植草一秀の「金融変動水先案内」 ―米中貿易戦争と消費税問題の行方
第11回 米中貿易戦争と消費税問題の行方
植草一秀(スリーネーションズリサーチ株式会社 代表取締役)
●トランプ流が容易には通用しない中国
5月5日にトランプ大統領が中国からの輸入2000億ドルに対する制裁関税発動方針を発信しました。5月8-9日にワシントンDCで米中閣僚級会合が予定され、中国からは劉鶴副首相が参加する予定になっていました。この閣僚級会合での中国の譲歩を引き出すためのトランプ流ディール術だったのだと思います。
5月6日の上海総合指数は171ポイント、5.6%も急落しましたが、中国政府の対応は冷静でした。筑波大名誉教授の遠藤誉氏が5月9日付環球時報社説「米国は“鴻門宴”を開こうとしているが、中国に脅しをかけても無駄だ」と題する記事を紹介しています。「鴻門宴」は日本語では「鴻門の会」と表現されることが多いものですが、紀元前206年項羽が鴻門で宴を催した際、剣舞にことよせて劉邦を殺そうとした史実を指すものです。ここから「客を招待しておきながら、計略を巡らせて政治的取引をすること」を意味するものになり、環球時報は米国の交渉技法を「鴻門宴」と表現して強く批判したのです。
遠藤氏は環球時報が「中国の態度は冷静で、劉鶴副首相ら通商交渉団は予定より1日遅らせて訪米の途に就いた。これこそが中国人の意思表示の方法なのだ」と記述したことを紹介しています。米国に脅されればその場でイエス・サーと反応してしまう日本の対米従属外交とはひと味もふた味も異なる中国外交術の一端を垣間見せる事例であると言えます。
●不当な要求に固執しているのはどちらなのか
中国は米国からの輸入激増を確約し、政府による外資企業への技術移転強要を禁止する法律も制定しました。客観的に見て真摯な対応を示していると言えます。米中協議は大枠で合意できる寸前のところまで進行したように見えましたが一件落着とはなりませんでした。
米国は民間企業同士の技術移転をも法律で禁止すること、中国政府による先端産業分野への補助金給付を禁止することを求め、制裁関税の解除も段階的に行うことを主張していると見られます。民間企業の自発的な契約締結を禁止する根拠は定かでなく、米国政府は農業分野などに巨額の補助金を投入していますから、米国の要求は合理性を欠くものと言わざるを得ません。
また、そもそも25%の関税率設定そのものが自由貿易体制の否定と受け止められるものです。この意味では米国がかなり無理な要求を高圧的に押し通そうとしていると言えるでしょう。この対応は米国の焦燥感の表れであるとも言えます。米国は通信秘密を守るために中国企業ファーウェイを排除しようとしていますが、米国のハイテク通信企業と米国政府の癒着と通信傍受などはスノーデンなどによる暴露によって明らかになっている事実です。米国側からの情報だけでは事実関係の正確な把握ができないことに留意が必要です。
●NYダウが上昇すると態度が強硬になる
昨年の10-12月にかけて世界の株価が連動大幅安を演じました。米中貿易戦争激化と米FRB金融引き締め政策強化が背景でした。日米株価は2割内外の下落を演じました。この株価下落を断ち切ったのが本年1月4日のパウエルFRB議長発言でした。金融政策運営の路線転換を示唆し、その後は中立の政策運営が維持されています。
これと足並みを揃えるように米中通商協議が順調な進展をしていることが示唆されました。その結果、4月22日には、 NYダウが昨年10月に記録した史上最高値まで、あと256ドルという水準に上り詰めました。2月末の米朝首脳会談がもの別れに終わり、米中交渉への悪い連鎖も懸念されたのですが、楽観論が優勢になって高値接近を果たしたのです。
そのタイミングでトランプ大統領の関税率25%宣言が表出され、金融市場に冷水が降り注がれたのです。トランプ大統領の行動を見ると、株価が下がると柔軟になるが、株価が上がると強硬になる傾向が観察されます。裏を返すと、米中交渉を強硬に推進するためにFRBに緩和政策を強要しているのかも知れません。
ただし、米国の要求を受け入れてきた中国の態度が硬化しました。中国政権内部で、一方的な譲歩を際限なく続けるべきでないとの主張が力を持ち始めているのだと思われます。米国が強硬要求を続けるなら中国は持久戦に持ち込む腹を固めたのではないでしょうか。
●国賓トランプ大統領への手土産の中身
米中貿易戦争が25%関税率の応酬という本戦に移行すると世界経済には強い下方圧力がかかることになります。中国経済のダメージは甚大になると考えられますが、その場合に米国が無傷でいられるわけはありません。筆者は4月30日発行の会員制レポート『金利・為替・株価特報』にNYダウが三尊天井を形成する可能性について警告を発しました。その後、NYダウは三尊天井を形成する様相を強めています。
NY株価が暴落すればトランプ大統領の再選戦略に明確な黄信号が灯ります。米中交渉で先に譲歩しなければならなくなるのは米国という事態に至ることも想定されます。客観的に見るとトランプ大統領の要求レベルが過大であり、米国が適正な譲歩を示すことができるのかどうかが世界経済の安定、金融市場安定の可否を定めるポイントになると思われます。
日本では5月20日発表の1-3月期実質GDP成長率(年率)が事前予想に反して+2.1%になったため、消費税増税が予定通り実施されるとの見方が浮上しましたが、統計内容を見るとプラス成長の主因は輸入の大幅減少で、国内最終需要は停滞したままです。景気動向指数が発表されて景気の基調判断が6年2ヵ月ぶりに「悪化」に改定されました。ここで消費税増税を強行するのは日本経済の自死行為であると言えるでしょう。
消費税増税延期=衆参ダブル選実施の可能性が高いと思われますが、5月25日からのトランプ大統領訪日の際に、消費税増税延期が手土産として渡される可能性があるかも知れません。場合によってはトランプ大統領がこの情報をリークすることも否定できません。日本市場を考察する際には、消費税問題決着とその後の市場反応を想定することが強く求められるでしょう。
(2019年5月24日 記/次回は6月15日配信予定)
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