デリバティブを奏でる男たち【86】 世界最大級の資産を運用するノルウェーのGPFG(後編)
今回はノルウェー王国のソブリン・ウェルス・ファンド(Sovereign Wealth Fund、SWF)であるノルウェー政府年金基金グローバル(Government Pension Fund Global、GPFG)を取り上げています。SWFとは、国家が持つ金融資産を運用するファンドのことです。SWF の中でもGPFGの資産運用額は、2024年3月末時点で約17兆ノルウェークローネ(およそ1.67兆ドル)と、わが国の公的年金(国民年金基金と厚生年金基金)を運用する年金積立金管理運用独立行政法人(Government Pension Investment Fund、GPIF)と「どちらの運用資産額が世界最大なのか」を競うほどの規模を誇っています。
GPFGは投資対象をノルウェー国外に限定しており、株式の投資ウェイトは7割以上と高いことから、全世界の1.5%に相当する株式を保有している、といわれています。ただし運用原資は、年金基金の加入者による積立金を運用しているGPIFと異なり、主に北海油田など国営事業の石油収入となっています。しかも運用しているのは、ノルゲスバンク(ノルウェー中央銀行)傘下の投資運用局(Norges Bank Investment Management、NBIM)であり、ノルウェー財務省から国民保険制度基金(Folketrygdfondet)を通じて運用を委託されています。
ちなみにノルウェーの場合、年金基金の加入者による積立金は、財務省から委託された国民保険制度基金が、政府年金基金ノルウェー(Government Pension Fund Norway、GPFN)として運用しています。ただ、GPFNの資産運用額は2023年末で3543億クローネと、その規模はGPFGの2%程度に過ぎません。また、ノルウェーには相互保険会社が運用する地方年金基金(Kommunal Landspensjonskasse、KLP)もあります。KLPでは地方公務員や医療機関を含む政府系企業の年金を運用しており、2024年3月末で運用資産額は1兆660億クローネです。規模はGPFNより大きいのですが、それでもGPFGの6%程度に過ぎません。
◆ESG投資の旗振り役
GPFGは2024年8月現在、世界71カ国、8763社に投資しています。このうち日本企業への投資は1408社にのぼり、その金額はファンド全体の4.7%に及びます。このため大量保有報告書を頻繁に提出しており、東京株式市場でもよく知られた存在になっています。具体的な保有銘柄や保有比率などは以下をご参照ください。
▼ノルウェー政府が保有する銘柄一覧
GPFGは長期運用スタイルでありながら、買ったら買いっぱなしというわけではありません。投資する企業に対してエンゲージメント(対話)を求め、問題が解決しなければ、有望企業であっても手放すことがあります。売買基準のひとつとしてESG(Environment・Social・Governance、つまり環境・社会・企業統治)を重視しており、グローバル・マーケットにおいてはESG投資の旗振り役とみられているようです。
ESG投資では、ESGを重視する企業が長く生き残っていくと考える一方、ESGに反する反社会的な、あるいは非倫理的な事業内容の企業は長く生き残れないと考えます。具体的にはESG投資では酒、煙草、ギャンブル、兵器、動物実験、人権侵害、児童労働、原子力発電、化石燃料などに関連する企業やセクターは投資対象として不適切とされます。最近では二酸化炭素の排出量や取締役の女性比率などといった基準も設けています。GPFGでは、これらの問題に抵触している企業に投資しないほか、既に投資している企業が抵触しているようであれば、エンゲージメントを通じて改善を働きかけます。改善が見られないようであれば議決権を行使し、それでも改善しないようであれば売却するといったプロセスを踏んでいるようです。
2019年にGPFGは、石油やガス関連企業のうち探査・生産に分類される会社の保有株式を売却しました。これに関してESG投資の一環による売却といった見方がありますが、石油・ガス関連を一律に売却したものではありません。売却に踏み切った理由はGPFGの運用原資が石油収入だから、ではないかと考えられます。そもそも投資対象として化石燃料の関連企業が不適切なのに、運用原資は化石燃料でも構わないというのはESG投資の理念から外れます。むしろGPFGにとって運用原資が石油収入だからこそ、投資対象はそれ以外の分野にすることでリスク分散を図る必要があったのでしょう。
◆最高責任者の生い立ち
GPFGを運用しているNBIMの最高責任者は2024年現在、ニコライ・タンゲン(Nicolai Tangen)が務めています。彼は1966年、ノルウェーのほぼ最南端に位置する主要都市クリスチャンサンで生まれました。彼はノルウェー経済学校で経済を学び、その後に米ペンシルバニア大学のウォートンスクールで金融を学びます(なお、タンゲンは1986年から約1年半の間、ノルウェーの兵役に就き、諜報機関のロシア語コースで通訳と尋問の訓練を受けていました)。大学を卒業した1992年に英国の老舗投資銀行だったカザノブ・グループ(JPモルガン・チェース<JPM>が2004年に合弁会社を設立し、2009年に吸収合併)でアナリストとして働き始めました。1997年には第35回で取り上げたジョン・クリストファー・アーミテージ(John Christopher Armitage)が率いる英国の老舗ヘッジファンド、エガートン・キャピタルに転職します。エガートンにつきましては以下をご参照ください。
▼エガートンのジョン・アーミテージ(前編)―デリバティブを奏でる男たち【35】―
https://fu.minkabu.jp/column/1575
彼は2002年にエガートンを辞めて学び直しをします。ロンドン大学のコートールド美術館で美術史の修士号を取得し、ロンドンスクール・オブ・エコノミクスで社会心理学の修士号を取得したほか、料理人としての教育も受けました。しかし、2005年にはヘッジファンド、AKOキャピタルを立ち上げます。共同設立者であり、共同最高投資責任者(CIO)のゴーム・インゲ・トマセン(Gorm Inge Thomassen)とは、ノルウェーでの兵役のほか、カザノブやエガートンで一緒に働いていました。
AKOの投資哲学は、体系的なアプローチで優良企業の長期保有に焦点を当てることですが、具体的な投資手法は、エガートンと同様に、株式のロング・オンリー(買いのみ)、ならびに株式のロング・ショート(売り買い両方)という2つの戦略を主に用います。銘柄選択の際は彼らが兵役で培ってきた情報収集の専門知識が役立っているほか、同社が抱えているフォレンジック会計、行動分析、市場調査、従来の株式調査を専門とするチームを利用します。フォレンジック会計とは、会社が訴訟などの紛争案件に巻き込まれた場合、損害額などを調査・算定する会計テクニックのことです。
(※続きは「MINKABU先物」で全文を無料でご覧いただけます。こちらをクリック)
株探ニュース