スタートアップ投資は経営者の「経験」「ビジョン」を見よ 京都で「町家泊」展開、立志社の事例

特集
2023年11月16日 11時40分

村上茂久のスタートアップ投資術-新世代アップルの見つけ方-(12)

【タイトル】村上茂久
株式会社ファインディールズ代表取締役、GOB Incubation Partners株式会社フェロー、iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。大学院の経済学研究科を修了後、新生銀行で証券化、不良債権投資、不動産投資、プロジェクトファイナンス、ファンド投資業務等に従事。2018年より、GOB Incubation Partners株式会社のCFOとして新規事業開発、起業支援、スタートアップファイナンス支援業務等を手掛ける。2021年1月に財務コンサルティング等を行う株式会社ファインディールズを創業。著書に「決算書ナゾトキトレーニング 7つのストーリーで学ぶファイナンス入門」「一歩先の企業・株価分析ができる マンガでわかる 決算書ナゾトキトレーニング」(PHP研究所)がある。

スタートアップ企業(ベンチャー企業)の市場は年々成長し、2022年に資金調達額が8774億円(2224社)を記録するなど、近年、日本でも盛り上がりを見せています。

本連載では、株式投資型クラウドファンディングのプラットフォームである「FUNDINNO」を通じて資金調達を行った企業を毎回取り上げ、スタートアップ企業のビジネスモデルや成長戦略について、これまで、数多くのスタートアップ企業の資金調達支援を行ってきた株式会社ファインディールズ代表取締役の村上茂久さんが考察します。

村上さんは「スタートアップ企業は情報が少ないものの、調達にあたり、投資家に刺さるポイントがある程度、形式知化されていることも分かってきた」と話します。

事業が成熟している上場企業とは異なるスタートアップ企業を分析する際、どのような視点が必要とされるのでしょうか。

今回は、消滅が懸念されている京都の町家を借り上げて、現代的な宿泊施設にリノベーションをする事業を手掛けている株式会社立志社を取り上げ、スタートアップにおける経営者の豊富な経験とビジョンの重要性について考察していきます。

京町家のリノベーション事業

京町家とは、1950年以前に建築された木造建築物のことを言います。現在、京都において、この京町家が急激に減少していることが大きな課題となっています。具体的には、京町家の数は2009年の4万7735軒から、2016年には4万416軒まで減少し、2009年に5002軒だった空き家は、2016年には5834軒まで増えています。

空き家が増えることで、風景・景観が悪化する▽火災の発生が誘発される▽防災・防犯機能が低下する▽不法投棄が誘発される等、多くの悪影響が出てきます。

これらの課題に対して、京町家のリノベーションを通じて解決を試みているのが立志社です。立志社によるリノベーションのスキームは非常に興味深いものがあります。

まず、同社は京町家のオーナーから、15~20年の定期借家契約で京町家を借ります。オーナーからすれば、歴史ある京町家を売却せずに定期借家で貸し出せることに安心感があります。また、立志社としても、不動産を買い取らなくてもよいので、初期投資費用がかさみません。

さらに、同社は京町家のリノベーション費用として、2000万円程度を自ら負担します。つまり、京町家のオーナーは自分の空き家をリスクゼロで、リノベしてもらうことができるのです。

これだと一見、立志社にとってリスクが大きそうにも見えますが、必ずしもそうではありません。まず、物件取得でのリノベーションの場合は7000万円以上の費用がかかる一方、定期借家契約との組み合わせでのリノベーションであれば、先ほど見たように、費用は2000万円程度と1/3以下です。

さらに、この2000万円ほどのリノベーション費用にしても、2年で資金が回収できると見込んで計画を作っているのです。2年で回収ということは、想定利回りは50%になります(50%×2年=100%)。

本来、価値ある資産が空き家となって価値を発揮できていない状況を、リノベによって、これほどのリターンが見込めることになるのです。

【タイトル】

出所:<稼働率前年比約2倍>京都の町家をホテル再建のプロが蘇らせる。高収益モデルで全国展開を狙う「立志社」

15~20年の定期借家契約終了後は、オーナーに、改装した物件をそのまま返却するか、それとも、契約を延長するかを選択してもらうことになります。オーナーからすれば、返却してもらった物件はそのまま住むことも貸すこともできますし、契約を延長した場合は引き続き、賃料が入ってくることになります。

このように、オーナーにとっては、使い道のなかった遊休資産が低リスクで運用できることになるのです。

代表の豊富な経験とビジョンが京町家のリノベ事業を生み出した

立志社はなぜ、このようなリノベ事業を着想することができたのでしょうか。それは、代表の豊富な経験とビジョンに由来するものだと考えます。

代表の前田弘二氏は大学時代を京都で過ごした後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)に勤務し、不良債権処理や不動産のバルクセール(一括売却)事業に携わっています。その際に売却された不動産の多くは、バブル崩壊後ということもあり、ホテルや旅館でした。

その後、転職した証券会社では、私募ファンドや開発型証券化組成にも従事しています。その次の転職先である外資系金融機関傘下のホテル投資会社では、アセットマネジメント業務に携わったり、独立後もホテルの買収・再建に関わったりしてきました。

つまり、ホテルや旅館に関して豊富な経験と知見を持っているのです。筆者も金融機関に勤めていた際、不良債権投資、バルクセール、証券化等の業務に関わっていましたし、旅館やホテルの案件も複数見てきた経験があります。これらの経験から学んだことで大きなものは「いかにして、キャッシュフローが生まれるようにするか」、そして、「投資対効果を見極めること」の2つです。

当然、前田氏もこのことを理解した上で、上述した定期借家のリノベーションのスキームを考案したものと考えます。

また、銀行や証券会社は、主にバランスシートでいう右側の負債と純資産を扱うことで投資のリターンを上げることになりますが、前田氏はホテルの買収や再建にも携わっていることから、左側である資産の改善にもたけていることがわかります。これらの豊富な経験がこの事業を生み出したと言えます。

もちろん、これだけではありません。前田氏は京都市内の歴史ある私立大学出身であり、京都に対する思いも非常に強いものがあります。このように思い入れのある京都の課題を、自身がこれまで培ってきたビジネスを通じて解決しようとしているのです。

まさに、ロマンとそろばんの両立がこの事業を可能にしていると言えます。実際、インバウンド需要が戻ってきたこともありますが、ニーズを適切にくみ取り、売上高は昨年の2.2倍を見込むなど急成長をしています。

【タイトル】

出所:<稼働率前年比約2倍>京都の町家をホテル再建のプロが蘇らせる。高収益モデルで全国展開を狙う「立志社」

立志社のビジョンは、京都の地域再生だけにとどまらず、日本の歴史的景観・文化を守り、地域振興につなげることを使命としています。今後は、奈良県や北陸など、人的つながりのある地域をはじめ、関東にもエリアを広げていき、空き家となった古民家・文化財の再生や名門ホテルの事業承継などを行うことを視野に入れています。

今回は立志社を事例に、経営者のバックグラウンドやビジョンの重要性について考察をしました。スタートアップ企業を見る際には、経営者のバックグラウンドやビジョンがどのように事業に反映されているかを、ぜひ確認してみてください。この2つがうまく重なった時、魅力的な事業が生まれることになるでしょう。

本連載は今回が最終回です。これまで、ご愛読ありがとうございました。

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