武者陵司「日中不動産バブルの比較と中国Japanificationの可能性」
―日本のバブルは帳簿価格の膨張、中国のバブルは投資の膨張―
中国不動産バブル崩壊は、世界経済の最大懸念の一つとなった。日本の不動産バブル崩壊は失われた30年に帰結したが、中国が日本の辿った道を後追いするのか、関心が高まっている。
以下、日中の不動産バブルを比較すると、中国の日本以上の深刻さが浮かび上がる。日本の場合、政策の誤りによりバブル崩壊 (資産価格の過剰値上がりの是正)のみならず、負のバブルの形成(本源的価値以下までの株価、不動産価格の低下)があり、経済へのダメージが増幅された。他方、中国は土地バブルを原資として過剰投資を積み上げたという、日本にはない深刻さがある。
(1)日中不動産バブルの規模の検証
中国バブルが日本以上に深刻な現実(FACTS)を4点にわたって検証する。
まず第一に、中国において、近年世界が経験したことがない不動産価格の異常な値上がりが起きたことが指摘される。不動産価格の水準を年間所得との比較で見ると、上海50倍、深セン43倍、香港42倍、広州37倍、北京36倍(2023年NUMBEO調べ)と、歴史的高水準に達している(東京は12倍、NY10倍)。バブル期の東京の同倍率が15倍であったことと比較すると、中国の深刻度は明らかである。
また、住宅価格を年間家賃との比較で見ても、東京やNYの25倍に対して、中国は全国中央値でも58倍(2023年中国不動産協会調べ)と著しく高い。住宅所有が結婚の条件という中国で、若年失業率が20%超の環境下で、この価格は異常である。結婚できない若者が続出し社会的不安が高まり、政権はそれを無視できなくなった。「住宅は住むためのものであり、投機の対象ではない」という習主席の言葉は、1990年頃の日本と同様に、イデオロギーというより、国民の強い不満に対する対応と理解するべきであろう。
では、不動産バブルのマクロ的規模はどれほどか。日本の土地時価総額は、1980年(745兆円)、1990年(2477兆円)、2005年(1252兆円)、2013年(1135兆円)、2021年(1276兆円)と推移してきた。ピーク時1990年の対GDP比は581%であった。
これに対し、2017年の中国の住宅時価総額は430兆元(Kenneth Rogoff,Yuanchen Yang[2020],"Peak China Housing")という試算がある。GDP79兆元として計算すれば対GDP比は544%と、ほぼ日本のバブル時に匹敵することがわかる。
ちなみにFRB(米連邦準備制度理事会)による米国の住宅時価総額(家計保有)はバブルピークの2007年でも26兆ドル(対GDP比180%)、2011年20兆ドル(対GDP比129%)、2022年45兆ドル(対GDP比177%)となっており、日本と中国のバブルはやはり桁外れに大きかったことがわかる。
第二に、不動産バブル発生の根本的原因において、中国には日本にはなかった能動的要因がある。日中のバブル原因には共通点と相違点がある。日中ともに不動産バブルは、ニクソンショック後のドル垂れ流しの国際分業進展の下で、対米輸出の急増で経常黒字が大きく積み上がったことに端を発する。日本では1980年代以降、GDP比3~4%の経常黒字が積み上がり、中国は北京オリンピックを挟んだ2006~10年にかけて、GDP比5~10%の巨額黒字を出し続けた。それは即、国内通貨の過剰供給に繋がり、不動産バブルの形成の原動力になった。
また、中国では2015~16年の金融危機・人民元安危機に対応し資本輸出規制を再導入したため、過剰貯蓄が国内に封鎖され2016~17年の不動産狂乱を引き起こした。このように対外黒字と過剰通貨発行は日中共通のバブル原因である。
日中共通の受動的バブル形成に対して、中国には政策が能動的にバブルを引き起こしたという、大きなバブル形成の誘因があった。中国国家財政は地方が支出の85%を担うという構造になっているが、地方の財政収入の4割が土地利用権売却益によって捻出する仕組みとなっている。地方政府は規制・周辺インフラ整備・金融支援込みで魅力度を高めた土地利用権を売却し巨額の収入を得続けた。その威力は、2008年のリーマン・ショック時の世界経済を助けたといわれた4兆元の経済対策や、2015年のチャイナショック時に発揮された。
こうしたことから第三に、不動産金融において、中国の不動産関連負債は日本に比べて突出したレベルとなっている。日本の不動産金融はもっぱら銀行部門の過剰融資であった。それに対して中国は地方政府の別動隊であり、公共インフラ整備資金の調達を担う地方融資平台(LGFV)の債務が急拡大してきた。
日本の不動産金融の規模は、1990年の総量規制の対象となった3業種(建設、不動産、ノンバンク)に対する銀行融資と捉えてよい。3業種向け貸し付けは1980年33兆円(総貸出に対する比率13%)、1985年50兆円(同18%)、1990年89兆円(同22%)、1997年115兆円(同22%)と急増し、バブル形成の主燃料となったが、そのGDPに対する比率は1985年15%、1990年19%、1997年21%であった。
それに対して中国の場合、融資平台だけで債務総額は2018年35兆元(対GDP比38%)、2023年57兆元(対GDP比53%)と推移し、IMF(国際通貨基金)の見通しでは、2027年102兆元(対GDP比では60%以上)となっており、日本の比ではないことが分かる。IMFはこれらを政府の隠れ債務と呼び、それを加えれば中国の政府債務残高は2027年にはGDP比149%と日本に次ぐ高債務国になると予想している(日本総研 三浦有志氏「中国経済の新たなリスクに浮上した地方融資平台」より)。
加えて、日本のバブル崩壊時には存在しなかったシャドウバンキング(貸付信託、受託債券、受取手形、 信用状、収益権等)によるデベロッパーなどの資金調達も数十兆元(対GDP比10%以上)存在していると推測される。
また、家計債務対GDPを比較すると、日本のバブル期(1980~1990年)で45%から68%へと23ポイントの上昇だったのに対して、中国は2010年の26%から2020年の62%まで36ポイントと急上昇しており、中国の家計債務の脆弱性が推測される。
第四に、不動産バブルの経済への影響において中国の比重は大きい。バブル関連産業を建設業と不動産業と定義し、両者の産業別GDPを合計すると、日本の場合、1990年GDP比21.0%(建設10.1%、不動産10.9%)、2021年同17.4%(建設5.5%、不動産11.9%)と推移してきた。それに対して中国は2016年29%(建設+不動産)と推定されている(Kenneth Rogoff, Yuanchen Yang[2020],"Peak China Housing")。
以上のように検証すると、すでに形成された不動産バブルのスケールは、1980~90年代にかけての日本のそれよりははるかに大規模なものであることが分かる。
(2)中国不動産バブル崩壊はまだ序の口
では、バブル崩壊の現状はどうかだが、中国はバブル崩壊の初期、日本の推移と比較すると1990年代前半に相当する、と言えるのではないか。日本の6大都市市街地地価指数は32.5(1971)、67.8(1980)、285.3(1991)、68.6(2005)、67.8(2013)と推移してきた。11年で4.2 倍となった後、バブルの高値からは13年間で75%低下し底入れをした。
他方、中国の不動産価格の下落はいま始まったばかり、当局の公表値は数%の下落に過ぎない。しかし、「アリババグループの浙江省杭州本社近くの中古住宅は、21年終盤の高値から約25%値下がりした」との報道がなされており(2023年8月17日付ブルムバーグ)、仲介業者データではすでに高値から15~25%下落したと推測されている。むしろ、現在最も大きく変化しているのは中国の不動産販売の激減である。大手100デベロッパーの販売額はピーク2021年比7割減で推移し、まだ底入れしていない。また、家計の住宅ローンも激減している。
ということは、不良債権の発生と処理もいまの中国はほんの入り口に過ぎないということである。日本経済新聞(9月1日付)は、中国不動産デベロッパー11社のバランスシート合計値を発表した。「主要11社の6月末のバランスシートは資産総額約12兆3300億元に対し、負債総額が約10兆3400億元。差し引き約1兆9900億元が資本となっている。資産のおよそ半分を占める開発用不動産の評価が32%下がれば資本不足で債務超過に転落する計算だ」(同)。
しかし、開発用不動産以外の資産もバブル崩壊で評価が大きく下落するだろうこと、価格下落はこれからが本番、大幅な評価減は不可避であろうことを考えれば、ほぼ全社が債務超過に陥ることは避けられないのではないか。
日本の場合、全国銀行の不良債権のピークは2001年の43兆円、累計の銀行処理額は80兆円程度、GDP比20%程度に上ったものと推定される。日銀は銀行の不動産処理による損失に対して巨額の量的金融緩和で対応した。損失処理が進展した1998年から2005年にかけて、日銀総資産はほぼ80兆円増加した。これは銀行の処理額はまるまる日銀信用によって補填され、銀行のバランスシートの収縮は避けられたことを意味する。このように日本の不良債権処理の過程を振り返ると、未だ中国では不良債権の処理すら始まっていない段階と言える。
(3)不動産バブル崩壊がバランスシートリセッションに止まらないのか
中国は固定資本形成のGDP比40%超という歴史上例のない投資主導経済を20年にわたって続けてきた。この投資主導経済の実態は、コスト先送りによる需要創造である。投資とは会計的には支出し(=需要を創造し)、コストを資産計上によって先送りするという危険な行為である。建設された設備や構築物が有効に活用できないものであれば、不良資産の山を作り続けることになり、非常に大きなリスクを伴う。
共産党主導の地方政府は、そのリスクに無頓着で、成長競争のみにこだわる投資暴走を続けてきたのだ。2年余りでアメリカ100年分のセメントを消費したといわれるほどの天文学的な投資資産の多くが、価値を生み出す健全資産とは考えられず、潜在的不良資産が積み上がっていると推測される。
固定資産投資による経済成長を続けてこられた背景には、土地の錬金術があった。地方政府が土地利用権を売り、その売却代金が地方政府の収益の4割を占めたことで、地方政府は極めて収入が潤沢になった。そうした潤沢な資金をインフラ投資やハイテク企業への支援に向けることができた。この成長パターンは、バブルが崩壊し、地方政府による土地利用権売却収入が止まると維持できなくなる。そして、いまその崩壊が実際に始まったのである。
投資とは逆に、過去40年間に消費対GDP比は53%から38%へと15%低下し、消費が投資を下回り続けたことも異例である。今後予想される投資の落ち込みは消費の増加でカバーするしかないが、バブル崩壊と習近平政権の奢侈を非難するイデオロギーは、家計の防衛的貯蓄の引き上げに結びつき、一段と経済活力を奪っていくことが想定される。短期的困難を、(A)バブル崩壊の先送り、不良債権の隠ぺい、追い貸しなどの弥縫策、(B)家計に対する減税などの消費支援で糊塗するだろうが、その効果は短命であろう。
中国の困難はかつて日本が陥ったバランスシート不況とは異なる。日本のBS不況は、資産価格下落による金融上の損失の発生であり、時間をかけてその処理が完遂された。しかし、中国の根本問題は、実物資産の作り過ぎ、過剰住宅・過剰設備・過剰インフラにある。そこからの脱却は実物経済の急収縮をもたらす。深刻な大恐慌型の経済困難があり得る。
ということは、中国が日本化(Japanification)するかどうか、という問いは甘すぎる。
より深刻な将来が待っていることを念頭に置くべきである。
(2023年9月19日記 武者リサーチ「ストラテジーブレティン340号」を転載)
株探ニュース