綻ぶ中東の安全保障、原油相場に不安定化のリスク <コモディティ特集>

特集
2024年1月17日 13時30分

先週、米国や英国はイエメンの武装組織アンサール・アッラー(フーシ派)に対する攻撃を開始した。世界的な物流の要所である紅海の安全を守るため、米国を中心にプロスペリティ・ガーディアン作戦が始まったにも関わらず、イスラエルによるパレスチナ攻撃に抗議するアンサール・アッラーは紅海でイスラエルが関与する船舶への妨害行為を繰り返しており、イスラエルを擁護する米国としては妨害行為を見過ごせなくなった。先週のイエメン空爆については事前にフーシ側へ通知があったと伝わっており、警告的な攻撃であったことは明らかで、事態が本格的に混沌とするならこれからだろう。

●紅海を通過できる石油タンカーは更に減少

イスラエルに関与しない商船は船舶自動識別装置(AIS)で攻撃しないようメッセージを送りつつ紅海を通過できていたものの、イエメン攻撃が始まったことでアンサール・アッラーの妨害行為が拡大することはほぼ確実である。ドイツ海軍もフリゲート艦「ヘッセン」を紅海に派遣するとしており、米国や英国、ドイツの船舶は新たな標的となる。サウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)は西側各国に軍用機の領空通過を許可したため、両国もアンサール・アッラーの攻撃対象となった。紅海を無事に通過できる石油タンカーは更に減少するだろう。

イランが支援するアンサール・アッラーが要求するのはイスラエルにパレスチナ攻撃をやめさせることであるが、100日で約2万3000人のパレスチナ人が殺されたにも関わらず、米国を中心とした西側はイスラエルに武器・弾薬などを供与し、未だに手助けしている。イエメンの武装組織がこれから壊滅的な被害を受けるなら、多くの民間人が巻き込まれることも確実だ。

先週の警告的な爆撃を受けても、アンサール・アッラーは米軍に対する攻撃を継続している。米中央軍の発表によると、現地時間の14日に米ミサイル駆逐艦「ラブーン」に向けてミサイルが発射されたほか、15日には米コンテナ船が被弾した。双方の戦力差は明らかであり、アンサール・アッラーが総力戦に打って出るようなことはなく、米軍などの空爆をかいくぐりつつ航行妨害を続けると想定するのが妥当だろう。

●西側諸国に余力が無くなれば中東の秩序は破綻

中東で複数の武装組織を支援するイランが自ら部隊を動かし、直接的に介入することはなさそうだが、パレスチナ自治区での戦闘が続く限り、紅海を通過する物流は正常化しそうにない。イエメンから飛来する安価なドローンやミサイルを迎撃するための米軍の負担は莫大であり、長期化すると米国は苦しい。欧米各国はウクライナ紛争で巨費を投じており、イスラエルを支援しつつ、民間の船舶を守りながらイエメンで攻勢を強めることは可能なのだろうか。

南米ベネズエラが隣国ガイアナに資源を求めて侵攻を開始するリスクもあり、ガイアナ紛争まで勃発した場合、西側が軍事的に対処できるとは思えない。英テレグラフは、英国は人員不足のため最新鋭の空母「HMSクイーン・エリザベス」を紅海に配備できないと報道しており、人的・財政的な余裕のなさはすでに表面化しているのではないか。そうであるならば、西側にフーシ派を壊滅させるような余力はなく、米国や英国、ドイツの船舶はただの的となる。

欧米各国が主導する従来の秩序は破綻しつつある。小国イエメンの武装組織に対して、西側の連合艦隊がなすすべがないとなれば、中東の安全保障は土台から崩れる。石油の供給が不安定化する兆候は乏しいにしても、中東が西側の庇護が及ばない地域として認識されていくなら原油相場は荒れそうだ。

(minkabu PRESS CXアナリスト 谷口 英司)

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