今中能夫【米国株ハイテク・ウォーズ】<AIの威力②>

特集
2024年3月16日 11時00分

「第2のエヌビディアは当面現れないだろうが、第2のスーパーマイクロは現れるかもしれない」

"勃発、生成AIウォーズ"…。マイクロソフトが久々に時価総額世界首位の座に就き、エヌビディアが半導体メーカー初の時価総額1兆ドル超えを果たすなど、「生成AI」という巨大なイノベーションは、世界経済の成長エンジン、米国ビッグ・テックの勢力図も大きく変えつつある。今月からスタートする新連載では、激動の米国ハイテク企業の"深層"を、ハイテク、半導体セクターのオーソリティーが指南する。連載スタートの今月は2回連載で伝える。今回は、エヌビディアを中心としたAI半導体セクターの現状を解説してもらう。

◆なぜ、エヌビディアは現在の地位を築くことができたのか

いま、世界中を巻き込む「生成AI」ブームによって、いわゆるAI半導体の品不足が続いている。エヌビディア<NVDA>の主力AI半導体、「H100」に対する需要が大きいためである。AI半導体を搭載したAIサーバーがなければ、生成AIの開発と運用はできない。そのため、マイクロソフト<MSFT>、アマゾン・ドット・コム<AMZN>、アルファベット<GOOGL>、メタ・プラットフォームズ<META>の内製半導体も、アドバンスト・マイクロ・デバイセズ<AMD>の新型AI半導体「MI300シリーズ」も、「H100」の品不足が続く限り売れ続けるだろう。

そもそもエヌビディアがなぜ、現在の地位を確立できたかを改めて説明したい。同社は1993年の創業時、家庭用ゲーム機やパソコンで使うコンピューター・グラフィックス用にGPU(画像処理半導体)を開発するベンチャー企業の1社だった。

2000年代に入って、GPUのトップ・メーカーとなった同社だったが、大きな転換点となったのは12年にアメリカとカナダの複数の研究者が、AI(人工知能)用のディープランニング(深層学習)にはCPU(中央演算装置)を使うよりGPUを使うほうが適しているという研究成果を発表したことだった。

その後、20年ごろになって、アマゾンなど大手企業で、AIをカスタマーセンターに導入しようという流れが生まれた。当時の導入企業の課題は、常時、世界中で数十万人の顧客が、様々な言語で問い合わせてきたときにも、AIで自動応答ができるようにすることだった。その頃に発売されたのが、従来のGPUから大幅に性能を向上させたエヌビディアの「A100」で、これが大ヒットした。さらに「A100」の次の世代の製品として深層学習性能と推論性能を大幅に上げ、22年秋に発売されたのが「H100」だった。

◆「生成AI」誕生を見越していた?…5年は続くエヌビディアの天下

オープンAIが「Chat(チャット)GPT」を発表したのが2022年11月。今から振り返ると、「H100」は生成AIの誕生を予め見越していたかのように世に出されたとしか思えない。同社CEOのジェンスン・フアンの慧眼と言えるだろう。

ただし、「H100」にも電力消費量が大きいという重大な欠点がある。その結果、現時点では、サーバーに強力な水冷装置を付けなければ、「H100」を動かすことができない。だから現時点で「H100」搭載サーバーを設置することができるのは、アマゾン、マイクロソフト、アルファベットの大手クラウド・サービス3社、大手SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)のメタや、準大手クラスのクラウド・サービスの大型データセンターが中心と思われる。

ところがエヌビディアが24年第2四半期から販売する後継機の「H200」ではエネルギー消費量を半分に抑えることができるという。さらに、24年後半に発売される予定の「B100」では省エネ性能がまた一段と上がると見込まれている。今回の決算でも、サーバー世界大手のデル・テクノロジーズ<DELL>が、この「B100」に期待しているとコメントしていた。なぜなら、「B100」搭載サーバーでは「H100」搭載サーバーで必要だった強力な水冷装置が必要なくなり、軽装備の水冷装置で動かすことができるようになりそうなのだ。

そうなるとどうなるか。エヌビディアのAI半導体が今より売りやすくなり、これまでは多くの企業がクラウド・サービス経由で使わなければならなかった生成AIを組み込んだ情報システムを、一般の企業が独自開発することができるようになるだろう。AIサーバーと生成AIを組み込んだ情報システムが幅広く普及し始めると思われる。こうした状況を考えると、少なくとも24年から26年まではエヌビディアのAI半導体は需要が供給を大きく上回る状況が続くと予測される。

一方、株式市場で少なからずある弱気論では、現行の「H100」の現在の販売動向だけを見て、「導入されるシステムの規模が小さい」とか「納期が縮まっている」といった指摘が喧伝されている。エヌビディアは昨年秋に、「H200」以降のGPU開発のロードマップを発表しているが、その意味を正確に捉えていないように思う。そして世界の需要を照らしてエヌビディアのロードマップを見る限り、同社の天下は最低でもあと4、5年続くのではないか。

したがって年初来高騰していた同社の株価は、今後の成長性を考えれば、まだまだ"ディープ・ディスカウント(割安)"だ。私の見立てでは、24年1月期の売上高609億ドル、営業利益329億ドル、純利益297億ドルが今期、25年1月期は売上高1100億ドル(前年比80.6%増)、営業利益700億ドル(同112.3%増)、純利益588億ドル(同97.6%増)に、来期の26年1月期は売上高1700億ドル(同54.5%増)、営業利益1180億ドル(同68.6%増)、純利益988億ドル(同68.0%増)に成長すると予測する。そうなれば、現時点の900ドル前後の株価は、2026年1月期の予想PERでは20倍台に過ぎないのだ。

◆もしエヌビディアの勢いが止まるとすれば、その条件は

今後もし、エヌビディアの優位が揺らぐとすれば、それは明らかにAI半導体が社会に行き渡り、在庫不足が解消された時。もしくは現在のエヌビディア製のGPU以外で生成AIを動かす手段が実現した時だろう。

生成AIを動かすAI半導体を開発するには様々な方法があると言われているが、インテル<INTC>はマイクロソフトと組んで、生成AIを動かすためのインテル製GPUの開発を進めている。マイクロソフトは、エヌビディアの主要顧客だが、正直、現在のスキームだと、エヌビディアに利益を吸い取られてしまう。マイクロソフト側としてはこの状態を何とか打開したいというのが本音なのではないだろうか。

ところで現在のエヌビディアのAI半導体の特徴は、GPUとともにDRAMの最新規格「DDR5」のウェハをベースにして、これを多層化したHBM(High Bandwidth Memory)を組み合わせなければならないということだ。AI半導体の性能向上にはGPUと同様かそれ以上に、HBMの性能向上が決定的な役割を果たす、ということが分かってきた。そして、HBMを作るためには、GPUを作るのと同じぐらい、場合によってはそれ以上の労力がかかると言われている。

だからAI半導体は従来のロジック半導体のように台湾積体電路製造(TSMC)<TSM> に製造を任せるだけでは作ることができず、高品質のHBMを作る能力があるメモリー半導体世界大手3社、韓国のサムスン電子、SKハイニックス、そしてマイクロン・テクノロジー<MU>の力が必要であるという構図ができている。

これは、半導体製造装置メーカーにとっても新たな商機が生まれるということを意味している。先日、半導体製造装置国内大手、ディスコ <6146> の関家一馬社長がこんなことを話していた。「いまの商談で値段の話は出てこない。出てくるのは納期の話ばかりだ」と。商談で値段の話が出ないなど、通常では考えられない。改めて、現在のAI半導体への需要の強さが理解できるだろう。

ところで同社はいま、「半導体の『中工程』を担う」ということを言い始めている。これまでの半導体製造過程は、シリコンウェハに回路を描く「前工程」と、回路を描いたウェハを四角く切り分けてパッケージングし検査する「後工程」に大別されていた。だが、DRAMのウェハを積み重ねて製造するHBMの場合、「前工程」に近いところでシリコンウェハを薄く削る工程が必要で、同社ではこれを「中工程」と呼んでいる。「中工程」で使われる切削装置は後工程よりも高いクリーン度が要求されるため、価格が高い。そして、この「中工程」向けの装置が、いずれはディスコの売上高の2、3割を占める見込みだという。

いま、エヌビディア以外にも世界中の半導体関連企業の株価が上昇し、東京エレクトロン <8035> はじめ、日本国内の半導体製造装置各社の株価も上昇している。その背景には、AI半導体のブームによって生まれた、こうした需要の拡大があったのだ。AI半導体を製造するのは従来の半導体より難度が高いが、難度が高くなればなるほど、製造装置メーカーにとってはビジネスチャンスが拡大するのだ。

◆スーパー・マイクロ・コンピューターの大ブレイクが意味するもの

このように、生成AIの登場は、主役のエヌビディアや大手IT企業だけではなく、半導体製造装置をはじめとした関連企業に多くの恩恵をもたらしている。代表例はこの1年で株価が10倍化し、年初来でも4倍前後に急騰しているスーパー・マイクロ・コンピューター<SMCI>だ。現在の同社売上高の半分以上はAIサーバーが占め、AIサーバーに限って言えば、デル・テクノロジーズ<DELL>を抑えてトップに立っている。

私がカバレッジを開始した22年の11月ごろは、同社の予想PERは10倍台前半で、ほとんどの市場関係者が、同社のポテンシャルに気が付いていなかった。それが1年半であっという間に、生成AIブームの中心的な企業の1社と目されるようになったのだ。

なぜ、そんなことが実現したのだろうか。それは、生成AIの誕生によって、サーバー(AIサーバー)の性能が飛躍的に向上し、単価が大きく上昇したからだ。と言うのも、これまでのサーバーは、安いものでは1台10万円前後から数十万円、高いものでもせいぜい100万円か200万円程度のものだった。ところがエヌビディアの「A100」搭載AIサーバーでは1台の価格が1000万円を超え、「H100」搭載サーバーでは最高性能の機種で1台8000~9000万円すると思われる。生成AIの誕生によって、AIサーバーを扱うサーバーメーカーのビジネスチャンスが拡大したのだ。

ここまで、年初来の米国ハイテク・セクター各社の決算内容と現在の生成AIブームを見てきたが、私が思うのは恐らく、当面は第2のエヌビディアは現れないだろうということだ。だが生成AIの普及が進む中で、ひょっとしたら、第2のスーパー・マイクロ・コンピューターは現れるかもしれない。今は誰も気が付いていないだけで、実は生成AIの発展に重要な役割を果たすような企業が。そんな期待を持って、今後も米国のハイテク・セクターをウォッチしていきたい。

▼今中能夫【米国株ハイテク・ウォーズ】<AIの威力①>はこちら↓

AIブームはまだ始まったばかり…バブル論に反論できるこれだけの理由

【著者】

今中能夫(いまなか・やすお)

楽天証券経済研究所チーフアナリスト 

1961年生まれ。大阪府立大学卒業。岡三証券、シュローダー証券、コメルツ証券などを経て2005年より現職。1998~2001年、日経アナリストランキングソフトウェア部門1位、2000年、同インターネット部門1位。ハイテク業界、半導体業界を対象にした綿密な企業分析に定評がある。楽天証券の投資家向けサイト「トウシル」で注目企業の詳細な決算分析動画およびレポートを随時、公開中。

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