加藤出スペシャルインタビュー (東短リサーチ社長)
米国と中国の覇権争いやロシアによるウクライナ侵攻、米シリコンバレーバンクなどの破綻による金融市場の動揺……金融・資本市場の先行きに不透明感が漂っている。高水準のインフレを受けた米連邦準備理事会(FRB)の利上げは続き、日銀も約10年にわたる大規模な金融緩和策を一部修正した。日銀の黒田東彦総裁は4月8日に任期満了を迎え、経済学者で元日銀審議委員の植田和男氏が新たに総裁に就任する。時代の大きなうねりに直面する日本経済や株式市場、そして金融政策の行方はどうなるのか。ジャーナリストの日高広太郎氏が有識者に特別インタビューする。第2回目は、金融機関の資金取引を仲介する東京短資の子会社、東短リサーチ(東京・中央)社長で「日銀ウォッチャー」としても知られる加藤出氏に話を聞いた。
1965年生まれ。1988年横浜国立大学経済学部卒、同年東京短資入社。短期金融市場の仲介業務と東短リサーチ研究員を兼務後、2002年より東短リサーチ取締役。2013年より現職。2002年ニューヨーク、2010年ロンドン、2011年上海に駐在。テレビ東京「モーニング・サテライト」、BSテレ東「日経ニュース・プラス9」、BS・TBS「Bizスクエア」等にコメンテーターとして出演。日本経済新聞、朝日新聞、日経ヴェリタス、週刊ダイヤモンド等に寄稿多数。主な著書は「日銀『出口』なし!」(2014年)、「東京マネーマーケット」(共著、2019年)、「デジタル化する世界と金融」(共著、2020年)。
ゆがみ大きい異次元緩和は徐々に修正へ
―― 日銀総裁に植田和夫氏がつくことになりました。長短金利操作(YCC=イールドカーブ・コントロール)をはじめ、これまで続けてきた金融政策の修正を模索することになると予想されます。加藤さんは著書「日銀、『出口』なし!」(朝日新聞出版)で、日銀による異次元の金融緩和に警鐘を鳴らしてきました。今後の金融政策の道筋をどう考えますか。
加藤:日銀は徐々に異次元緩和を修正していくことになるでしょう。YCCはあまりにゆがみが大きいという印象です。海外で起きている市場の混乱の波及の度合いが見えてくれば、今年の6月頃に終了するのではないかと私は考えています。誤解してはいけないのは、YCCなどの修正は超金融緩和策の「出口」ではないということです。いわば「出口の入り口」に入るくらいの段階にすぎません。
―― 米シリコンバレーバンクの経営破綻やクレディ・スイス・グループ<CS>の経営難など米欧で金融システム不安への警戒がくすぶっています。世界の株式相場も大きく下落しました。こうした中で日銀が異次元緩和を修正することに懸念の声もあります。
加藤:確かに動揺がどこまで広がるか見極めがつかない場合は、様子見もあるでしょう。現時点では2008年のリーマン・ショックの時のような経済・金融危機に陥る可能性は低いと米国の金融当局は見ています。現在は影響がどこまで広がるか調査中の段階です。3月のFOMC(連邦公開市場委員会)でFRB(米連邦準備理事会)は0.25%の利上げを決定し、さらに追加でもう1回利上げを行うことを示唆しました。しかし、先行きについてFRBは確信を持っていない状態です。
そもそも今回のシリコンバレーバンク破綻などの背景には、FRBが「インフレ率は当分低い状況が続く」と判断し、過度な金融緩和で債券の利回りを大幅に押し下げてきたという問題があります。その後急激なインフレが起きてしまい、FRBは慌てて大幅利上げを行いました。その結果、金融機関が購入していた低利回りの債券の価格が暴落し、そのショックが表面化しています。中央銀行が「金融の安定」を優先せざるを得なくなり、インフレ抑制のための金融引き締めが制約を受けることを、経済学者たちは「金融ドミナンス(支配)」と呼んで警鐘を鳴らしてきました。FRBはまさに今この問題に直面しています。
日本でも、日銀の異次元緩和により国債市場の健全性は損なわれ、その金利は過度に低い状態が長く続いています。この状態はマーケットにとっても日本経済にとっても問題です。異次元緩和による過度な円高の修正は当初、輸出企業の業績にプラスに働き、経済全体のムードも明るくしました。
しかし、この政策は行き過ぎた円安を招き、足もとでは輸入物価の上昇など弊害の方が大きくなりつつあります。また、現在の金融政策は事実上の国債引き受けに近く、財政規律が緩んだことから政府債務も大きく増えています。そういった環境で、将来本格的に金利を引き上げていけば、日銀も「金融ドミナンス」に陥る恐れがあります。中央銀行にとってのもうひとつの"支配"である「財政ドミナンス」も起き得ます。「財政ドミナンス」とは、政府債務が巨大になって、金融引き締めが行いにくくなる状態のことです。
金融政策の変更はどこまで進むのか
―― 仮に日銀が金融政策を変更する場合、どのような道筋になるのでしょうか。
加藤:いくつかやり方は考えられますが、基本は黒田総裁の緩和策を巻き戻していくと仮定するなら、以下のような道筋を推測することができます。
(1)「短期金利マイナス継続+(YCCを停止して、今よりは少ないが国債購入を続ける)QE(量的緩和)的政策」、(2)「マイナス金利を解除して短期金利をゼロ近傍に誘導+QE的政策継続」、(3)「短期金利の引き上げ開始+QE的政策継続」、(4)「短期金利の引き上げ継続+QE的政策のテーパリング(国債買い入れ額の縮小)開始」、(5)「短期金利の引き上げ継続+テーパリングを完了」、(6)「短期金利の引き上げ継続+日銀の保有国債を減額」。
このうち、今年実施できるのは、良くても(2)まででしょう。(3)以降は、世界経済の次の拡大局面になってからになると推測します。現在、世界の多くの中央銀行は(6)を実施中ですが、植田総裁の任期の5年間でどこまで実施できるのかを注目しています。日本政府の国債発行額は経済規模比で世界最大ですので、(4)まで行くことができければ大成功かもしれません。
金融・財政政策が招いた経済の新陳代謝低下
―― 一部では日銀が大規模な金融緩和を続けてきた一方、政府の財政政策が効果的ではなかったとの指摘もあります。
加藤:この10年間で財政支出は大幅に増えてきましたが、残念ながら将来の成長や構造改革につながるようなお金の使われ方ではありませんでした。多くの財政支出の対象は、高齢化の進行を背景とした医療・年金関連、または新型コロナウイルスの感染拡大による経済への打撃を和らげるためのものでした。日銀の超低金利策と政府が導入してきた企業の資金繰り対策は一時的には必要でした。しかし、長く続けたことにより本来淘汰されるべき「ゾンビ企業」も増えています。日本経済の新陳代謝は低下し、それが低成長を招いてきました。
中央銀行は、金融市場でパニックが起きたときに最後の貸し手として流動性を供給することや、景気が過熱したときに金利を引き上げ、後退したときに利下げをして過度な景気変動を抑制することはできます。しかし、構造問題により経済が長期低落傾向にあるときに、「日銀が思い切って金融緩和をすれば日本経済は復活する」と期待するのは誤っているといえるでしょう。
―― これまでの財政・金融政策の処方箋が正しくなかったという指摘がありましたが、今後は具体的にどのような政策を打ち出していくべきでしょうか。
加藤:難しい質問ですが、やるべきことの1つは時代の変化に適応できる優秀な人材を育てることです。資源の乏しい日本にとって、人的資本を強化することは最重要課題です。政府はITやバイオテクノロジー関連など、より高度な教育に投資をするべきでしょう。
例えばデンマークは社会人の再教育など能働的労働市場プログラムにGDP(国内総生産)の2%弱の資金をつぎこんでいます。北欧諸国の場合、企業が人員を大胆に削減することはよくあります。しかし、リストラされた人には手厚い失業保険があり、その間に公的補助を使ってリカレント(社会人の学び直し)して、現在稼いでいる企業や、スタートアップ企業などに再就職するという循環ができています。
少子化による人口減少を抑制するために出生率を引き上げることはもちろんですが、海外からの移民の増加についても議論するべきでしょう。人口が減って内需が低迷する国には海外からの直接投資は見込めません。
政策修正は支持を得られるか? 問われる胆力
―― 植田新総裁に期待することは。
加藤:岸田文雄政権としては黒田総裁の政策を単純に継承する人ではなく、かつアベノミクスを否定する人も避けたいということだったと思います。植田氏には多くの海外人脈もあります。同氏の米マサチューセッツ工科大(MIT)留学時代の指導教官は、世界の中央銀行の理論的支柱ともいわれるフィッシャー元FRB副議長です。バーナンキ元FRB議長も欧州中央銀行(ECB)のドラギ前総裁もフィッシャー氏の教え子です。
植田氏は論理的で、市場に丁寧にわかりやすく説明するという印象があります。植田氏が、この10年間で複雑化した金融政策をどう解きほぐしていくのかが焦点です。金融政策の修正を市場参加者だけでなく、国民や政治家などに対してもわかりやすく説明し、広く支持を得られるかにも注目しています。植田氏は今後、その胆力を試されることになるでしょう。
1996年慶大卒、日本経済新聞社に入社。東京本社の社会部に配属される。小売店など企業ニュースの担当、ニューヨーク留学(米経済調査機関のコンファレンス・ボードの研究員)を経て東京本社の経済部に配属。財務省、経済産業省、国土交通省、農水省、日銀、メガバンクなどを長く担当する。日銀の量的緩和解除に向けた政策変更や企業のM&A関連など多くの特ダネをスクープした。第一次安倍内閣時の独ハイリゲンダムサミット、鳩山政権時の米ピッツバーグサミットなどでは日経新聞を代表して同行取材、執筆。東日本大震災の際には復興を担う国土交通省、復興庁のキャップを務めた。シンガポール駐在を経て東京本社でデスク。2018年8月に東証1部上場(現プライム市場)のB to B企業に入社し、広報部長。2019年より執行役員。2022年に広報コンサルティング会社を設立し、代表に就任。ジャーナリストとしても記事を複数連載中。2022年5月に著書「B to B広報 最強の戦略術」(すばる舎)を出版。内外情勢調査会の講師も務め、YouTubeにて「【BIZ】ダイジェスト 今こそ中小企業もアピールが必要なワケ」が配信中。
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