「総裁選後ラリー」に「不都合な真実」、はて今回の注目は?
大川智宏の「日本株・数字で徹底診断!」 第145回
智剣・Oskarグループ CEO兼主席ストラテジスト
2005年に野村総合研究所へ入社後、JPモルガン・アセットマネジメントにてトレーダー、クレディ・スイス証券にてクオンツ・アナリスト、UBS証券にて日本株ストラテジストを経て、16年に独立系リサーチ会社の智剣・Oskarグループを設立し現在に至る。専門は計量分析に基づいた株式市場の予測、投資戦略の立案、ファンドの設計など。日経CNBCのコメンテーターなどを務めている。
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今週の日本株市場の注目材料といえば、やはり9月27日(金)に投開票が予定されている自民党の総裁選は見逃せないでしょう。
過去最多の9人が立候補した今回の総裁選では、世論調査や党内支持率などを見ても、誰が次期総裁の椅子に座ることになるのか、予断を許さない状況です。
候補者が多いわりに目立ったポジティブな政策に乏しいことは、日本株市場の不安要因となっている面もあるのかもしれません。
とはいえ、与党・自民党の総裁選は、日本の首相、つまり大国のトップを決める重要なイベントです。新総裁が掲げる政策は、これからの株式市場に何らかの影響をもたらします。
そこで今回は、この総裁選が日本株市場に与えうるインパクトと、それを踏まえた投資アイデアについて、定量面、定性面の双方から考察してみたいと思います。
総裁選イベントはポジティブ、それともネガティブ?
まず、大枠として総裁選の「イベント性」が株式市場に与える影響について見てみます。平たく言えば、総裁選そのものが、日本株に「ポジティブなのか」「ネガティブなのか」を計測します。
今回は1980年から足元までの44年の間に、自民党が実施した29回の総裁選を対象とし、総裁選の直前から1年後までの間に、日経平均株価がどのように推移していたのかを集計しました。
具体的には、総裁選の投開票日の日経平均株価の終値を1とし、投開票の1週間前(5営業日前)からその1年後までを集計、29回の平均を算出しました。結果は、以下の図のようになります。
■日経平均株価 総裁選後の推移(1980年以降の平均値)
出所:LSEGデータストリーム
総裁選後の1~2カ月程度は下落しやすい
意外なことに、総裁選直後からの株式市場は1~2カ月ほどの下落に見舞われやすいようです。新政権発足後は、ご祝儀相場となって上昇しやすいイメージを持ちがちです。しかし、過去29回の平均においては「総裁選直後は売り」となっています。
ただし、この傾向は平均値のため、少数の極端な急落の数字に引っ張られている可能性も否定できません。そのため、同様に過去サンプルの勝率(投開票日の株価を上回ったサンプル数の割合)を計測しました。その結果は、以下のようになります。
そこまで極端に負け越しているわけではありません。が、総裁選終了の1カ月前後から3カ月近くまでの間には30%台となることもあるため、やはり「総裁選直後の日本株市場はパッとしない」、というのが現実です。
■日経平均株価 総裁選後の勝率(1980年以降)
出所:LSEGデータストリーム
半年後あたりから上昇となるも、途中から軟調基調に
この背景としては、総裁選というイベント後の材料出尽くしおよび利益確定などの需給要因が考えられます。
その消化が終わる3カ月前後でそれまで売られた分が戻り始め、半年を経過したあたりから一気に上昇を見せています。仮に今回も総裁選後に売られた場合は、そこが短期的な買い場となる可能性が高いといえるでしょう。
とはいえ、3カ月前後で下落が一服しても、その後の勝率は50%前後となっています。また、半年後あたりからの上昇基調はそれほど長続きしない地合いとなっています。
以上の傾向からは、総裁選直後の下落相場が一服し、戻り相場となっても、過度な期待は禁物かもしれません。
有力3候補の政策から注目の関連テーマを抽出
続いては、総裁選の現在の候補者の支持率と政策・主張から、最終的に投資アイデアを導きたいと思います。現在、各メディアで世論調査や党員支持率の調査などが頻繁に実施されています。
どの調査結果も、概ね石破茂・元幹事長、小泉進次郎・元環境相、高市早苗・経済安全保障相を有力とする結果となっているようです。
こうした状況を踏まえ、今回は、この3人の政策や主張について概観し、株式市場や銘柄の動きに影響を与えそうなトピックを中心に、政策および主張を見ていきます。
石破氏なら、「再生可能エネルギー」関連か
五十音順で、最初は石破氏です。
■石破茂氏の政策・主張
項目 | 内容 |
経歴 | 幹事長、政調会長、地方創生担当相、農水相、防衛相 |
外交・安全保障 | 日米安保は一方的、日本側の抑止力・防衛力の強化が必要 |
経済・金融 | 物価を上回る賃金、金融所得課税強化。緩和で疲弊した銀行体力の回復 |
社会保障 | 医療・年金・子育て・介護などを通じた生産性と所得の向上 |
エネルギー | 原発は限りなくゼロへ。再生可能エネルギーへの転換を推進 |
その他 | 防災省の創設。憲法改正、国防軍明記 |
石破氏は、元防衛相という経歴もあってか、国防関連の政策の主張が強いように見受けられます。そして何より他の候補者と異なるのが、経済・金融政策の方向性です。
他の2人が、これまでの緩和的な金融政策を維持しようとする中で、石破氏のみが異次元緩和による副作用、弊害を認知し、過度な日銀の緩和依存からの脱却を意図しているように思えます。
これは、株式市場全体にとってはマイナス要因といえるかもしれません。加えて、市場参加者の間で大きな波紋を呼んでいるのが、金融所得課税の強化です。
新NISA(少額投資非課税制度)の開始によって貯蓄から投資への流れが始まりつつある中で、課税の強化は投資家心理を冷やす可能性があるのは明白でしょう。
新規の投資家層の取り込みにも影響を与えることは避けられず、この点も株式市場に対してネガティブに作用しそうです。
エネルギー政策については、原発を限りなくゼロにすることを標榜。昨今勢いが鈍化している再生可能エネルギーの議論が、改めて活発化するきっかけとなる可能性があり、関連銘柄には、追い風が吹くことになるかもしれません。
小泉氏なら、「雇用・人材」関連か
続いては、小泉氏です。
■小泉進次郎氏の政策・主張
項目 | 内容 |
経歴 | 国対副委長、党総務会長代理、環境相 |
外交・安全保障 | 防衛力強化、防衛費のGDP比2%。日米同盟強化。中国や北朝鮮との対話 |
経済・金融 | 岸田政権を踏襲。物価高で低所得者や中小企業支援。解雇規制の見直し |
社会保障 | 「年収の壁」の撤廃、労働時間規制の見直しなど |
エネルギー | 原発の再稼働や新増設、建て替えも含め「選択肢」(特に方針なし) |
その他 | 憲法改正。ライドシェア完全解禁、選択的夫婦別姓を国会提出 |
同氏は、防衛強化の路線は他の候補者と同様ですが、それ以外に経済や株式市場に影響を及ぼすような目立った政策は見当たりません。岸田政権の政策をそのまま踏襲すると見られています。
一方で、個々の政策のうちで賛否両論を巻き起こしているのが、解雇規制の見直しでしょうか。現在の日本の法律では、正当な事由がない解雇は認められていませんが、その規制を緩和して会社が従業員を解雇しやすくして雇用を流動化させる狙いがあるようです。
この見直しには、党内でも反対意見が多いようで、実現へのハードルは相当に高いと思われます。仮に同氏が当選した場合は雇用や人材の関連銘柄は、将来的な期待と思惑から買われやすくなる可能性があるでしょう。
高市氏なら、「サイバーセキュリティ」「国土強靭化」関連か
続いて、高市氏の政策・主張を見てみましょう。
■高市早苗氏の政策・主張
項目 | 内容 |
主な経歴 | 経済安保担当相、政調会長、総務相、科学技術担当相 |
外交・安全保障 | 宇宙・サイバーなどに対応できる国防整備、食料安全保障の強化 |
経済・金融 | 安倍・岸田政権の踏襲。危機管理、先端技術への投資。 「日銀の利上げは時期尚早」というスタンス。 |
社会保障 | 各ライフステージにおけるサポート、医療や年金制度の見直し |
エネルギー | エネルギー・資源安全保障の確立 |
その他 | 省庁再編、新しい憲法制定、皇室典範の改正 |
科学技術担当相という経歴から、先端技術への投資に対して積極的であるとの特徴はありますが、経済や金融政策については、基本的に安倍・岸田政権を踏襲するものと見られています。金融緩和政策の維持、推進を明確に打ち出しており、投資家にとっては最もフレンドリーな総裁候補のひとりといえるでしょう。
日銀の利上げの実施に対して時期尚早だという意見を表明している点からも、この緩和推進のスタンスは明確なようです。仮に当選すれば、円安の進行とともに、株式市場もポジティブに反応する可能性が高いと考えられます。
独自性の点では、危機管理への積極的な投資が挙げられるでしょうか。サイバーセキュリティ関連や、災害の予防などの国土強靭化に絡む投資を拡大させることで、情報通信やインフラ関連の企業の業績を押し上げることになるかもしれません。
共通テーマは「防衛」関連、そして個別テーマで増益予想銘柄は
これまでの主要候補の政策・主張についてまとめると、以下のようになります。
■政策・主張のまとめと日本株市場への影響
●どの候補も「防衛関連銘柄」が国策銘柄の大本命に |
●株式市場への影響 |
石破氏:金融所得課税や緩和への批判は大きなマイナス |
小泉氏:現状維持でノーインパクト? |
高市氏:緩和路線の推進でプラス |
●個別テーマ |
石破氏:「再生可能エネルギー」関連 |
小泉氏:「雇用・人材」関連 |
高市氏:「サイバー」「国土強靭化(建設や土木、インフラなど)」関連 |
3人の候補に共通しているのは防衛関連の強化であり、これはどの候補が当選しても話題の中心となることは間違いないでしょう。
来年度の防衛関連費の概算要求が過去最高となっていることで、すでに関連銘柄の株価は高騰を続けていますが、今後も息の長い投資テーマになると考えてよさそうです。
株式市場にとっては、金融緩和や課税への考え方の相違から、石破氏が当選すればマイナス、高市氏が当選すればプラス、小泉氏の場合はノーインパクト、といったところでしょう。
個別のテーマでは、前述のように、
石破氏は再生可能エネルギー関連、
小泉氏は雇用・人材関連、
高市氏はサイバーセキュリティおよび「国土強靭化」関連、
――が追い風となる可能性が高いと考えられます。
もちろん、誰が総裁となるかはまったく分からない状況であり、これらを事前に仕込むことはリスクが大きいと思われます。しかし、有望な銘柄を把握しておいて結果に備えておくことは重要でしょう。
参考までに、上記のテーマに関連する銘柄のうち、純利益増益率について12カ月先コンセンサス予想がプラスとなっている銘柄の一例を掲載しておきます。
※当該情報は、一般情報の提供を目的としたものであり、有価証券その他の金融商品に関する助言または推奨を行うものではありません。