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【市況】武者陵司 「市岡vs.武者 どこにリスクはあるのか、その深刻度はどれほどか」(後編)

武者陵司(株式会社武者リサーチ 代表)

「市岡vs.武者 どこにリスクはあるのか、その深刻度はどれほどか」(前編)から続く

(3)世界株式市場の変質、なぜこれほどの急落が起きたのか

櫻井: ファンダメンタルズ、経済や政治などの実態面で深刻な問題がないとすると、原因はどこにあるのでしょうか。武者さん、ご見解を説明してください。

武者: 今年の2つの市場波乱は、もっぱらテクニカル要因である可能性が高い。第一の理由は、AIトレーダーとインデックス、ETF化により株式市場が変質していることである。ここ数年、市場のメインプレーヤーに躍り出たCTA、リスクパリティファンドなどは、すべてAIトレーディングで、もはやトレードは機械の領域になった(CTAとはすべての金融商品を投資対象とするアルゴリズムヘッジファンド。リスクパリティファンドとは自動的に保有資産のリスクが均等化するアルゴリズムを組み込んだヘッジファンドで、例えば株が下落すれば自動的に株を売る仕組みを内在している)。これらの投資ファンドは際限ないデータを持ち、感情に左右されず、巨額の資本を支配するAIがトレードしており、彼らを相手に人間がトレードしても勝ち目はない。安く買って高く売ろうとすれば、高く買って安く売らされることになりかねない。人間がトレードしていた時代の常識、日柄感、値幅感なども通用しなくなっている。

 また、個別株、企業調査に基づくボトムアップに代わり、インデックス、ETFが株式市場へのメイン資金経路となった。米国株式投信のインデックス比率は2009年の19%から2018年には44%に上昇している。巨額の資金がマクロの事情によってトップダウンで市場に流出入し、インデックス採用銘柄の売買を通して市場を翻弄している。ただ、 AIやインデックストレーディングは長期的には中立であり、売った後は必ず買い戻さなければならない。投機売りの後に、大きな投機買いが始まるだろう。

 あと一つの株式市場内部の事情として、自社株買い自粛期間(決算発表日前4週間)中に、株式売りが仕掛けられたとみられる。ここ数年、米国では自社株買いがほぼ唯一の株式購入主体であり、対照的に家計と投資信託は売り主体であった。例えば2015年~2018年前半までの3年半累計でみると、自社株買い2兆600億ドルに対して、家計は4100億ドル、投信は3300億ドルの株式を売り越している。つまり、自社株買い自粛期間は株式需給が極端に売り越しに傾く時期であり、容易に仕掛け売りが奏功する時期といえる。相場急落の2月初め、10月初めはまさしく自粛期間の開始と照応している。となれば、自粛の終了とともに株式需給は大反転するはずである。

 このように考えると10月の株式急落は、そのあと年末から来年初めにかけての、反動上昇のステップボードとなるかもしれない、とも考えられる。

櫻井: 市場内部要因が急落の真犯人だ、という見解ですが、市岡さんのご見解はいかがですか。

市岡: ブラックアウト期間(自社株買い自粛期間)に動いたというのは鋭い指摘だ。AIがトレードの中心になっているので、なかなか普通の人が勝ちにくい相場になっているのは確か。囲碁や将棋で人がAIに負けているが、言われているのは定石にとらわれずに意表を突く動きがあるということ。株式相場でもそんなことが起きているように思う。

(4)今後の見通しは、楽観論の立場で見れば

櫻井: お二人とも、急落の原因は市場内部にある。ファンダメンタルズは心配はあるが、現時点では基本的に大丈夫、ということですね。それでは、今後の市場をどうご覧になっていますか。市岡さん、お願いします。

市岡: 今後の相場で見極めが大切なのが原油市場。先ほど社債と国債のスプレットが拡大していないと述べたが、ジャンク債と国債のスプレッドでは、その傾向は顕著である。これはアメリカの地場石油会社が発行する社債がジャンク債の指標銘柄がとなっているからだ。地場の石油会社は借金漬けで財務内容が劣るが、石油の値段が高いとジャンク債が人気を集め、信用スプレットは拡大しない。逆に言えば、石油の価格が下がるとジャンク債のスプレットが拡大することになる。いまはまだ心配がないが、これが50ドル台になると要注意かなと思う。

櫻井: 武者さんはいかがですか

武者: 石油が急落する、世界の需要が大きく落ち込むというようなときには、リスクが高まる、それが起きそうなのはアメリカではなく中国である。中国の実態経済が落ち込むことがあるかは、注意深くモニターしなければならない。2015年に中国は一度景気底割れの恐怖を経験しているので、長期的には問題はあるが短期的にはテコ入れをして経済を押し上げ、相場も下支えすると思う。

 11月末にはサミットがもたれ貿易戦争に一定の決着というか、アメリカの要求に中国がある程度応えて、一旦撃ち方やめになる可能性があるだろう。アメリカがイランに対して経済制裁をしているが、いままでこれに批判的だった中国は一人イランからずっと石油を買っていた。WSJ(ウォール・ストリート・ジャーナル)によれば、11月以降、イランから石油を買う行動をとっておらず、中国はアメリカのイラン制裁に同調するようだと報道している。アメリカから次々に押し込まれている中国は妥協を図るためにかなり譲歩を始めている。米中貿易戦争は長期にわたる問題だが、短期的な経済と市場に与える影響は、行き過ぎるとアメリカにとっても中国にとっても自滅行為なので、ある時点で一旦落ち着くのではないか。

 米中冷戦問題、中国失速により原油価格が急落し、それがきっかけになって悪循環が起こる問題、金利上昇が連鎖的な金融不安を起こしそうだという問題、いずれも問題ではあるけれども短期的に心配することではないだろうということが明らかになるでしょう。またAI、ETFがマーケットを攪乱しているが、基本的にマーケットニュートラルなので、売った後は買い戻すので年末から来年にかけては市場は大きくリバウンドするのではないか。

(5)投資家はどう対応するべきか

櫻井: 最後に投資家に対するアドバイスをお願いします。

市岡: 季節の変わり目に春一番や台風がある。相場の世界も同じで、この5年間ハイテクが上がってきて、ダメなのは重厚長大、鉄鋼、非鉄であった。しかし、今回のように、株価が急落すると相場の主役も変わるものだ。新日鉄住金 <5401> と村田製作所 <6981> の相対株価をみると、ハイテク株と重工長大産業株の天井と大底が、株価の暴落を挟んで、ほぼ同時に出現していることがわかる。私は年末から来年にかけて株価は上がると見ているが、その場合の主役はこれまで上がり続けたハイテク株ではなく、新日鉄住金のような重厚長大産業、あるいはエネルギー、非鉄関連株になると思う。いまエネルギー非鉄が下がっているのは、中国がだめだから。しかし、中国需要が立ち直り、相場が変われば、日本経済にとっても悪いことではない。

武者: 中国叩きは他の国にメリットになる面がある。中国がアメリカに叩かれて設備投資ができない、あるいは企業は中国に対する投資を引き揚げている。しかし、最近、中国をやめてどこで作るのだと企業は新たな生産拠点の開発を始めている。今度は別のところで投資を始めるプラス面も出てくる。グローバルな景気動向は株安もあってしばし停滞するかもしれないが、来年前半に復活してくる可能性はある。

 投資家の皆さんにアドバイスしたいのは、人工知能と戦わない方が良い。碁や将棋で勝ち目がないようにトレーディングでも勝ち目はない。勝ち目がないところに誘い込まれるような株式投資の仕方は避けるべき。

 絶好の安値買いの機会に恐怖を誘導されて売らざるを得ないなどとならないようにすること。余裕資金で、過剰なレバレッジをとらない投資は長期投資を可能にし、大きな果実を得る近道と言える。

櫻井: 興味深い対談、どうもありがとうございました。

市岡、武者: ありがとうございました。

(2018年11月7日記 武者リサーチ「ストラテジーブレティン212号」を転載)


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