需給の壺―投資信託という"静かなる需給装置"―【若桑カズヲの株探ゼミナール】

第5回:投資信託という"静かなる需給装置"
―投資部門別売買状況における投資信託の需給―
市場価格を動かす本質的な要因は、需要と供給、すなわち「需給」に尽きる。経済指標や金融政策、地政学リスクといった政治情勢のほか、他の金融市場の動向など、しばしば価格変動の要因として語られる指標は、あくまで需給を変動させる「きっかけ」に過ぎない。本連載では、この「需給の壺(ツボ)」を読み解くことを目的とし、マーケットにおける需給の基本構造とその変遷を追いながら、未来への洞察を試みたい。
◆日本の投資信託の現在地
投資信託協会は、わが国の投資信託が2025年6月末現在でファンド本数1万3895本、純資産総額にして約387兆円に上る、と発表した。これは世界全体の投資信託純資産残高(2025年3月末時点で約74.4兆ドル=約1京1161兆円)のうち、約3.5%を占めるに過ぎない。対して米国のシェアは約51.7%に達しており、日本市場は依然として規模面で相対的に小さい。
国内の投資信託は、そのおよそ3分の2が一般投資家向けの「公募投信」、3分の1が主に機関投資家向けの「私募投信」である。契約型が主流であり、投資家(受益者)が金融機関(販売会社)を通じて信託銀行(受託者)に資金を預け、投資信託会社(委託者)が信託銀行に運用指図を行う。
一方で投資法人を設立する会社型は、投資家(受益者)が金融機関(販売会社)を通じて投資法人に資金を預け、投資信託会社が投資法人に運用指図を行う。日本において会社型は不動産投資信託(REIT)がほとんどである。
また、公募投信の大多数は「追加型」であり、いつでも購入が可能な時価取引商品である。「単位型」のように募集日にしか購入できない商品は現在では稀である。
資産配分としては、株式に投資可能な「株式投信」が主力であり、その他は「公社債投信」となる。「株式投信」のうち約6割に相当する約147兆円はインデックス(株価指数連動)型、残る4割がファンドマネージャーの裁量で運用するアクティブ型である。ただし、株式投信における日本株の組み入れ比率は43.4%にとどまり、多くは海外株式に資金が向かっている。
図1 日本の投資信託の純資産総額とシェア(2025年6月末現在)

◆証券市場における投資信託
証券市場における投資信託は、一見すると匿名性が高く、個別ファンドの需給行動は目立ちにくい。しかし、数百兆円規模の資金を背景とした継続的な売買は、市場の流動性や価格形成に対して確かな圧力を与えている。特に2024年には制度改正と外部環境が重なり、投資信託の需給インパクトが顕著となった。その最大の要因は、2024年1月から始まった新NISA(少額投資非課税制度)である。この制度により個人投資家の積立投資が急増し、インデックス型ファンドへの資金流入が加速した。
投信調査会社モーニングスターのデータによれば、2025年上半期における投資信託への資金流入は約8兆円、そのうち8割以上がNISA対象ファンドであった。また、資金流入のカテゴリー別ランキング上位10では、外国株式型が6.35兆円、国内株式型は0.3兆円にとどまり、日本株への資金流入は限定的であった。もっとも、東証株価指数(TOPIX)連動型などを通じて、機械的な買いが断続的に入る構造は徐々に定着しつつある。
東京証券取引所が公表する投資部門別売買状況統計の「投資部門別 株式売買状況 二市場 [金額] 全50社」によれば、2024年の投資信託による売買金額は約48兆円で、全体の2.0%を占める規模であった。ただし、差し引きでは1.11兆円の売り越しであり、制度インセンティブによる資金流入がなければ、より明確な売り主体として位置づけられた可能性が高いとみられる。
図2 2024年における日本株の売買(売り買い合計)代金とシェア

◆投資信託の需給
2024年以降の傾向として、投資信託は株価上昇局面では売り越し、下落局面では買い越す「逆張り的」な行動を示す傾向が見られた。この傾向はETF(上場投資信託)などのインデックス型投信を、先物の代替として短期売買に用いる投資家が一定数存在しており、彼らの投資スタンスが順張りではなく、逆張りだからだと解釈される。もっとも、売買のタイミングを上手くつかめるかどうかはその時の相場次第であろう。そのため、他の投資主体、たとえば「信託銀行」として集計される年金基金のように、投資ウェイトを一定に保つためリバランスを行う存在と比べると、「投資信託」の需給はやや「読みにくい」側面を持つ。
図3 明確ではないが逆張りスタンスが目立つ投資信託

投資信託がマーケットに与える需給インパクトとして、特筆すべきは指数の銘柄入れ替えと、分配金支払いに伴う売買である。運用効率や流動性を高めるため、日経平均株価は毎年10月に定期的な銘柄入れ替えが行われており、TOPIXについては2022年4月の市場区分再編に伴い、長期的な銘柄見直しプロセスが進行中である。2025年1月には第一段階の見直しが完了し、採用銘柄数が約2200銘柄から約1700銘柄へと絞られることになった。第二段階の見直しが完了する2028年7月には約1200銘柄へとさらに縮小され、その後は日経平均株価と同様、毎年10月に定期入れ替えを実施する見込みである。こうした見直しのほかに合併や買収、あるいは上場廃止に伴って臨時的に銘柄入れ替えが行われる場合もある。
インデックス型投信は指数に限りなく連動するように設計されていることから、銘柄入れ替えが発生すると、除外銘柄を売り、採用銘柄を即座に買う。これによる株価指数へのインパクトはないが、個別銘柄に対しては非常に大きな需給圧力が生じる。特に時価総額や流動性の小さい銘柄ではその影響が顕著である。例えば、新たな銘柄が組み入れ比率0.01%で指数に採用されたとしよう。その指数に連動するインデックス型投信が20兆円であれば、20億円の買い需要が瞬間的に発生することになる。このため、入れ替え対象の特定は一種のイベント・トレーディングの機会と化す。
さらに、グローバル指数であるモルガン・スタンレー・キャピタル・インターナショナル(MSCI)による定期銘柄入れ替え(2月、5月、8月、11月の年4回)では、日本株の組み入れ比率自体が変化する可能性がある。これにより、日経平均株価やTOPIXなどの国内指数も波及的に影響を受けるため、やはり入れ替え時期はイベント・トレーディングの機会となる。
分配金に伴う売買については毎年7月上旬にETFの分配金捻出売りが大きな話題となる。この時期にETFの分配金支払いが集中するためであり、2025年では約1.5兆円の売り需要が発生するとの試算も出た。この金額は年々増加傾向にある。しかし、毎年のことであるほか、分配金の多くが再投資される構造を踏まえると、影響は限られると言えよう。
◆投資信託は"静かなる需給装置"
投資信託は、表面的には個人投資家の受益権の集合体として映るが、その運用資産と売買行動は市場全体に無視できぬ影響を与える「静かなる需給装置」である。新NISA制度を契機にインデックス型投資信託への資金流入が増加し、これが日本株に対しては限定的ながらも継続的な買い圧力を生んでいる。
一方、指数の銘柄入れ替えや分配金支払いに伴う機械的な売買は、個別銘柄に対して時に想像以上の需給インパクトを与える。売買スタンスとしては短期的な逆張り傾向も見られる。
すなわち、「投資信託」は単なる受益者の集まりではなく、時に市場を静かに動かす需給のツボなのである。(第6回に続く)
証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。
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