デリバティブを奏でる男たち【70】 ジェイン・グローバルのボビー・ジェイン(後編)

特集
2024年1月17日 11時20分

今回は2024年にマルチ・ストラテジーのヘッジファンド、ジェイン・グローバルを新しく立ち上げようとしているロバート・ジェイン(Robert Jain:通称ボビー・ジェイン)を取り上げています。

彼は20年間、クレディ・スイス(2023年にUBSグループ<UBS>が救済合併)にて要職を歴任した後、イスラエル・アレクサンダー・イングランダー(通称イジー・イングランダー)が率いるミレニアム・マネジメントに移籍しました。そこで6年間、共同最高投資責任者(CIO)を務めていましたが、2022年に退職しています。

◆君臨し続ける創設者

ミレニアムの創設者であり、会長兼最高経営責任者(CEO)であるイングランダーの後継者の一人としてジェインの名前も挙がっていたようですが、彼が退職した理由は定かではありません。ただ、イングランダーが引退するつもりはないと公言している点が大きく影響している可能性があります。イングランダーは日本でいえば後期高齢者にあたりますので、後継者問題が取り沙汰されたり、その対象となる重要人物に保有自社株を分配するといったことが行われても不思議はありません。しかし、彼は依然として自社株を100%保有しており、自分の替わりを誰かがする、ということに対して不快感を抱いているようです。

とはいえ、ミレニアムは300を超える投資チームを擁する巨大な組織になりましたので、一人で監督できるほど小規模ではないこともイングランダーは認めています。そこでリーダーシップを共有する企業への移行を強調しています。特にイングランダーは「委員会」という概念を気に入っており、そうした組織に慣れていて上下関係をきっちりと重んじる名門投資銀行のゴールドマン・サックス出身者を好んで採用する傾向が強い、とみられています。このため、彼はミレニアムをゴールドマン・サックス・アセット・マネジメントに変えてしまった、などと揶揄する向きもありました。このようなトップが君臨する組織に、野心のある人間は長くは居られないのでしょう。

◆繁栄の時代

近年、マルチ・ストラテジーのヘッジファンドは高い収益を上げています。前回は主要なマルチ・ストラテジーのヘッジファンドとしてミレニアムのほかに、第8回で取り上げたケネス・コーデレ・グリフィン(通称ケン・グリフィン)が率いるシタデルや、第7回で取り上げたスティーブン・A・コーエン率いるポイント72アセットなどに触れました。この3社はいずれも、ファンド・オブ・ファンズのLCHインベストメント(エドモンド・ドゥ・ロスチャイルド・グループが運営)が毎年公表している主要ヘッジファンド利益ランキングで上位に食い込んでいます。

2018~2022年利益トップ15の主要ヘッジファンド(単位は10億ドル)

2018年の利益2019年の利益2020年の利益2021年の利益2022年の利益
1ブリッジウォーター8.1TCI8.4タイガー・グローバル10.4TCI9.5シタデル16.0
2ルネサンス4.7ローン・パイン7.3ミレニアム10.2シタデル8.2DEショー8.2
3ツーシグマ3.2ルネサンス5.6ローン・パイン9.1DEショー6.4ミレニアム8.0
4シタデル2.1エガートン5.0バイキング7.0ミレニアム6.4ブリッジウォーター6.2
5DEショー2.0シタデル4.9シタデル6.2エリオット6.0ブレバン・ハワード5.1
6ミレニアム1.8バイキング4.3DEショー5.4ブリッジウォーター5.7エリオット2.8
7ファラロン1.3ファラロン3.7エリオット5.0バウポスト3.4SAC/ポイント722.4
8ブレバン・ハワード0.9ミレニアム3.4TCI4.2ファラロン3.3キャクストン2.1
9エリオット0.8エリオット3.2エガートン3.7サード・ポイント3.3アパルーサ1.6
10バウポスト0.4DEショー2.8ブレバン・ハワード3.0エガートン3.1ファラロン0.5
11オクジフ/スカルプター0.2バウポスト2.4ファラロン2.9デービッド・ケンプナー2.4デービッド・ケンプナー-0.4
12キャクストン0.2SAC/ポイント722.3SAC/ポイント722.5アパルーサ2.1バウポスト-1.5
13SAC/ポイント720.0アパルーサ1.5オクジフ/スカルプター2.3オクジフ/スカルプター1.9オクジフ/スカルプター-1.8
14ムーアキャピタル-0.1オクジフ/スカルプター1.3アパルーサ1.9キングストリート1.8バイキング-3.0
15キングストリート-0.1ポールソン1.1キングストリート1.6SAC/ポイント721.7エガートン-4.1
全社-41.0全社178.0全社127.0全社176.0全社-208.0

稼ぎが良くなれば、投資家から資金が集まってくるものですが、彼らは投資家に資金を返還しています。これはファンドが大きくなり過ぎると、特定の資産クラスで収益性の高い投資ができなくなることを防ぐためです。また、ミレニアムはマーケットの急変による急激な資金逃避を避けるため、投資資金を全て引き出すのに1年の時間を要する仕組みを導入していましたが、これを5年に延長しました。

加えて、パススルー・モデルという新たな手数料体系も導入しています。従来のヘッジファンドの手数料体系は、投資資金に対して管理手数料2%、成功報酬手数料20%を基本としています(近年はもう少し低くなっているようです)。しかし、運用成績が良いマルチ・ストラテジーのヘッジファンドは、ファンド・マネージャーや運用チームへの報酬のほか、バックオフィスやリスク管理など、全てのコストを投資家に転嫁するようになりました。これがパススルー・モデルです。こうした体系で発生する管理手数料は、投資資金の3~10%の範囲のようですが、状況によって変化します。しかし、それ以上に高い収益が得られるならば、投資家としては何の問題もありません。

こうした手数料体系を導入するヘッジファンドは、高い実績を誇るファンド・マネージャーや運用チームに対して高い契約金を提示することが可能であり、彼らを引き入れて更に高い収益を上げることができるようになりました。やがて金融界ではスタープレイヤーの争奪戦が繰り広げられることになります。

この環境でジェインは、新たなマルチ・ストラテジーのヘッジファンドを新しく立ち上げようとしているのです。彼の経歴から投資ウェイトが比較的株式に傾いたマルチ・ストラテジーとなることが予想されています。そして、ファンダメンタルズ分析に基づいた株式のポートフォリオ・マネージャー15~20人を含む約70の投資チームを雇用する予定とされています。他のヘッジファンドや名門投資銀行などから着々と人材をかき集めて準備していますが、イングランダーに遠慮してか、ミレニアムからの引き抜きは少ないようです。もっとも、これほどの規模となると、運用資金はスタートアップのヘッジファンドとしては過去最高の100億ドルが集まるのではないか、といった予想もありました。

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◆若桑カズヲ (わかくわ・かずを):
証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。MINKABU PRESS編集部の委託により本シリーズを執筆。

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