武者陵司「FOMO(日本株持たざる恐怖)が経済好循環を引き起こす」
●日本株持たざるリスクにおののく人々
ウォール街に「FOMO(フォーモ)」という言い回しがある。「Fear of Missing out」の略で、取り残されることに対する不安を意味する。今の日本株式市場はまさにそのような状態に入りつつある。日本株のばかげているほどの割安さにようやく人々は気づき、日本株を持たざるリスクを真剣に考えるようになった。
1)外国人投資家→昨年、世界主要市場で最も値上がりした日本株の比率を高めようと焦っている、2)個人投資家→NISA(少額投資非課税制度)改革が始まり投資ブームが起きている、3)企業→PBR(株価純資産倍率)1倍以下の是正を求める金融庁、東証に押されて自社株買いに走っている、4)年金など機関投資家→インフレ定着、金利上昇の下で日本国債投資比率の引き下げと株式シフトを余儀なくされている、など全ての投資主体が日本株に向かってラッシュし始めている。
年明け以降の株価急騰は、日本でも株式主体の資金運用体制が始まったことの現れと考えられる。
●結果が示す株式投資の圧倒的優位性
アベノミクスが始まった2013年以降、日経平均株価は9000円から3万6000円へと4倍になった。加えて、インカムフロー面でも、預金の利率がほぼゼロであるのに対して、株式は配当利回り2%、益回り(利益/株価)は6%と圧倒的に有利である。財産を株式投資に回すか、預金に置いたままにしておくかにより、大きな格差がついている。財産形成に大きく後れを取っていることに焦りを感じ始めている人々が、行動を起こし始めたようである。
●株式投資で著しく豊かになった米国家計、それが旺盛な消費の源泉に
日本ではバブル崩壊以降、30年以上にわたって、元本を維持できさえすればリターンはゼロでもよい、という極端なリスク回避心理が金融市場を覆ってきた。これはリスクをとって株式に投資し、財産を大幅に増やしてきた米国とは好対照である。日本の家計は運用可能金融資産1508兆円のうち73%の1107兆円を銀行預金・現金に滞留させ、株式・投信には21%しか振り向けていない。これに対して米国の家計は運用可能金融資産82兆ドルの内72%を株式・投信に振り向け、現預金の比率は18%にとどまっている。
この株式主体の米国の資産運用はリーマン・ショック以降、米国株式が7倍という大幅な上昇を遂げたことで大きな資産形成をもたらした。米国家計が保有する純財産額はリーマン・ショック直後の59兆ドルから2023年には154兆ドルへと2.6倍になった。過去13年間に家計の純財産額は約100兆ドルと、GDP(国内総生産)の4倍も増加したのである。この株価上昇による資産形成が米国消費を喚起し、経済の牽引車となっている。
●米国流の好循環を阻んでいるもの、(1)企業による利益退蔵
米国流の「株価上昇による資産の増加→消費増加→経済成長→株価上昇」という好循環が日本でも定着できるだろうか。そうなれば、日本経済と人々の生活水準を大きく引き上げていくことができる。いまの日本株ブームはその可能性を垣間見せている、と考えられる。
これまで日本では企業は十分に利益を出しているのに、株価が安いことによって家計の財産はあまり増えず、企業の儲けが経済の好循環に十分に結びついてこなかった。その第一の理由は、日本企業の儲けの過半が企業内に退蔵され、需要拡大と成長に繋がってこなかったことにある。
米国の場合、企業利益のほぼ8割が配当と自社株買いで株主に還元され、それが家計の資産所得と株価値上がり益となって消費を支えている。ちなみに米国では家計がSNSなどを通して株式投資に参入した2020年までの10年間、唯一最大の株式投資主体は企業による自社株買いであった。リーマン・ショック後の株高はもっぱら自社株買いによって実現したのである。
それに対して日本企業は配当と自社株買いによる株主還元率は4割と米国の半分に過ぎず、企業は利益の多くを金融資産として運用し、遊ばせている。その一部は戦略的海外投資であるが、自己資本比率は異常に高くなっている。
金融庁・東証によるPBR1倍以下の企業に対する是正措置の要求は、企業の内部留保の有効活用を求めるものである。企業の自社株買いが増加し、ROE(自己資本利益率)など資本効率が劇的に改善し、PBRが上昇すると期待される。
●米国流の好循環を阻んでいるもの、(2)極端なリスク回避姿勢
第二に、日本の家計がリターンの高い株式投資を敬遠してきたため、株価が上昇してもその恩恵が行き渡らず、家計の資産形成は米国に大きく後れを取ってきた。しかし、NISA改革などにより家計のリスクテイク姿勢が高まろうとしている。株式投資により家計の金融資産からの所得が大きく増加していくだろう。
●FOMOが日本の好循環を引き起こす、岸田政権の『新しい資本主義政策』も寄与
このようにして日本においても米国のように、企業の儲けが社会還元され需要創造に結び付くという動きが、株高を契機にして起こり始めている。
日本企業は過剰の資本保有により、ROE(自己資本利益率=自己資本成長率)が著しく低くなり、主要国中最低のPBRを余儀なくされてきた。これは家計と同様、企業も「Cash is King(現金は王様)」メンタリティーに毒されていたためと言える。
岸田政権の新しい資本主義政策は、ここに照準が定められている。米国流の「株価上昇による資産の増加→消費増加→経済成長→株価上昇」という好循環が日本でも定着する可能性は大きい。
(2024年2月5日記 武者リサーチ「ストラテジーブレティン349号」を転載)
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