大山季之【米国株マーケット・ビュー】―「AI相場」陰の主役、エネルギー産業に注目せよ
◆4月の株式マーケット変調を呼んだ3つのリスクの正体
米国の株式市場も、日本同様、決算シーズンたけなわだ。年初からここまでの流れをざっと振り返ってみると、1月から3月までの「AI(人工知能)相場」では、S&P500種指数<^SPX> が4700ポイント台から5200ポイント超まで上昇するなど、株式市場は非常に好調だった。それが3月末から雰囲気が変わってきて、株価も急激に調整局面に入った。最近では、何が市場を不安にさせているのかがマーケット関係者の話題となっていたのだが、ここにきて、リスクの正体が徐々に明らかになってきたようだ。
市場が感じたリスクは大きく分けて3つある。「中東」、「インフレ」、そして「企業業績」だ。いま、米国株マーケットは、これらのリスクを一つ一つ検証し、つぶしていく、つまり織り込みの作業に入っていると言っていい。
まず中東問題は、イスラエルとパレスチナの紛争だったところに、突如、イランが入ってきて報復の連鎖が始まり、一時は中東全域を巻き込んだ大きな紛争になるのではないかという危惧が高まった。だが発端となったイスラエルによるイラン大使館攻撃から2週間以上が過ぎ、これ以上事態が深刻化することはないだろうという見方に変わってきた。
この見方の背景には、ひとつにはイスラエルの後ろ盾となるアメリカの公的債務はすでに34兆ドルに達していて、もうこれ以上、財政支出を増やすことは不可能に近いということがある。一方のイラン側も全面戦争は望んでいない。イランは本音としては中東全体を巻き込みたいのかもしれないが、シーア派の大国、イランを危険視する中東のスンニ派諸国が支援する見込みはないからだ。
もちろん、両国の長年の歴史的な敵対関係から言っても、簡単に収束することはないかもしれない。米ロ対立の構図の中で、中東での紛争を長引かせ、アメリカを財政的に揺さぶりたいというロシアの思惑もあるかもしれない。だから、完全にリスクが払しょくされることはなく、しばらくは原油高なども続くだろう。だが、小競り合いは続くかもしれないが、例えば「ホルムズ海峡封鎖」といったような大きなリスクには発展しないだろうというのがいまのマーケットの見方だ。
◆「年6回」の利下げ観測が「年1回あるかないか」にまで後退
インフレについては、一言で言えば、米国経済が想定以上に良すぎる、ということだ。4月に発表されたCPI(消費者物価指数)、雇用統計、小売り統計の各指標がいずれも市場予測を上回り、予想以上に米国経済が堅調であることが改めて明らかになった。4月25日に発表された第1四半期のGDPは年率換算で前期比1.6%増と市場予測の2.5%増を大きく下回る結果となったが、翌日発表されたPCEデフレーターは、やはり市場予測を上回るインフレが続いていることを示している。
現時点では、FRB(米連邦準備制度理事会)による今後の利下げについては、年内に1回あるかないかという見方に変わってきている。年初時点では、マーケットは年に6回前後の利下げを見込んでいたが、それが3回になり、いまでは1回、ひょっとしたら利上げもあり得る、というように変化したのだから、いかにアメリカの経済が底堅く、インフレも粘着質なものであるということだ。5月1日のFOMC(連邦公開市場委員会)の結果を待たずに、すでに市場はこのあたりの金利動向を織り込んだ、と言えるのではないか。
◆テスラではない、では4月の株価調整を生んだ"真犯人"はどの銘柄?
そして最後のリスク、企業業績に関しては、これまであまりにバリュエーションが高い状態が続いていたために、マーケットがそれを正当化する理由を求め始めた、ということではないだろうか。高すぎた期待値の反動、とも言えるだろう。
まず、4月17日に発表されたASML<ASML>、翌日のTSMC<TSM>の決算内容とガイダンス(業績予測)が、市場予測を大きく下振れて、S&P500やナスダック総合指数といった主要指数が急落した。だがその後、メタ・プラットフォームズ<META>やマイクロソフト<MSFT>、アルファベット<GOOG>、アマゾン・ドット・コム<AMZN> など主要企業の決算が発表され、全体の株価も復調してきている。
これらの企業に対しては、業績もさることながら、各社のAI関連の巨額投資を市場が好感しているようだ。今後のアメリカの実体経済の動向については見方が分かれるが、クラウド大手3社の投資は、AIがいよいよ実体経済に入り込んでいくために不可欠なものだと認識されているようだ。
ただこの中ではメタだけは、業績が市場予測を下振れしたことに加え、AI向けの巨額投資がネガティブに受け止められ、発表後、株価が急落した。記者会見でマーク・ザッカーバーグCEOは「収益化は何年か先になるかもしれないが、AIはやり抜く」といった趣旨の発言をしたというが、これに対してマーケットでは、「メタバースで失敗したばかりじゃないか」といった心理が働いたようだ。
要するにROI(投資収益率)の点で、ザッカーバーグ氏の強気発言がマーケット心理を不安にさせたようだ。ザッカーバーグ氏はいまやビックテックの中で唯一の創業経営者だ。経営トップの大胆な判断を迅速に行動に移す体制ができているが、それが吉と出るか凶と出るかは、マーケット関係者の中でも見方が分かれている。
一方、決算数字はひどいものだったが、テスラ<TSLA>の株価は発表後、急騰した。CNBCの報道によると,同社の貸株料が他社と比べて高く、悪材料の出尽くしで買い戻しが入ったという噂もあるが、低価格EV(電気自動車)を当初の計画から前倒しして投入するというイーロン・マスクCEOの発言が総じて好感されたようだ。
こうして注目企業の決算が次々に発表されていく中で、いま、マーケット関係者の間では、「株式市場に変調をもたらしたのは誰だ」と"魔女狩り"さながらの"真犯人探し"が始まっている。今回の決算シーズンは、ASMLの想定外の不調による、"ASMLショック"から始まっているが、なぜ、AIの重要なプレーヤーであるはずの同社が想定を下回るような業績となったのか。
最初はテスラではないのか、と疑う声もあったのだが、業績悪化の水準はすでにマーケットが織り込み済みで、そうではなかった。そこで、この原稿を書いている現段階(日本時間5月1日)で真犯人の有力候補と言われているのが、あの会社。そう、5月2日(日本時間5月3日)に決算発表が行われるアップル<AAPL>だ。
本稿が配信される頃には、すでに同社の決算が発表されているが、現時点では、果たして同社の業績が、マーケットが織り込んでいる程度の低迷で済んでいるのか、そして悪いなりにもAIについて誰もが納得できるような方針を打ち出すことができるのか、が市場関係者の注目の的となっている。
このアップルの決算発表を通過したあとに、今後の米国株マーケットの大きな方向性が見えてくるかもしれない。決算結果が市場想定より上振れるにせよ下振れるにせよ、マーケットの不安心理がある程度、"アク抜き"されるだろうからだ。もちろんその後は5月22日に予定されている、エヌビディア<NVDA>の決算が次の焦点となるが、少なくとも4月以降の市場変調をもたらした3つのリスクの、最後のリスクの正体が明らかになるのではないか。
◆国際資金が株から金に徐々にシフト。では今、買うべき株は?
ところで、3月の相場を振り返ると、株価と金価格が同時に上がっていたことが分かる。リスク資産の株と安全資産の金が同時に上昇していたのだから、ちょっとした異常事態と言っていいが、これは4月の株価の調整によって、ひとまず、金が勝者だったという結論が出たようだ。最近の新聞記事で、フィナンシャル・タイムズの人気コメンテーター、ラナ・フォルーハーは「現状に不安心理を感じたときには金を投資対象にするものだ」と記していたが、もっともだと思う。背景には各国の中央銀行が、ドルから金に資金をシフトしていることがあるが、地政学リスクが温存されているうえに、経済や株式市場の先行きが不透明な現状では当然のことかもしれない。
実際、日本でも電車内のCMや新聞のマネー欄などで金関係のものがやたら目立つようになってきた。そうした世界的な資金の流れの中で、個別銘柄の投資戦略を考えるとすれば、金鉱山を所有する企業に目が行くのが自然だろう。
特に注目したいのは、ニューモント<NEM>という金鉱採掘企業だ。1940年の上場以来、長期の株価チャートを見ると、株価は一貫して金価格と連動して推移している。ところが、ここ数年は逆相関の関係になっていて、金価格が上昇しているのに株価は下がり続けていて、長期チャートを重ねると、まさに「ワニの口」のようになっているのだ。すでにかなり上昇している金を買うのなら、この銘柄への投資も選択肢として考えられないだろうか。
地政学リスクという点では、金だけではなく資源・エネルギーセクターは全体的に狙い目だ。中でもエネルギー世界大手のシェブロン<CVX>は堅いのではないだろうか。年初来、株価は徐々に上げてきているが、過去の実績を見ると配当利回りは4%前後のレンジで推移しているので下値不安は少ない。
同社が2023年12月期の決算発表で語っていたのは「AIのためにデータセンターを増設しようと思えば、膨大なエネルギーが必要になる。だから我々もAI関連企業だ」 ということ。これは冗談半分の発言だったようだが、日本でもTSMCの進出によって九州電力 <9508> の株価が上昇している。エネルギー産業は、"広義のAIセクター"であると言えなくもないのかもしれない。
このセクターでは、石油パイプラインを保有している企業も面白い。どうしてもエネルギー関係というと、エクソン・モービル<XOM>などの石油メジャーに目を向けがちだが、パイプライン事業は、エネルギー産業のインフラとして、最も安定感がある事業だからだ。個別銘柄では、キンダー・モーガン<KMI>、アンテロ・ミッドストリーム<AM>といった企業が代表格で、安定的な成長が見込め配当も高い。
さらに「資源」に「高配当」というキーワードを掛け合わせて考えるなら、私が注目しているのは「MLP(マスター・リミテッド・パートナーシップ)」の存在だ。これは、分かりやすく言えば、RIET(不動産投資信託)のエネルギー版のようなもので、アメリカでは一定の存在感がある投資対象だ。個別銘柄ではないが、「ALERIAN MLP」<AMLP>、「JPモルガン・アレリアンMLPインデックスETN」<AMJ>などのETF(上場投資信託)、ETN(上場投資証券)がMLPの指数に連動している。どちらもコロナ禍以来、株価はひたすら上昇しているが、順張りでも十分、魅力的な投資対象と見ていいだろう。
【著者】
大山季之(おおやま・のりゆき)
松井証券マーケットアナリスト
1994年慶應義塾大学卒業後、国際証券(現三菱UFJモルガン・スタンレー証券)に入社。2001年ゴールドマン・サックス証券、10年バークレイズ証券、12年から金融コンサルを経て現職に至る。これまで、機関投資家向け株式営業を中心に、上場企業へのファイナンス提案、自社株買い、金融商品組成などに関わる。現在は松井証券のマーケットアナリストとして、米国のマクロ経済分析や企業、セクターの分析等を行う。
株探ニュース