デリバティブを奏でる男たち【57】 グラハム・キャピタルのケネス・トロピン(後編)

特集
2023年7月17日 13時30分

◆グラハム・キャピタルの投資戦略

今回は米国を代表するCTA (Commodity Trading Advisor、商品投資顧問)の一つであり、グローバル・マクロ戦略も手掛けるグラハム・キャピタル・マネジメントの会長兼創設者、ケネス・グラハム・トロピンを取り上げています。前編でも紹介した通り、同社はシステマティックなトレンド・フォローと裁量トレードに基づいたグローバル・マクロという完全に異なる二つの戦略を用い、株式や債券の現物市場に限らず、先物や為替などのオルタナティブ市場においても投資しています。

同社は設立当初、1990年代におけるヘッジファンド業界の「ジュニア3」の一人に数えられたポール・チューダー・ジョーンズ二世が率いるチューダー・インベストメント・コーポレーションから支援を受けました。顧客のほかにチューダーが雇うほどではない小粒のトレーダーを何人か紹介してもらうことで、グローバル・マクロ戦略に基づく裁量トレードを始めます。

グラハム・キャピタルが設立当初から手掛けていたトレンド・フォロー戦略が成功するかどうかは、市場に関する2つの重要な事柄が前提となっていました。一つは、価格のトレンドが市場で定期的に発生するという前提です。トレンドはすべての市場において常に存在しているわけではありませんが、トレンド・フォロワーは20年以上にわたってプラスのリターンを上げており、これはトレンドが存在することの証左といえるでしょう。もう一つは、こうしたトレンドから利益を得るためのトレーディング・システムを構築できるという前提です。すべてのトレンド・フォロワーが体系化しようとするシステム上の基本的なポイントは、「損切り」と「利益確定」であるといわれています。そのほか、執行コストを抑制することも重要です。

その一方でグローバル・マクロ戦略の場合、様々な方法がありますが、基本的には経済状況に基づいた各資産クラスの短期的な、あるいは長期的な方向性や勢い(モメンタム)、または相対的価値(レラティブ・バリュー)をベースにトレーダーの裁量で取引をします。ただ、グラハム・キャピタルでは、マクロ経済指標などのヒストリカルデータを計量分析することにより、トレードのタイミングなどを計るクオンツ・マクロといった手法も用いています。

◆管理と運用総額

同社では高度なクオンツ(定量的)運用のノウハウをリスク管理においても活用し、グローバル・マクロ戦略では、各資産クラスや期待されるアルファ(投資対象資産の指標であるベンチマークを上回るリターン)間の相関や分散の効き具合を徹底的に監視しています。また、トレンド・フォロー戦略では一般的に、ある程度長期の時間軸による資産クラス間の相関に基づいてポジションの安定化を図りますが、同社ではごく短期間での計測値も用いながら安定化を実現。相場の急変にも素早い対応ができるように設計されているようです。

このように実用的で一貫したリスク管理を実施するようになったのは、2007年秋に起きたサブプライム住宅ローン問題がきっかけでした。これ以降、同社では毎朝リスク会議を開き、昨日の利益と損失、すべてのトレーダーのポジション、各資産の流動性、取引相手(カウンター・パーティー)のリスク、ストレステストなどを確認するほか、個別に損失を抱え込んでいるトレーダーはいないか、懸念すべきことはないかなど、様々なリスクについて情報を共有し、問題点の改善を図ることを今日まで続けています。こうした管理は長期にわたって大きな価値をもたらすと考えられているようです。

これらの戦略と管理手法により、グラハム・キャピタルの運用資産額は2015年に100億ドルの大台を突破しました。もっとも、ウィントン・グループのデビッド・ハーディングを取り上げた第54回でも触れたように、トレンド・フォロー戦略にとって2011年からの10年は「死の10年」でした。それはグローバル・マクロ戦略にもいえることです。2010年7月から2021年7月までの11年間、米連邦準備制度理事会(FRB)、欧州中央銀行(ECB)、英イングランド銀行(BOE)の米欧英中央銀行による金融政策は、合計すると0.25%の利上げを年平均およそ1.2回しか実施していなかった、とトロピンはいいます。そのため、同社の運用資産額は次第に伸び悩み、2023年7月現在ではおよそ180億ドルとされています。

▼デリバティブを奏でる男たち【54】 ウィントン・グループのデビッド・ハーディング(前編)

https://fu.minkabu.jp/column/1927

▼デリバティブを奏でる男たち【54】 ウィントン・グループのデビッド・ハーディング(後編)

https://fu.minkabu.jp/column/1934

(※続きは「MINKABU先物」で全文を無料でご覧いただけます。こちらをクリック

◆若桑カズヲ (わかくわ・かずを):
証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。MINKABU PRESS編集部の委託により本シリーズを執筆。


株探ニュース

人気ニュースアクセスランキング 直近8時間

プレミアム会員限定コラム

お勧めコラム・特集

株探からのお知らせ

過去のお知らせを見る
株探プレミアムとは

日本株

米国株

PC版を表示
【当サイトで提供する情報について】
当サイト「株探(かぶたん)」で提供する情報は投資勧誘または投資に関する助言をすることを目的としておりません。
投資の決定は、ご自身の判断でなされますようお願いいたします。
当サイトにおけるデータは、東京証券取引所、大阪取引所、名古屋証券取引所、JPX総研、ジャパンネクスト証券、China Investment Information Services、CME Group Inc. 等からの情報の提供を受けております。
日経平均株価の著作権は日本経済新聞社に帰属します。
株探に掲載される株価チャートは、その銘柄の過去の株価推移を確認する用途で掲載しているものであり、その銘柄の将来の価値の動向を示唆あるいは保証するものではなく、また、売買を推奨するものではありません。
決算を扱う記事における「サプライズ決算」とは、決算情報として注目に値するかという観点から、発表された決算のサプライズ度(当該会社の本決算か各四半期であるか、業績予想の修正か配当予想の修正であるか、及びそこで発表された決算結果ならびに当該会社が過去に公表した業績予想・配当予想との比較及び過去の決算との比較を数値化し判定)が高い銘柄であり、また「サプライズ順」はサプライズ度に基づいた順番で決算情報を掲載しているものであり、記事に掲載されている各銘柄の将来の価値の動向を示唆あるいは保証するものではなく、また、売買を推奨するものではありません。
(C) MINKABU THE INFONOID, Inc.