デリバティブを奏でる男たち【73】 ポール・ブリットンのキャップストーン(後編)

特集
2024年2月28日 12時50分

今回はポール・マシュー・ブリットン(Paul Matthew Britton)率いるキャップストーン・インベストメント・アドバイザーズを取り上げています。ブリットンは大学卒業後の1994年に、ヴィンセント・ジェームス・ヴィオラ(通称ヴィニー・ヴィオラ)の英オプション取引会社、サラトガ・リミテッドに就職しました。1999年にはサラトガをMBO(Management Buyout、経営陣による自社の買収)で買い取るメンバーの一人となり、社名をマコ・グローバル・デリバティブスに変更しました。そして、2004年にはブリットン自身がマコの米国事業をMBOで買い取り、社名をキャップストーンとします。

キャップストーン(冠石)とは、ピラミッドの頂上部に置かれた四角錐状の石を指します。恐らくブリットンは頂上に君臨する会社にしたかったものと想像されます。同社は当初、マコの資金運用のみを行う自己勘定取引会社でしたが、2007年からは外部資本を受け入れるようになりました。また、サブプライム住宅ローン問題でリスクヘッジ需要が高まってきたことから、ボラティリティ(予想変動率)戦略に重点を置いたヘッジファンド構造に変更しています。

◆キャップストーンが提供するプラットフォーム

キャップストーンには、キャップストーン・グローバル・マスター(CGM)とキャップストーン・ソリューションという2つのプラットフォームがあります。前者のCGMは、ボラティリティとレラティブ・バリュー(相対価値)に重点を置いた資産クラスとそれらのデリバティブ取引を行うマルチ戦略アプローチのファンドです。具体的には、権利行使価格や限月などが異なる指数オプションのボラティリティをピックアップし、現在のボラティリティの値がブラックショールズ・モデルなどから算出される理論値より高い銘柄を売って、低い銘柄を買うといったロング・ショート戦略が挙げられます。ブラックショールズ・モデルに関しては以下をご参照ください。

▼オプション取引について(日本取引所グループ)

https://www.jpx.co.jp/learning/derivatives/options/04.html

後者のソリューションは、ボラティリティとデリバティブを利用し、顧客のニーズに合わせてカスタマイズされた戦略を構築します。例えばテールリスク(発生する可能性は低いものの、発生すると甚大な被害をもたらすリスク)に備えて、クライアントが保有するリスク商品のヘッジポジションを提供するものです。こうしたサービスの提供を通じて、ブリットンはボラティリティの世界のヒートマップを作り、それをキャップストーンの本質にしたかったようです。同サービスは人気を博し、運用資金が集まったところで、実際にリスク回避の地合いとなったことにより、高い運用成績と評価を得ることができました。ところが、その矢先に重大な判断ミスを犯してしまいます。

◆ボラティリティのドテン売りで大失敗

VIX(S&P500種株価指数オプションのインプライド・ボラティリティ)指数が40を超えたことから、上限に達したと判断してボラティリティ・ショート(ボラティリティの低下を見込んだ取引)を仕掛けました。1997年からのアジア通貨危機や2000年のITバブル崩壊のときでも、同指数が40を大きく上回るような激しい価格変動は起きていなかったからです。VIX指数に連動する金融商品が米国市場で初めて上場されたのは2009年のことですので、このときのボラティリティ・ショート・ポジションとしては、株価指数オプションのプットとコールを両方売るショート・ストラドル戦略などが考えられます。

しかし、2008年のリーマン・ショック時にVIX指数は80を超えてしまい、結局65で買い戻さざるを得ませんでした。前編で触れた通り、ロンドン国際金融先物取引所(LIFFE、London International Financial Futures and Options Exchange)の厳しいフロア環境で、レジリエンス(困難をしなやかに乗り越え回復する力)を学んだブリットンでしたが、このときばかりは堪えたようです。普段はさほど信心深くないというブリットンですが、ウォール・ストリートの近くに位置する、ニューヨークで最も古いトリニティ教会で祈りを捧げながら、どうやってこの状況から抜け出そうかと思案したとのことです。その甲斐あってか、ヨーロッパの大手顧客からの投資に助けられ、何とか生き残ることができました。

◆ボルマゲドン

キャップストーンのように、ボラティリティ自体を取引対象とするファンドは他にもあり、代表的なところでは、第37回で紹介したマン・グループを構成する1社のマンAHLや、第38回で取り上げたクリフォード・スコット・アスネス(通称クリフ・アスネス)率いるAQRキャピタル・マネジメントなどが挙げられます。これらの詳細は以下をご参照ください。

▼ヘッジファンド業界の総合商社、マン・グループ(前編)―デリバティブを奏でる男たち【37】―

https://fu.minkabu.jp/column/1615

▼クリフ・アスネスのAQRキャピタル(前編)―デリバティブを奏でる男たち【38】―

https://fu.minkabu.jp/column/1638

ボラティリティ自体を取引対象とすることは、それなりにリスクのあることですし、なかでもボラティリティ・ショート戦略は、先のキャップストーンの例を出すまでもなく、相当に危険な取引といえるでしょう。ボラティリティには、材料が飛び出すと短期間に急騰する特性がありますが、それが起きることは滅多にありません。このため、ボラティリティ・ショート戦略では安定的に収益を得ることが可能です。しかし、滅多に起きないことが起きると、それまで積み上げてきた収益を全て吐き出しても全く足りないくらい巨額な損失を被ることがあります。

具体的な例としては、2018年に起きたボルマゲドンが挙げられます。ボラティリティと最終戦争を意味するハルマゲドンの合成語であるボルマゲドンは、インフレ懸念台頭による米金利の急上昇がきっかけとなって、米株が急落に見舞われたことでVIX指数が急騰したことが原因で起きました。

(※続きは「MINKABU先物」で全文を無料でご覧いただけます。こちらをクリック)

◆若桑カズヲ (わかくわ・かずを):
証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。MINKABU PRESS編集部の委託により本シリーズを執筆。

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