デリバティブを奏でる男たち【81】 ヘッジファンドのパイオニア、ジョージ・ワイス(前編)

特集
2024年6月20日 17時15分

前回は香港に本社を置くヘッジファンド運用会社、セガンティ・キャピタル・マネジメントを創設したサイモン・サドラーを取り上げました。マルチストラテジー戦略を展開するセガンティは、運用していたヘッジファンドを2024年5月末で閉鎖しています。

今回は同じくマルチストラテジー戦略を展開し、2024年3月に46年の歴史に幕を閉じたヘッジファンドのワイス・マルチストラテジー・アドバイザーズを紹介します。2023年12月末時点で23億ドルを運用していた同社の創設者、ジョージ・アレン・ワイス(George Allen Weiss)は閉鎖にあたって「いかなる旅にも紆余曲折があり、様々な要因や事情を熟慮した結果、この旅を終えるという難しい決断に至った」と説明し、資金の返却を投資家に伝えました。

◆苦労人のワイス

ワイスは1943年に米オハイオ州で生まれています。両親はともにウィーン出身のユダヤ人でした。ナチスによる迫害を逃れて米国に移住し、彼が生まれて間もなくマサチューセッツ州ボストンに引っ越します。家庭は貧しく、彼は11歳になるとレストランで毎日休みなく働くようになりました。当時を振り返り、彼は「友人たちと同じように気楽に育ったわけではありませんでした」と述べています。

ある日、レストランの顧客であったボストン大学の教授から、「大きくなったら何をしたいか?」と尋ねられました。ワイスがビジネスを始めたいと答えると、最高のビジネススクールはペンシルベニア大学のウォートンである、とアドバイスを受けます。そのアドバイスに従ってペンシルベニア大学ウォートン・スクール・オブ・ファイナンスに入学しました。子供の頃から働いていたので多少の蓄えはありましたが、それでも学費の半分はローンを組まねばなりませんでした。彼は学部長からハーバード・スクール・オブ・ビジネスに推薦された5人のうちの1人に選ばれるほど優秀でしたが、学資ローンの返済に加えて家族も養わねばならなかったため、進学をあきらめて働くことを選びます。

ワイスは1966年に米投資銀行のホーンブロワー・ウィークス・ヘンフィル・ノイエスに就職し、金融界でのキャリアをスタートさせました。同社は1963年にホーンブロワー&ウィークスとヘンフィル・アンド・ノイエスが合併してできた会社です。ヘンフィル・アンド・ノイエスには「トレンド・フォローの父」と称されたリチャード・ダウド・ドンチアン(1905-1993)が一時、証券アナリストとして働いていました。もっとも、ワイスが入社する頃には大手証券会社ヘイデン・ストーン(1970年にコーガン、ベルリン、ワイル&レビットと合併。その後も合併と分割を繰り返し、最終的にリーマン・ブラザーズとなります)に転職していますので、ワイスはドンチアンと一緒に働いていたわけではないようです。ちなみに、ホーンブロワーも合併と分割を繰り返し、最終的にリーマン・ブラザーズとなりました。ドンチアンに関しては以下をご参照ください。

▼システム・トレーディングの先駆者エド・セィコータ(前編)―デリバティブを奏でる男たち【50】―

https://fu.minkabu.jp/column/1866

◆保険会社に特化

ワイスは1971年に米大手投資銀行だったバッチ・ホルジー・スチュアート・シールズ(1981年にプルデンシャル・ファイナンシャルに買収され、2011年に現在のジェフリーズ・ファイナンシャル・グループ<JEF>に買収されます)に転職し、地元の保険会社6社の資金運用を担当しました。このときにワイスは、価格下落リスクを抑えるなど、資本の保全に重点を置き、公益事業株に焦点を当てたマーケット・ニュートラル戦略を用いています。

ワイスは1977年に、米ウォールストリートの調査機関フォークナー・ドーキンス・アンド・サリバンに転籍しますが、8カ月後に米投資銀行のシェアーソン・ローブ・ローデス(後に合併と分割を繰り返し、最終的にリーマン・ブラザーズとなります)に移りました。そして、1978年、ヘッジファンド運用会社ジョージ・ワイス・アソシエイツを設立して独立を果たします。当時はヘッジファンドを手掛ける運用会社が少なく、ワイスはヘッジファンドのパイオニアともいわれています。現在の社名であるワイス・マルチストラテジー・アドバイザーズに変更したのは2012年のことでした。

彼は以前の経験を活かし、顧客を保険会社に特化した運用を行います。保険会社、特に生命保険会社は、その業務が社会性、公共性を有していることから、保険契約者の利益保護が強く求められます。そのため、保険の掛け金として集めた資金の運用に際しては、運用方法や一定の運用対象にかかる限度額、大口の信用供与など、さまざまな細かい規制が課せられています。ワイスはそれらに配慮した運用スタイルの提供を心掛けました。例えば、上で触れた公益事業株に焦点を当てたマーケット・ニュートラル戦略のほか、リキッド・オルタナティブなども提供します。

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◆若桑カズヲ (わかくわ・かずを):
証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。MINKABU PRESS編集部の委託により本シリーズを執筆。

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