デリバティブを奏でる男たち【59】 マイケル・スミスのCVCキャピタル(後編)

特集
2023年8月14日 13時30分

◆スミスの引退と後継者たち

今回は世界最大級のプライベート・エクイティ(未公開株式)投資会社、CVCキャピタル・パートナーズを取り上げています。同社はマイケル・スミスらによって、1993年にシティコープ(現在のシティグループ<C>、1998年にトラベラーズ・グループと合併)からスピンアウトした組織です。前回も示した通り、同社が深く携わるプライベート・エクイティ業界は、スミスがシティコープに入社した1982年頃が草創期にあたり、その後ブームを迎えます。1990年代初頭には不況で落ち込む場面もありましたが、その後はバブルになりました。ITバブルの崩壊とともに厳しい局面を迎えますが、2000年代半ばに再びブームとなり、またしてもリーマン・ショックで大きく落ち込む、といった浮き沈みを繰り返しています。

このような業界においてCVCは、着実に規模を拡大させていきましたが、創業から20年の節目となる2012年にスミスの引退が発表されました。その理由について詳細ははっきりしませんが、タイミングとしては前回に取り上げたオーストラリアのメディアグループ、ナイン・エンターテインメントへの投資失敗と重なります。このスミスの引退に合わせて、共同創業者で米国出身のブルース・ハーディ・マクレインも引退しました。スミスが引退した後は、共同創業者の中からドナルド・マッケンジー、ロリー・ヴァン・ラパード、スティーブン・フレデリック・コルテスの3人が共同会長に就任しています。

マッケンジーはグループ取締役会の議長を務め、投資委員会およびポートフォリオ委員会の委員長も引き続き務めます。公認会計士の資格を持つ彼は、スコットランドのダンディー大学で法律を学んだ後、英国のプライベート・エクイティ会社3iグループに勤務。1988年にCVCに参加しました。

一方、ラパードは、プライベート・エクイティ事業の日常的な経営に責任を負う2つのプライベート・エクイティ取締役会(欧州・北米とアジア太平洋)の議長を引き続き務めます。オランダ生まれの彼は、ニューヨーク州のコロンビア大学で経済学の修士号を、オランダのユトレヒト大学で法学の修士号を取得した後、ロンドンとアムステルダムのシティコープ・コーポレート・ファイナンスに勤務。1989年にCVCに加わっています。

そして、ドイツ語圏担当だったコルテスは、2つのプライベート・エクイティ取締役会の共同責任者に就任。スミスが担当していたIR事業も引き継ぎました。彼は米バーモント州のミドルベリー大学で美術の学士号を取得した後、シティコープのロンドン、チューリッヒ、ニューヨークで、コーポレート・ファイナンス、およびコーポレート・バンキング部門に勤務。ロンドンで優先株や劣後ローンなどを取り扱うメザニン・ファイナンス部門の設立に関わります。CVCに参加したのは1988年でした。もっともコルテスは2022年に引退しています。

◆日本での活躍

このようなCVCですが、日本でも2000年に業務を開始して、幾つかの投資案件に関わっています。古いところでは2006年に当時、国内最大規模のMBO(Management Buyout、経営陣による企業買収)となるファミリーレストラン最大手すかいらーくを、野村ホールディングス <8604> [東証P]傘下の野村プリンシパル・ファイナンスと共同で買収しました(すかいらーくは同年上場廃止)。しかし、2009年にCVCは借入金を返済できず、借入先の中央三井キャピタル(2007年に現在の三井住友トラスト・ホールディングス <8309> [東証P]が子会社化)が、CVCの保有するすかいらーく株を取得しています。2010年に経営権は米系のプライベート・エクイティ投資会社ベインキャピタルに移り、すかいらーく(現在のすかいらーくホールディングス <3197> [東証P])は2014年に再上場を果たしました。

また、CVCが絡む案件として、最も有名なのは東芝 <6502> [東証P]の買収案件でしょうか。ベインキャピタルとともに2021年4月、時価より約3割高い1株5000円でTOB(Take Over Bit、株式公開買い付け)を提案と報じられました。東芝は2015年に粉飾決算が発覚。2017年には債務超過に陥り、市場第一部銘柄から市場第二部銘柄へ指定替えとなります。同年に約6000億円もの第三者割当増資で経営危機を免れますが、その際に増資を引き受けた多くのアクティビスト(物言う株主)と、コーポレートガバナンス(企業統治)や資本政策などを巡って対立していました。これを解決すべく当時の東芝、車谷暢昭・社長兼最高経営責任者(CEO)が調整役になっていたようです。

東芝 <6502> 月足

【タイトル】

ところが、この案件には多くの障害がありました。その障害とは、まず東芝が原子力など国の経済安全保障に関わる「コア業種を営む上場会社」に指定されていたことです。改正外為法が2020年5月に施行され、外国投資家が「コア業種を営む上場会社」の1%以上の株式を取得する際は事前審査が必要となり、場合によっては変更・中止の勧告や命令を受けることになります。この問題を解決すべくCVCは、政府系ファンドの産業革新投資機構(JIC)や政策金融機関の日本政策投資銀行(DBJ)にも投資連合への参加を呼びかけようとしました。

また、この案件は株式の非公開化を前提としていましたが、東芝は2021年1月に市場第二部から市場第一部へ指定されたばかり。それを今度は非上場とすることに東芝の役員は強く抵抗し、「受け入れがたい」といった感情的な問題もあったようです。CVCのようなプライベート・エクイティ投資会社が買収するとなれば、数年後の再上場を視野に入れてのことでしょうが、その数年間に東芝役員の地位が安泰でなくなるとなれば、このような案件は受け入れがたいものだったのかもしれません。

加えて、この買収案件が発覚すると同時に、車谷社長兼CEOの辞任と綱川智会長の後任就任が発表されました。車谷社長は元々、三井住友フィナンシャルグループ <8316> [東証P]の副社長執行役員でしたが、2017年にCVC日本法人の会長兼共同代表に就任。そして、2018年に東芝の社長兼CEOとなった人物です。更に当時の藤森義明・東芝社外取締役はCVC日本法人の最高顧問を務めており、「利益相反の疑義を抱かれかねない側面」がある、などと報じられました。これらの障害によりCVCの東芝買収は実現しませんでした。

(※続きは「MINKABU先物」で全文を無料でご覧いただけます。こちらをクリック

◆若桑カズヲ (わかくわ・かずを):
証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。MINKABU PRESS編集部の委託により本シリーズを執筆。


株探ニュース

人気ニュースアクセスランキング 直近8時間

プレミアム会員限定コラム

お勧めコラム・特集

株探からのお知らせ

過去のお知らせを見る
株探プレミアムとは

日本株

米国株

PC版を表示
【当サイトで提供する情報について】
当サイト「株探(かぶたん)」で提供する情報は投資勧誘または投資に関する助言をすることを目的としておりません。
投資の決定は、ご自身の判断でなされますようお願いいたします。
当サイトにおけるデータは、東京証券取引所、大阪取引所、名古屋証券取引所、JPX総研、ジャパンネクスト証券、China Investment Information Services、CME Group Inc. 等からの情報の提供を受けております。
日経平均株価の著作権は日本経済新聞社に帰属します。
株探に掲載される株価チャートは、その銘柄の過去の株価推移を確認する用途で掲載しているものであり、その銘柄の将来の価値の動向を示唆あるいは保証するものではなく、また、売買を推奨するものではありません。
決算を扱う記事における「サプライズ決算」とは、決算情報として注目に値するかという観点から、発表された決算のサプライズ度(当該会社の本決算か各四半期であるか、業績予想の修正か配当予想の修正であるか、及びそこで発表された決算結果ならびに当該会社が過去に公表した業績予想・配当予想との比較及び過去の決算との比較を数値化し判定)が高い銘柄であり、また「サプライズ順」はサプライズ度に基づいた順番で決算情報を掲載しているものであり、記事に掲載されている各銘柄の将来の価値の動向を示唆あるいは保証するものではなく、また、売買を推奨するものではありません。
(C) MINKABU THE INFONOID, Inc.