資基金拠出積額の引き上げ、等を実施すると発表している。

●国防・インフラ投資の増額も

さらに今年に入ってトランプ政権は公約で10年間1兆ドルと約束したインフラ投資の具体化に着手した。また、国防支出はさらに増額する意向を表明している。

●言行一致の政策展開が奏功

非経済的政策の側面でもトランプ氏はほぼ言行一致の政策を遂行している。国防予算を増額、力による平和戦略(Peace through Strength)は北朝鮮の制裁、中露を外した20ヵ国による対北朝鮮海上封鎖等、アジア地域では効果を見せている。IS(イスラム国)はほぼ壊滅し、この間、米国内でのテロも抑圧されている。

国境の壁、非合法入国の規制、イスラム国籍国家の入国制限などメディアの批判は受けたもののほぼ国民の半数が支持した事柄は、一定の成果を上げている。メキシコからの不法移民は激減していると報道されている。

●二国間主義、敵は本能寺、米中貿易戦争勃発か

TPP離脱、NAFTA再交渉など、多国間ではなく二国間にこだわる交渉方式は、敵は本能寺、異質国家中国の経済的台頭を抑制するには多国間主義では無理との認識があるとみられる。

対中では通商法301条の適用を視野に調査と交渉が始まっている。太陽光パネルと大型洗濯機に対して通商法201条に基づく緊急輸入制限(セーフガード)が発動された。対中タフネゴシエーターとされるロバート・ライトハイザー米USTR代表は中国のWTO加盟を認めたことは誤りであった、と真っ向から不公正貿易慣行に満ちている中国に対して貿易戦争の宣戦を布告している。

他方でトランプ大統領は1月末のダボス会議において、一旦離脱したTPPに対して、再加盟の交渉に入る可能性があると表明した。二国間交渉で対中国圧力を大きく高めつつ、吟味しながら多国間協定に復帰する、まさに敵は本能寺である。

国際機関の形骸化はWTOのみならず、現状変更をあからさまに行う中国・ロシアが安保理の拒否権を保持している国連も同様である。その再構築にトランプ政権の真の狙いがあるのではないか。トランプ氏を単純な一国主義、孤立主義、保護主義というのは間違いであろう。

「絶好調の米国株式・経済、トランプ政権一年目の評価」 (後編)に続く。

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