デリバティブを奏でる男たち【24】 ルネサンス・テクノロジーズのジム・シモンズ(後編)
◆システムを構築しながら効率化
確度の高い様々なマーケットのアノマリー(理論的根拠のないマーケットの経験則)を狙い、小刻みな売買を繰り返すトレーディング・システムによってルネサンス・テクノロジーズは順調に利益を積み重ねていきます。また、どのアノマリーに、どれだけの資産を配分するのが最適なのかを常に把握し、そのつど資産配分を変化させるシステムも構築しました。
更にはスリッページと言われる問題にも取り組みました。スリッページとは、板を見て買いに行った成り行き注文において、本来成立すると思われた約定価格と実際の約定価格との差を指します。これは相場変動によるものなのか、トレーダーによる悪質行為なのか、様々な理由が考えられるわけですが、ルネサンスはスリッページによる機会損失をコンピューター・プログラムで算出して、注文を細かく分割したり、注文時間や注文市場を分けるなど、スリッページを縮小させるシステムも構築しました。
しかし、運用成績が良くなると資金が集まり始め、小さなマーケットにおいては「池の中のクジラ」になりつつありました。また、ルネサンスに注目して真似る、あるいは追随するトレーダーも次第に増え、非常に稼ぎにくくなってきました。これを受けて、ルネサンスはメダリオンの新規募集を従業員や元従業員に限定してしまいます。それでもシモンズは、ライバルのD.E.ショーを追い越すべく、より大規模な取引が可能である株式市場をターゲットに、新しいトレーディング・システムを開発し始めました。
◆IBMの音声認識研究チームが改良
第22回の「D.E.ショー」で紹介したペアトレードなど、統計的裁定取引を行う株式トレーディング・システムは元々ルネサンスでも開発していましたが、いまひとつ上手く機能していなかったようです。1993年にIBM<IBM>の音声認識研究チームで働いていたピーター・フィッツヒュー・ブラウン、ロバート・リロイ・マーサー、デビッド・ミッチェル・マガーマンらがルネサンスへ新しく加わり、この株式トレーディング・システムに改良を加えることになります。
▼クオンツ投資の先駆者D.E.ショー(前編)―デリバティブを奏でる男たち【22】
https://fu.minkabu.jp/column/1343
▼クオンツ投資の先駆者D.E.ショー(後編)―デリバティブを奏でる男たち【22】
https://fu.minkabu.jp/column/1344
ところが、このシステムはレバレッジの上限を超えて注文を膨らませてしまうほか、それがために実行できない注文がひとつでもあると、裁定取引なのでバランスを失ってしまい、リスクを抑えてリターンを追及することができなくなってしまう、という致命的な問題を抱えていました。元IBMのチームは1995年にこうした問題を解決したほか、売買のシグナルを発見して検証するなど、自ら学習して調整もできる自動トレーディング・システムに変貌させます。
その後もシステムは幾度となく不具合に遭遇しますが、その都度ポジションを縮小させ、問題点を洗い出してはブラッシュアップを重ねていきました。もっとも、自ら学習する自動トレーディング・システムゆえ、なぜ不具合が生じたのかはもちろんのこと、なぜ利益が出るのかさえ、システムを構築した社員でも、はっきりとはよく分かりません。そのため、問題点の洗い出しは、なかなか困難な作業だったようです。
しかし、その甲斐あって1998年にノーベル経済学賞を受賞した学者らが運用するジョン・メリウェザーのヘッジファンド、LTCM(Long Term Capital Management)が破綻に追い込まれたときも、ライバルのD.E.ショーは巻き込まれて巨額の損失を被りましたが、ルネサンスのメダリオンは42%の運用収益を確保しています。
また、2000年にITバブルが崩壊した時には日々、巨額の評価損に見舞われたものの、シモンズはトレンド・フォロー型のトレーディング・システムを見限ってポジションを縮小。再び同システムが利益を積み上げ始めるとポジションを回復させ、この年の運用成績において99%という高い結果を叩き出しました。このときにシモンズは「システムを100%信用してはいけない」との教訓を得ます。
2007年のクオンツ・ショックの際も、シモンズは「システムを100%信用してはいけない」との教訓に従い、ポジションを落とし続けました。そして評価損が拡大しなくなると、再びポジションを取り始め、この年の運用成績は86%となりました。クオンツ・ショックに関しては、第23回で取り上げたツーシグマの(後編)をご参照ください。
▼第2世代のクオンツ・ファンド、ツーシグマ(後編)―デリバティブを奏でる男たち【23】
https://fu.minkabu.jp/column/1369
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証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。MINKABU PRESS編集部の委託により本シリーズを執筆。
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