植草一秀の「金融変動水先案内」 ―トランプ大統領に振り回される金融市場
第16回 トランプ大統領に振り回される金融市場
植草一秀(スリーネーションズリサーチ株式会社 代表取締役)
●好材料の出尽くし
筆者は『金利・為替・株価特報』2019年7月29日発行号の参考銘柄に「日経平均先物の売り」を掲載しました。株価指数の「売り」を掲載したのは史上2度目のことです。1度目は昨年10月15日発行号でした。昨年10月初旬の金融変動を観察して株価急落を予測しました。今回は、7月末の米中通商協議、FOMC後に好材料出尽くしの市場判断が生じることを予測したことに基づいたものでした。
8月2日発表の7月米雇用統計では非農業部門雇用者増加数が16.4万人と市場予想通りとなりました。市場にサプライズを与えることはありませんでした。新たに加わった変化は、トランプ大統領が中国の対米輸出3000億ドルに対して10%の制裁関税を発動する方針を示したこと、これに対応して中国が政府機関に米国からの農産物輸入を停止する指示を示したことでした。
FOMCでは予想通り0.25%幅の利下げが決定されましたが、記者会見でパウエルFRB議長が「長期的な利下げサイクルの始まりではない」ことを表明したため、まさに『好材料出尽くし』の市場反応が生まれました。
日経平均株価も参院選終了までは、各種の株価買い支え政策によって高値を維持しましたが、選挙も終わり、その反動が広がりました。金融市場には再び先行き不透明感が広がっています。
●米中貿易戦争の転変
米中貿易戦争は昨年3月にはっきりと表面化して現在に至っていますが、この間に潮流が二転三転しています。このなかで昨年10~12月にグローバルな株価急落が観察されました。FRBの利上げ路線邁進と米中貿易戦争激化が背景でした。その内外株価下落波動が年初に転換しました。パウエルFRB議長が金融引き締め政策を修正する方針を表明したことが直接の契機になりました。同時に、トランプ大統領が米中貿易戦争での強硬姿勢を後退させる方針を示唆したことも重要な一因になりました。
この「緊張緩和」が4月まで続いたのですが、5月5日にトランプ大統領が新たなツイートを発表して事態が一転しました。中国の対米輸出5500億ドルのうち、昨年8月までに500億ドルを対象に25%関税が、9月に2000億ドルを対象に10%関税が設定されました。この2000億ドル対象の関税率を25%に引き上げる方針が示されたのです。
米中閣僚級会合を目前にしてトランプ大統領が攻勢に出たことになりますが、中国は米国の過大な要求を拒絶しました。トランプ流のDeal(ディール)が中国には通用しなかったものと言えます。結局、6月から2000億ドル対象の25%関税が発動され、米中対決は泥沼化の様相を強めました。
株価は再び下落傾向を強めましたが、流れを遮断したのが、またしてもパウエルFRB議長でした。6月4日に早期利下げを示唆して株価下落波動を断ち切ったのです。
●米利下げは株高特効薬か
トランプ大統領は2000億ドル対象の25%関税設定に加えて、残余の中国の対米輸出3000億ドルに対する制裁関税発動をも示唆していましたが、これについては6月末の大阪G20会合の際の米中首脳会談で先送りすることが表明され、再び米中の緊張緩和に対する期待感が拡大しました。
ところが、その期待をトランプ大統領自身が否定したのです。8月1日にトランプ大統領は残余の3000億ドルを対象に9月から10%関税を発動する方針をツイートしました。これに対して中国は政府機関に、米国からの農産品輸入を中止することを指示して対抗したのです。中国は米国の過大な要求に対しては毅然とした対応を堅持する方針を固めているように伺われます。
もちろん、中国経済にも強いマイナス圧力がかかり始めていますので、文字通りのチキンレースの様相が強まっていますが、客観的に判断すると習近平主席の政治基盤はトランプ大統領より強固であると考えられます。NY株価の下落が加速すればトランプ大統領は譲歩を迫られることになるでしょう。
トランプ大統領は米中貿易戦争を有利に展開するためにFRBの大幅利下げを強く要請しているのだと考えられますが、FRBは独自の判断基準を有しており、両者の間の溝が広がり始めています。
●貿易戦争を収束させる賢明さ
過去を検証すると、FRBの大幅利下げ断行の局面では株価が上昇していないことが分かります。トランプ大統領は利下げが株価引き上げの特効薬だと確信しているように見えますが、これは正しくありません。
大幅利下げを実現させるためにトランプ大統領が米中貿易戦争の全面展開に突き進む場合、トランプ大統領は思わぬ誤算に直面する可能性が高いと思われます。トランプ大統領は泡沫候補視されていた2016年大統領選を勝ち抜いた、類いまれなる実力の持ち主ではありますが、自信過剰に陥ることが最大の盲点になる可能性があります。
各国経済は貿易取引などを通じて相互依存の度合いを強めています。相互尊重、相互理解の判断を基調に経済政策を運営することが経済の安定と成長の維持に不可欠であると考えられますが、最近の日米の経済外交姿勢は、これに反するものであると言わざるを得ません。
日本では10月に消費税率が10%に引き上げられることになっていますが、増税規模は10年で50兆円に達する巨大なものです。これと米中貿易戦争、日韓貿易戦争が重なれば、リーマン級の金融危機を招くことも否定し切れなくなります。
株価急落後の反動高が観察されていますが、中期トレンドの転換となるかについては、なおしばらく慎重な見極めが必要であると考えます。
(2019年8月9日 記/次回は8月24日配信予定)
⇒⇒ 『金利・為替・株価特報』購読のご案内はこちら
⇒⇒本コラムをお読みになって、より詳細な情報を入手したい方には 『金利・為替・株価特報』のご購読をお勧めしています。毎号、参考三銘柄も掲載しています。よろしくご検討ください。(スリーネーションズリサーチ株式会社 代表取締役 植草一秀)
株探ニュース