“金”上昇の正体――米中冷戦・サウジ記者殺害の巨大な波紋 <コモディティ特集>
―国際問題・金利上昇など金価格押し上げ要因相次ぎレンジブレイク、一段高の可能性は―
金の現物相場は8月下旬からレンジ相場が続いたのち、米株価急落をきっかけにレンジを上放れ、今月15日に7月26日以来の高値1233.03ドルをつけた。これまで米連邦準備理事会(FRB)の利上げ見通しなどを背景としたドル高が圧迫要因になっていた。しかし、好調な米経済指標を受けて長期金利が上昇すると、株式市場で警戒感が強まって調整局面を迎えたことが金の支援要因になった。金はレンジを上放れ、テクニカル面で改善したことからETF(上場投信)に投資資金が戻っており、先物市場で売り方に回っているファンド筋の買い戻しが進むと、一段高となる可能性がある。
●金は株安に対するヘッジとして見直されるか
米10年債利回りは9日に3.261%まで上昇し、2011年5月以来の高水準となった。米国とカナダが9月末に北米自由貿易協定(NAFTA)再交渉で合意し、リスク選好の動きが戻った。また、3日に発表されたADP全米雇用報告で民間部門雇用者数が23万人増と事前予想の18万5000人増を大幅に上回ると、米国債の利回りが一段と上昇した。
その後に発表された米ISM非製造業総合指数(NMI)や米新規失業保険申請件数、米製造業新規受注も好調な内容となった。9月の米雇用統計では非農業部門雇用者数が事前予想を下回ったが、失業率低下などを受けて長期金利上昇が続いた。
一方、米株式市場では長期金利上昇に対する警戒感が強まり、ダウ平均株価は10日に831ドル、11日に545ドル急落した。その後は株安が一服したが、米短期金利先物市場では12月のFRBで利上げが見込まれており、長期金利は再び上昇する可能性がある。トランプ米政権の減税と歳出拡大で米経済は当面、好調に推移するとみられているが、一部では米金融政策の引き締めによってピークを迎え、減速するとの見方も出ている。株価の下げ圧力は高まりつつあり、金が株安に対するヘッジとして見直されると堅調に推移するとみられる。
●米中が新冷戦に突入との見方も金買い要因か
米国の中国製品に対する第3弾の制裁措置が9月24日に発動し、中国も報復措置を取った。中国は米国との通商協議を取りやめ、貿易摩擦解消に向けた動きは見られない。ワシントンポストは、トランプ米大統領は11月末にアルゼンチンで開催される主要20ヵ国・地域(G20)首脳会議に出席する際、中国の習近平国家主席と会談する可能性があると伝えたが、会談の行方は不透明である。
一方、4日のペンス米副大統領のワシントンでの演説を受け、トランプ米政権が中国への強硬姿勢を強め、冷戦に近い状態が始まったとの見方が出ている。副大統領は中国政府が、政治、経済、軍事的手段とプロパガンダを用いて、米国に対する影響力を高め、米国国内での利益を得るために政府全体にアプローチをかけていると指摘した。中国はアメリカの世論、2018年の中間選挙、そして2020年の大統領選挙につながる情勢に影響を与えようとする前例のない取り組みを始めたと非難した。また、中国は米国の陸、海、空、宇宙における軍事的優位を脅かす能力を第一目標としており、米国を西太平洋から追い出し、米国が同盟国の援助を受けることを阻止しようとしているとした。
9月末に南シナ海で「航行の自由作戦」を実施していた米海軍のイージス駆逐艦「ディケーター」に、中国海軍の艦艇が異常接近したという。副大統領は、米軍の再建に伴いインド太平洋全域で自国の利益を主張し続ける。中国が貿易障壁を撤廃し、その義務を果たし、経済を完全に開放することを要求する。米国の知的財産の窃盗が完全に終了するまで、中国政府に対して行動を続けるつもりとした。
また、ボルトン米大統領補佐官(国家安全保障問題担当)は12日、貿易、国際問題、軍事、政治の分野で中国は行動を是正する必要があるとし、米政権として対中国政策を一段と強硬にする考えを明らかにした。
米中の貿易戦争はドル高要因とみられていたが、米国の対中戦略の転換で様々な分野で対立すると、地政学的リスクが意識され、金の支援要因となる可能性がある。
●サウジと米国の関係にも注視
サウジアラビアの記者殺害疑惑を受けて米国との関係に先行き不透明感が出ている。トルコ政府関係者は7日、サウジのジャーナリストで反体制派のジャマル・カショギ氏がトルコのサウジ総領事館内で殺害されたようだと述べた。同氏は2日、結婚に必要な書類を取りに総領事館を訪れたのち、行方不明となった。トランプ米大統領はサウジを擁護しようとしたが、米上院議員の超党派グループが人権侵害の観点から調査するよう、米政権に求めた。米大統領が14日、もし殺害が事実なら、米国は「厳しい処罰」を下すと述べたことに対し、サウジは、懲罰的な措置が取られれば、「より強い措置」で報復するとの声明を発表した。
ポンペオ米国務長官は16日、サウジのサルマン国王の息子ムハンマド・ビン・サルマン皇太子と会談し、カショギ氏の失踪を巡り徹底調査が重要との見解で一致した。同長官は17日にトルコを訪れ、当局者とカショギ氏失踪について協議する予定である。
AP通信は16日、トルコ警察が殺害を示す証拠を発見したと報じた。米メディアは、サウジ政府が「カショギ記者を尋問中に誤って死亡させた」とする報告書を準備していると報じている。当面は記者殺害疑惑を背景とした米国とサウジの関係の行方も焦点である。
一方、トルコではクーデターに関与した容疑で拘束された米国人のアンドリュー・ブランソン牧師が12日に突然釈放された。今回の事件公開の裏にはトルコ政府の思惑があるとみられている。
●NY金市場でファンド筋の売り越しは2001年4月以来の高水準
金の内部要因では、ニューヨーク先物市場でファンド筋の売り圧力が引き続き強い。米商品先物取引委員会(CFTC)建玉明細報告によると、10月9日時点で大口投機家はニューヨーク市場で金先物を3万8175枚売り越し、2001年4月以来の高水準となった。大口投機家は8月半ばから売り越しに転じ、戻り場面で売り圧力を強めてきた。
ただ、世界最大の金ETF(上場投信)であるSPDRゴールドの現物保有高は9日時点の730.165トンから16日時点で748.759トンに増加した。株価急落やレンジ上放れによるテクニカル面での改善を受けて投資資金が流入しており、引き続き買われると、先物市場でのファンド筋の踏み上げを促すとみられる。1250ドルの節目を突破すると、1300ドルを目指す可能性がありそうだ。
(minkabu PRESS CXアナリスト 東海林勇行)
株探ニュース