デリバティブを奏でる男たち【35】 エガートンのジョン・アーミテージ(後編)

特集
2022年9月12日 13時30分

◆規制が多い欧州

欧州最古のヘッジファンドのひとつと言われる英国のエガートン・キャピタルは、1994年にジョン・クリストファー・アーミテージ(通称ジョン・アーミテージ)とウィリアム・ゲスト・ボリンジャー(同ウィリアム・ボリンジャー)によって創設されました。最古と言うと古びたイメージもありますが、最近でも米系ヘッジファンドをしのぐほどの高い収益を叩き出しています。ただ、資産運用業界に限った話ではありませんが、欧州は世界の先頭に立って各業界で厳しい規制を導入する傾向があり、エガートンも手を焼いているようです。

例えば「パッケージ型個人向け投資商品、および保険ベース投資商品の重要情報書類(PRIIPs KID、Key Information Documents For Packaged Retail And Insurance-Based Investment Products)」に関する規制は、投資家が投資商品をもっと簡単に比較できるよう、その潜在的なパフォーマンスやコスト、関連するリスクなどを示すことを目的として2018年に導入されました。

この規制を参考にして日本では、2021年から金融庁が、金融商品について商品などの内容、リスクと運用実績、費用、換金・解約の条件、利益相反の可能性、租税の概要などを記載した、他の金融商品と比較しやすい書類である「重要情報シート」の作成・活用を積極的に推進しています。

しかし、PRIIPs KIDについては様々な問題が指摘されており、例えば潜在的なパフォーマンスやコストを算出する手法が非常に難解であり、個人投資家の理解を妨げているといった批判がなされてきました。これを受けて欧州金融機関の監督機構(ESAs)から規制改革案RTS(規制技術基準)が提示されましたが、その承認に時間がかかってしまい、新規制の導入が欧州では2022年7月から、英国では2027年からとなっているようです。

このような投資家を保護する規制は以前からも存在しており、また英国では2010年に高額所得者の税率を40%から50%に引き上げたこともあって、その前後に英国から脱出する金融機関や市場関係者が相次いだと言われています。第28回で取り上げた英国のヘッジファンドであるブレバン・ハワードも、2010年に本社をスイスのジュネーブへ移転してしまいました。

▼ブレバン・ハワード(前編)―デリバティブを奏でる男たち【28】

https://fu.minkabu.jp/column/1449

▼ブレバン・ハワード(後編)―デリバティブを奏でる男たち【28】

https://fu.minkabu.jp/column/1455

だからといってエガートンも英国を飛び出したわけではありませんが、共同創設者であるボリンジャーが飛び出してしまいます。彼はシンガポールで新しいヘッジファンド、ジュディコ・キャピタルを立ち上げるべく、2012年にエガートンを退社しました。規制が厳しく、市場が陳腐化する中、増税まで負わされるような環境から逃れ、規制が緩くて税率も低く、急速に成長しているアジアに注目したためとされています。

もっとも、それが理由であればエガートンを退社せずとも、何とかする方法はあったのではないかと思われます。これらは表向きの解釈であり、他に抜き差しならない事情があったのではないかと推察されますが、詳細は語られていません。ただ、ボリンジャーはエガートンを退社しましたが、エガートンの一部所有権までは完全に手放していないと言われています。

ボリンジャーが退社した翌年の2013年、エガートンは非常に高いパフォーマンスを叩き出し、1億4140万ポンド(当時のポンド円レート、1ポンド≒143円とすれば約202億円)の利益を計上しました。これを12人の経営陣で分けたそうですが、創業者のアーミテージが4670万ポンド(約67億円)、残りを他の11人で分けたと言われています。もしかしたら、この辺りにボリンジャーの退社の理由が隠されているのかもしれません。

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◆若桑カズヲ (わかくわ・かずを):

証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。MINKABU PRESS編集部の委託により本シリーズを執筆。


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