概要・株価
チャート
ニュース
かぶたん ロゴ
PR

需給の壺―個人投資家と先物取引―【若桑カズヲの株探ゼミナール】

特集
2025年9月12日 10時00分

第8回:個人投資家と先物取引

―レバレッジと逆張りの心理構造―

市場価格を動かす本質的な要因は、需要と供給、すなわち「需給」に尽きる。経済指標や金融政策、地政学リスクといった政治情勢のほか、他の金融市場の動向など、しばしば価格変動の要因として語られる指標は、あくまで需給を変動させる「きっかけ」に過ぎない。本連載では、この「需給の壺(ツボ)」を読み解くことを目的とし、マーケットにおける需給の基本構造とその変遷を追いながら、未来への洞察を試みたい。

◆歴史的経緯:バブル崩壊後に広がった個人の先物参加

第8回は、国内株式先物市場の投資部門別売買状況統計における「個人投資家」を取り上げる。株式市場で個人投資家は、常に市場の熱気を象徴する存在である。第2回で現物株の売買動向を分析した際には、トレンドフォロー型の海外投資家の対極にある個人投資家の逆張り的な行動様式を確認したが、その活動は現物市場にとどまらない。先物市場でも全体の1割前後を占め、現物取引と絡み合うことで独特の需給構造を形成している(図1)。

図1 日本の株価指数先物の投資部門別売買(2024年売り買い合計)代金とシェア

【タイトル】

出所:JPX、先物・オプション関連 投資部門別取引状況(日経平均とTOPIXのみ集計)
※各投資主体左の番号は、ここで取り上げた回号を示す。

日経225先物が導入された1988年当初、取引主体は証券会社や海外ヘッジファンドが中心であり、個人投資家の関与は極めて限定的であった。戦前には差金決済を伴う清算取引が盛んであり、東京株式取引所の新株(新東と呼称)などが売買された記録が残る。当時の市場参加者にとって、これらは株価指数先物取引に近い性格を帯びていたとみられるが、戦後世代の個人投資家にとって、先物やオプションといったデリバティブは長らく縁遠い存在であった。

バブル期においても先物市場は「機関投資家や海外投資家の投機の場」と見られていた。しかし、1990年代のバブル崩壊後、長期低迷する株価環境の下で「限られた資金で大きな収益を狙う」手段として先物に関心を寄せる個人投資家が増加した。さらに2000年代に入ると、インターネット証券の躍進によって参入障壁が大きく下がり、2006年に導入された少額の証拠金で取引可能なミニ先物(日経225mini)が爆発的に浸透した。これにより、先物は「プロの専業市場」から「個人投資家の日常的な投資手段」へと拡大した。

◆信用取引との相関:二重のレバレッジ手段

個人投資家にとって、信用取引と先物取引はいずれもレバレッジを効かせて短期売買を可能にする手段である。信用取引では建玉金額の約30%を保証金として差し入れ、実質3倍程度のレバレッジをかけられる。一方、先物取引は証拠金が建玉金額の5%前後に設定されるため、20倍前後のレバレッジを効かせられる。

この差は、市場急変時の行動に直結する。信用取引では株価下落時に追い証(追加保証金)が発生し、現物株の投げ売りが加速する傾向がある。他方で先物では、わずかな値幅でも証拠金が吹き飛ぶため、強制ロスカットが連鎖することがある。信用と先物が同時に解消される局面では、個人投資家のポジション調整が相場変動を一時的に増幅する可能性がある。

なお、2023年11月以降、委託証拠金の計算方式は従来の「SPAN(Standard Portfolio Analysis of Risk)方式」から「VaR(Value at Risk)方式」へと移行した。「VaR方式」では限月やポジションの売り・買いによって必要証拠金が細かく異なるようになり、毎週更新から毎日更新へと精緻化された。この制度変更は、個人投資家のリスク管理をより現実的にする契機になったかもしれない。

◆個人投資家の売買スタイル:逆張りと短期志向

投資部門別売買状況統計によれば、海外投資家が先物を買い越す局面で、個人は売り越す傾向が強く、逆に海外投資家が売り越すときには買い向かう傾向が確認できる。すなわち、先物市場でも、個人投資家は現物市場と同様に「逆張り的」な行動を取る(図2)。急騰時には「高すぎる」とみて売りを入れ、急落時には「安すぎる」と判断して買いを入れる。この均衡点への回帰(売られすぎ・買われすぎの修正)を期待する姿勢は、海外投資家のトレンドフォロー型の行動様式と鮮明な対比をなしている。

図2 取引は限定的だが、海外先物に向かう個人先物

【タイトル】

出所:JPX、先物・オプション関連 投資部門別取引状況

海外投資家の多くが、長期的な現物投資(年金基金やソブリン・ウェルス・ファンド:政府系ファンド)と短期的な先物取引(ヘッジファンドやCTA:商品投資顧問業者)を使い分けているのに対し、個人投資家は一貫している。信用取引では買い残が膨らみ、現物市場では売り越しが続き、先物市場では短期売買に徹するという姿勢が見て取れる(図3)。個人投資家にとって先物は中長期的にポジションを積み上げる資産形成手段ではなく、明確な「投機対象」といえる。

図3 短期売買中心の個人先物

【タイトル】

出所:JPX、先物・オプション関連 投資部門別取引状況

◆先物における日経225とTOPIXの偏り

個人投資家の先物取引は、日経225先物に極端に集中している。特に日経225mini先物が圧倒的な人気を誇り、個人の先物取引全体の約7割を占める(図4)。対照的にTOPIX先物やミニTOPIX先物の取引は僅少である。これはニュースやメディアで頻繁に取り上げられるなど、株価指数として日経平均株価の認知度が高いことが影響していると考えられる。

図4 個人投資家の株価指数先物売買(2024年売り買い合計)代金

【タイトル】

出所:JPX、先物・オプション関連 投資部門別取引状況
※先物総計が第7回の図2 と少し異なるのは、JPX日経400先物とその他先物のデータを加算しているため。

海外投資家においても日経225先物の比率は高いが、TOPIX先物も一定程度利用しており、指数間で分散する傾向がある(図5)。個人投資家の偏りは、デリバティブへの親和性の低さや銘柄理解の違いを反映しているとみられる。

また、売買金額の規模感にも明確な差がある。海外投資家は現物市場の2倍以上にあたる金額を先物で売買しているのに対し、個人投資家は依然として現物中心であり、先物の売買規模は相対的に小さい。レバレッジを効かせれば少額でも多くの取引が可能であるにもかかわらず、個人投資家が先物に過度に依存していない点は、デリバティブを敬遠する層が根強く存在することを物語っている。

図5 海外投資家の株価指数先物売買(2024年売り買い合計)代金

【タイトル】

出所:JPX、先物・オプション関連 投資部門別取引状況

※先物総計が第7回の図2と少し異なるのは、JPX日経400先物とその他先物のデータを加算しているため。

◆先物市場における個人投資家の存在意義

個人投資家の先物取引は、市場全体からみれば小規模にとどまるが、特有の逆張り行動によって市場に独特のリズムを与えている。過熱や悲観が極端に傾いた局面では、個人投資家の逆張りが均衡回復に寄与することもある。他方で、証拠金不足や追い証対応による強制解消が連鎖すると、市場を短期的に一方向へ押し流す危険もはらんでいる。この二面性こそが、個人投資家の先物取引の本質的特徴である。

2025年も個人投資家は、現物・信用取引と先物取引を補完的に利用しつつ、逆張りと短期志向という独自の行動パターンを維持している。規模で海外投資家や機関投資家には及ばないが、その需給インパクトは軽視できず、今後も市場分析において注視すべき主体であり続けるだろう。(第9回に続く)

◆若桑カズヲ (わかくわ・かずを):
証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。

株探ニュース

人気ニュースアクセスランキング 直近8時間

プレミアム会員限定コラム

お勧めコラム・特集