武者陵司 「真夏の夜の悪夢の検討」

市況
2019年8月16日 11時05分

―長期好況の終わりか、ミニサイクルの底入れか―

武者陵司(株式会社武者リサーチ 代表)

●真夏の夜の悪夢、金融市場波乱

夏休みのさなかに金融激変、市場のムードが一変した。引き金は、8月1日に突如ツイートされたトランプ大統領の3,000億ドルの対中輸入額に対する10%関税で、期待されていた貿易戦争の合意の可能性が見えなくなってしまったことだ。真夏の夜の悪夢なのか、株、通貨、金利、金など、商品すべてを巻き込んで、金融市場の大波乱が展開されている。人民元は節目の7ドルを越えて下落し、円は独歩高、米長期金利急低下が株安を伴って進行している。夏休みの投資家不在の中で、思惑が市場をかき乱している。これが本格的危機の始まりなのか、一過性のものなのか。

一過性とすれば、ここから先は投資局面、株高、円安、債券安にベットする時期に入っていくだろう。金価格は? 現在の金選好は地政学要因が大きい。ドル資産凍結時の代替手段、ドル売りの反対側にある金価格上昇ではない。

●ミニサイクルの底入れ間近

全ては、現在が長期好況の終わりなのか、それともミニリセッションの底入れ局面なのかに依存する。ファンダメンタルズ面では、前者のリスクは小さいのではないか。米中関税競争だけなら、それによるネガティブな影響は限定的と見られる。米国経済は2009年以来、史上最長の景気拡大が10年にわたって続き、途絶える気配がない。中国経済もインフラ投資や不動産投資の促進策により、景気失速は回避されている。

ただ、長期景気拡大の中でもミニサイクルがあり、貿易や投資はそれに従って変動している。最近では2015年春ピーク、2016年春ボトム、2018年春ピーク、2019年春ボトムとなっている。2018年半ばからのミニ後退は、スマホや自動車の買い替えサイクルでピーク感が強まっている時に、米中貿易戦争が勃発し、不透明感から多くの投資案件が棚上げされたことによって起こった。

しかし今、買い替えサイクル一巡とともに、米中貿易戦争の不透明感も解消されている。貿易戦争は続いているが、全面対決は回避され、生産拠点の脱中国が必要となるなど、先行きの大方の目途は見えてきた。ミニサイクルは2019年秋口から年末にかけて反転する可能性が強いのではないか。

堅調な米景気、中国経済も底割れは回避可能、サプライチェーン変更は着実に進行、ASEAN、台湾では中国からの生産移転による好影響が加速している。

ドイツは失速気味だが、ECBによるさらなる金融緩和、財政出動など政策余地は大きい。

●金融悪循環は起きないだろう

最大のリスクは金融市場にある。金融市場波乱が止まらなければ、リスク回避連鎖が自己実現的にダメージを拡大する可能性はある。低金利を利用したレバレッジ投資や高利回り資産の比重を高めたリスクポジションが、資産価格下落の悪連鎖を引き起こすかもしれない。

その点で二つの要因が特に重要であろう。第一は、米国での長短金利の逆転である。この逆イールドは、一般的にリセッションの予兆と言われている。ただし、1986年、1998年のように逆イールド化は一時で終わり、リセッションが回避されたケースもある。両方とも金利下落過程での長短金利のスピード格差が、逆イールドを一時的に招いたものであった。他のリセッションをもたらした逆イールドは、長期金利を上回る水準まで短期金利が引き上げられた結果起こったもので、いずれも意図的金融引き締めの結果であった。今回の逆イールドは明らかに前者であり、リセッションの懸念は小さいと言える。またどの場合でも、リセッションが始まるのは逆イールド化が起きてから一年以上たった後であること、逆イールド化の初期段階では株価はむしろ上昇が加速していることが指摘される。当面株価への心配は小さいのではないか。FRBはno choice、逆イールド化を定着させないために0.5%程度の利下げは不可避であろう。

注目要因の二つ目は、先進国での極度の不確実性、つまり長期金利が上がるのか下がるのか、まったくコンセンサスが成り立っていないことである。確実視されるFRBの利下げ後、長期金利が反発すると見る人もいれば、それでも長期金利の低下は続くと見る人もいる。ただ、長期金利の長期趨勢がどうであろうと、短期金利の引き下げは景況の好転とリスクテイク姿勢の促進に結びつく。インフレやバブルの懸念がない以上、FRBの金融緩和スタンスが続くことは明らかで、ミニサイクルの底入れと長期金利の反転は間もないと見るべきではないか。となれば、円高も終焉間近ということになる。

●政策対応がカギを握る … 米、日、英が注目される

つまるところ、株価がカギを握っている。政策で株価が支えられるかどうかがポイントと言える。金融緩和(ETF買い+利下げ・QE等) + 財政出動など株高を誘導する政策は、インフレ不在、堅調な企業収益下ではリスクは小さい。良し悪しは別として、今世界各国は政策依存度を高めている。AIネット革命で生産性が上昇し、世界的に供給力が高まっており、恒常的デフレ圧力下(供給力余剰=需要不足状態)にある。よって余剰資金、余剰供給力を吸収する需要創造政策が必須であり、金融緩和と財政支出拡大のポリシーミックスが求められている。今ブームのMMT(現代貨幣理論)、シムズ理論(FTPL)、QE(量的金融緩和)などの政策手法はそうした時代の要請の下で、出て来ているものである。これに対してほぼ満額回答なのがトランプ政権で、実際、米国経済株式は最も成績が良いのである。

他方、日本は10月に消費税増税を控えていることに加えて、日銀の追加緩和余地は小さいと見られている。政策に対する期待値は最も低く、グローバルマネーに嫌われても仕方ないと言える。もっとも、10月の消費税増税が最後であと10年は増税はない、と安倍首相は言っている。そもそも今回の8%から10%への消費税増税は安倍政権が打ち出したものではなく、2012年民主党政権下の3党(民主・自民・公明)合意の宿題履行に過ぎない。安倍氏の本意であるリフレ政策が、次期総選挙を睨んだ経済政策のテーマになっていく公算は大きい。増加している税収を追い風に、減税と国土強靭化の財政出動プランを次期総選挙前に打ち出してくるのではないか。

グローバルデフレ危機、金利低下の進行で日銀の政策裁量余地はぐっと拡大している。ECBの下限(預金)金利が-0.4%であること、ECBの買い入れ対象にETFを加えるべきという議論の高まりなどを考えれば、マイナス金利深堀やETF買い増しの自由度は大きくなり、諦観溢れる市場に対しては驚きとなるだろう。そうなると、世界景気ミニサイクルの好転と政策期待の相乗効果が起動し、売り尽くされてきた日本株式の大きな出直りが来年にかけて見られるかもしれない。

米国、日本とともに注目されるのはイギリスであろう。ボリス・ジョンソン新首相は米国のトランプ大統領と相似形の政策体系を持っている。EUによる財政の縛りから解放され、減税と財政出動に打って出るかもしれない。離脱が確定すれば棚上げされていた設備投資が復活するだろう。2016年末のトランプ相場と似た活況になる可能性もある。グローバルリフレプレーである。

●恐怖説の検討

恐怖のシナリオ、バブル崩壊説が人々を震え上がらせている。「米中に迫るバブル崩壊の足音」(日経ヴェリタス8月11日付、中前忠氏)、「世界経済下降に備えよ(Braced for global downturn)」(フィナンシャル・タイムズ8月12日付、日本経済新聞8月14日付)などである。自信満々のバブル崩壊説は、真夏の株価急落時には俄然説得力を持つ。確かにバブル崩壊は事前にはわからないし、いずれいつかはバブルは成長し崩壊する。しかし両説ともにそれが今であるかどうかの検証は乏しい。また、これまでの資産価格がバブルとの説は、説得力がない。あえて言えば、最大のバブルは債券であり、その崩壊は株高材料に違いない。

いま決定的なことは政策、この点で大きな不安はない。長期金利低下により資産価格の本源的価値は上昇するだろう。景気後退が回避されキャッシュフローが維持されるのなら、資産価格暴落は起きないと考える。

(2019年8月15日記 武者リサーチ「ストラテジーブレティン230号」を転載)

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