政策金利引き下げ局面、AIエージェントへ代替される雇用【フィリップ証券】
9/5発表の8月の米雇用統計が弱かったことを受けて、米国株式市場は投資資金が住宅・不動産事業関連や発電その他の公益事業関連、および借入コスト低下の恩恵を受けそうな中小型銘柄などへとシフトする展開が考えられる。その一方、同時に関税コスト上昇による企業の業績悪化、さらに関税コストを企業努力で吸収できなくなって消費者へ価格転嫁することで消費が落ち込み、景気の減速・後退へとつながることを警戒する動きが出てくることも想定される。
雇用の悪化については、AI(人工知能)の開発を主導してきたテクノロジー企業が人員削減を加速していることもその要因だ。マイクロソフト<MSFT>のように業績好調な企業が、高額な半導体やサーバーを使用するAIインフラへの投資に注力し、人件費の構造見直しに伴って不採算部門の社員を減らすことにつながっている。AIがプログラミングや業務を自動化することで、少ない陣容で成長が可能となっている。自律的に業務をこなすAIエージェントの導入が拡大すれば従業員はさらに減るだろう。雇用の悪化は業務効率化により業績改善につながるケースもあり、企業業績の悪化とは結び付かなくなることも考えられる。
AI搭載のCRM(顧客関係管理)プラットフォームを提供する大手のセールスフォース<CRM>が9/3に5-7月決算を発表。AIエージェント需要増もあり通期見通しを上方修正した。ところが、投資家の間では、AIが大量の業務を代替することで、同社のようなユーザー数ベースで料金を徴収するアプリ開発企業のビジネスモデルに懐疑的な見方が出始めている。決算発表後の同社株価の反応も冴えなかった。業務デジタル改革(DX)を支援するソフトウエア企業は今まで持続的な成長が見込まれる投資先と捉える傾向が強かったが、様相が変わってきている。新たな課金モデルをいち早く打ち出す企業の登場が待たれる。
企業は関税コストをすぐには価格転嫁せず、まずはできるだけ企業努力で吸収することを目指すのが一般的だ。そのための業務効率化需要はますます高まっていく。人間がルールを決めてプログラムを書くのではなく、AIが効率的なルールを見出して、より高度な業務フローを実現する世の中が到来しつつある。ユーアイパス<PATH>のように、生産性の低い定型業務を自動化するソフトウエアを提供する企業のほうが、AIの導入によって業務効率化が一挙に高度化され、利益率の大幅な改善につながる実例が出ている点は注目される。
政策金利引き下げの恩恵が見込まれる不動産投資については、日本の投資家が日本の金融商品取引業者を通じて米国不動産関連銘柄に投資することには様々な規制があり困難である。間接的な米国不動産投資として、米国REIT(上場不動産投資信託)に連動するETFへの投資が注目に値する。
■米ドルと米国債の信認問題~欧州債利回りの上昇が鍵を握る可能性
米ドルと米国債の信認問題が再び市場の焦点となりつつある。そのきっかけとなったのは、第1に、トランプ米大統領によるクックFRB(連邦準備理事会)理事の解任によってFRBの独立性が脅かされることだ。第2に、米連邦控訴裁が8/29、国際緊急経済権限法(IEEPA)に基づく相互関税措置を違憲と判断したことだ。最高裁判決の動向は不透明だが、関税収入の還付が必要となれば、トランプ政権の公約に基づき成立した大規模税制・歳出法の財源が失われ、米国債の信認問題につながる。
超長期国債である30年物利回りは財政プレミアムを織り込みやすい。米国では5%が上限として意識されてきたが、ドイツや英国で財政悪化への懸念から上昇に拍車がかかっている。欧州発で米国債利回りの上昇を後押しする可能性がある。

参考銘柄
ブロードコム<AVGO> 市場:NASDAQ・・・2025/12/12に2025/10期4Q(8-10月)の決算発表を予定
・2016年にアバゴ・テクノロジーが旧ブロードコムを買収し、正式社名を現社名に変更。工場を持たないファブレスで無線(ワイヤレス、ブロードバンド)および通信インフラ向け半導体製品などを扱う。
・9/4発表の2025/10期3Q(5-7月)は、売上高が前年同期比22.0%増の159.52億USD(会社予想158億USD)、調整後EBITDAマージンが67%(同66%)、非GAAPの調整後EPSが同36.3%増の1.69USD。顧客の特定用途に適したデータセンター向けAI(人工知能)半導体需要を取り込んで収益が拡大。
・2025/10期4Q(8-10月)会社計画は、売上高が前年同期比24%増の174億USD、調整後EBITDAマージンが同2ポイント上昇の67%。同社は顧客の特定用途向けAI半導体の自前開発を目指す巨大IT企業を支援する点に強み。大容量化と低消費電力化を目的としてLSI(大規模集積回路)と光学部品を単一パッケージ基板上に実装する光電融合技術「CPO(Co-packaged Optics)」で業界を先導。
ヒューレット・パッカード・エンタープライズ<HPE> 市場:NYSE・・・2025/12/5に2025/10期4Q(8-10月)の決算発表を予定
・1939年創業のHewlett Packardが2015年にHPEとHP Inc<HPQ>に分割された。HPEは法人向けにインフラ(コンピューティング、ストレージ、DCネットワーク)、自動運転・IoT向けソリューションを提供。
・9/3発表の2025/10期3Q(5-7月)は、売上高が前年同期比18.5%増の91.36億USD(会社予想82-85億USD)、非GAAPの調整後EPSが同12.0%減の0.44USD(同0.40-0.45USD)。調整後粗利益率は3.7ポイント悪化の一方、定額課金プラットフォームの年間経常収益(ARR)が46%増の22億USD。
・通期会社計画は、為替変動の影響を除く売上高が前期比7-9%増、調整後EPSが同5-11%減の1.78-1.90USDと従来計画を据え置いた。サーバーから顧客領域エッジ・コンピューティングまでカバーする定額課金サービス「HPE グリーンレイク・プラットフォーム」は、エヌビディア<NVDA>製の最新GPU搭載サーバーの供給制約問題が解消されつつあることから、利益率の改善が見込まれる。
サムサラ<IOT> 市場:NYSE・・・2025/12/5に2026/1期3Q(8-10月)の決算発表を予定
・2015年設立のIoT事業会社。車両などを通じてIoT・AI・クラウドコンピューティング・ビデオ画像等を活用し、物理オペレーションを統合プラットフォーム上でリアルタイムに視覚化するサービスを提供。
・9/4発表の2026/1期2Q(5-7月)は、売上高が前年同期比30.4%増の3.91億USD(会社予想3.71-3.73億USD)、非GAAPの調整後EPSが2.4倍の0.12USD(同0.06-0.07USD)、調整後営業利益率が9.4ポイント上昇の15.2%(同9%)に加え、年間継続収益(ARR)が31%増の15.35億USDへ拡大した。
・通期会社計画は、売上高が前期比24-25%増の15.47-15.55億USD、調整後EPSが同50-58%増の0.39-0.41USDと従来計画を据え置いた。同社は顧客企業が使用する車両に電子機器や車載カメラ、センサーを装着。顧客企業はデータを受信してリアルタイムでトラック等の動向をモニター・分析できる。データセンター投資拡大とAIを活用したデータ分析の普及は同社の成長へ追い風だろう。
メーシーズ<M> 市場:NYSE・・・2025/12/11に2026/1期3Q(8-10月)の決算発表を予定
・1858年にニューヨークで開業した乾物店を前身とする。「メイシーズ」や「ブルーミングデールズ」などの百貨店やアウトレット店を米国43州で運営するほか、百貨店業界で最大規模のEC事業を展開。
・9/3発表の2026/1期2Q(5-7月)は、売上高が前年同期比1.9%減の49.99億USD(会社予想46.5-47.5億USD)、非GAAPの調整後EPSが同22.6%減の0.41USD(同0.15-0.20USD)。堅調な消費が続く中、直営店とライセンス店舗を含む既存店売上高が0.8%増と12四半期ぶりにプラスとなった。
・通期会社計画を上方修正。売上高を前期比7-8%減の211.5-214.5億USD(従来計画210-214億USD)、直営店とライセンス店舗を含む既存店売上高を0.5-1.5%減(同0.5-2.0%減)、調整後EPSを22-36%減の1.70-2.05USD(同1.60-2.00USD)とした。125店舗を「Reimagine」店舗として近代化したほか、店舗とECチャネルを統合した「オムニチャネル」戦略、およびマルチブランド戦略が奏功した。
SPDRダウ・ジョーンズREIT ETF<RWR> 市場:NYSEArca・・・分配金:年4回(3・6・9・12月)
・費用支払い前のDJ(ダウ・ジョーンズ)米国選択REIT指数に可能な限り近い投資成果を目指す。同指数は浮動株調整済み時価総額加重平均であり、不動産投資の代理指標としての機能を目指す。
・9/5終値で時価総額が18.8億USD、過去12ヵ月間の実績分配金利回りが3.76%。組入上位6銘柄は、プロロジス<PLD>、ウェルタワー<WELL>、サイモン・プロパティー・グループ<SPG>、リアルティ・インカム<O>、パブリック・ストレージ<PSA>、デジタル・リアルティ・トラスト<DLR>である。
・昨年末終値から9/5終値までの騰落率は、当ETF(インカムゲインを除く)が+2.0%に対し、ダウ工業株30種平均株価が+6.7%、S&P500株価指数が+10.2%、ナスダック100が+12.6%。8月の米雇用統計発表後に市場で大幅利下げ観測が強まる中、住宅・不動産関連への物色が予想される。間接的な米国不動産への投資としてREIT(上場不動産投資信託)への投資が注目を集めそうだ。
ユーアイパス<PATH> 市場:NYSE・・・2025/12/5に2026/1期3Q(8-10月)の決算発表を予定
・2005年設立のRPAソフトウェアベンダー。ロボット開発用の自動化ツール「UiPath Studio」、開発されたロボットの実行ツール「UiPath Robots」、ロボット管理統制ツール「UiPath Orchestrator」を提供。
・9/4発表の2026/1期2Q(5-7月)は、売上高が前年同期比14.4%増の3.61億USD(会社予想3.45-3.50億USD)、非GAAPの調整後営業利益が9.7倍の0.62億USD(同0.40億USD)、年間経常収益(ARR)が11%増の17.23億USD(同17.15-17.20億USD)。「AIエージェント」需要増が追い風となった。
・通期会社計画を上方修正。売上高を前期比10%増の15.71-15.76億USD(従来計画15.49-15.54億USD)、調整後営業利益を2.5倍の3.40億USD(同3.05億USD)、ARRを10%増の18.34-18.39億USD(同18.20-18.25億USD)とした。RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)に生成AIやエージェント型自動化を組み込むことで、ルールベースの自動化を超えた高度なワークフローを実現している。
執筆日:2025年9月8日
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