植草一秀の「金融変動水先案内」
第4回 株価本格調整の先ずれ
植草一秀(スリーネーションズリサーチ株式会社 代表取締役)
●株価を下落させてきた主要因
昨年1月末以来の株価下落要因として本水先案内では、(1)米中貿易戦争、(2)米国金融引き締め政策、(3)日本増税政策、の三つを挙げてきました。昨年1月末以来の株価下落では 上海総合指数の下落率がもっとも大きく、3割を突破、2016年1月安値を下に抜けました。
昨年3月に米国のトランプ大統領が打ち出した中国からの輸入品を対象とする制裁関税発動に端を発する米中貿易戦争の影響が中国経済を直撃することへの警戒がその主因でした。トランプ大統領の攻勢はエスカレートして、2019年1月からは中国の対米輸出2000億ドルを対象に25%の制裁関税を発動する制裁関税第3弾が宣言され、これを背景に上海総合指数が2016年1月安値を下回ることになったのです。
他方、2018年初来、内外金融市場の重大関心事項として浮上したのが米国金融引き締め政策の変化でした。トランプ大統領はFRB議長をイエレン女史からパウエル理事に差し替えました。パウエル氏はイエレン体制下でFRB理事を務めてきましたが、その力量は未知のものでした。トランプ大統領の意向を受けて、利上げ対応が遅れてしまうことへの警戒が広がりました。
この市場の警戒にパウエル新議長は徹底したタカ派政策運営で応えました。2018年は3、6、9、12月に利上げが実施され、12月FOMC ではさらに、2019年に2回、2020年に1回の追加利上げ見通しまで提示されたのです。
●1月4日パウエル発言
昨年12月の米中首脳会談で制裁関税第3弾発動の実施が2019年1月から3カ月間先送りされました。米中間に融和の空気が広がるかに思われましたが、中国ハイテク企業ファーウェイ幹部がカナダで逮捕され、期待が一気に警戒に転換しました。この状況下で開催されたFOMCでFRBが極めてタカ派色の強い政策路線を打ち出したことを背景に株価急落が広がったのです。
この流れを急変させたのが1月4日のパウエル発言でした。アトランタで開かれた経済学会でパウエル議長は次のように発言しました。「市場は中国経済を中心に世界景気の下振れを不安視している。金融政策はリスク管理だ。迅速かつ柔軟に政策を見直す用意がある。」
FRBの頑(かたく)なとも言える金融引き締め強化スタンスが株価下落を加速させていましたが、パウエル議長が一転して金融政策対応の柔軟化に言及したのです。この変則的な対応変化の背景にトランプ大統領のFRBに対する過剰な介入がありました。トランプ大統領はFRBの利上げ政策への反対を執拗に表明し、FRBが12月FOMCで利上げを決定すると、パウエル議長更迭までほのめかし始めました。
FRBにとっては政治権力からの独立性維持が極めて重要であり、大統領発言で政策運営が左右されたとの見立てが広がることを望みません。まして、FRB議長の首のすげ替えまで提示されて、その恫喝に屈服したとの印象を生み出すことに強い抵抗がありました。
●二つの株価下落要因に重要な変化
その結果がFOMCと期間をずらしての政策路線修正の意向表明になったのだと思われます。パウエル議長としては、非常に難しいかじ取りを強要されていると言えます。結果としては、FRBの政策運営の軌道修正によって金融市場の反応が一変しました。株価下落要因の一つが大きく方向を変えた意味は小さくないのです。
同時に米中貿易戦争にも明確な変化の兆候が観察されることになりました。1月7-9日に中国北京で米中次官級の通商協議が開催され、トランプ大統領が米中協議進展を歓迎するメッセージを発しました。さらに、1月30-31日に、中国の劉鶴副首相と米通商代表部(USTR)のライトハイザー代表が交渉責任者となり、米国で米中閣僚レベル会合が開催されました。
合意には至りませんでしたが、トランプ大統領は「最終的に1回か2回、習氏と会って残された課題を話し合うつもりだ」と述べて、米中首脳会談での合意形成に意欲を示しました。金融市場は米中間で何らかの合意が形成されることに対する期待を強めています。
さらに、1月29-30日に開催されたFOMC声明には「FRBは今後FF金利誘導目標レンジにどのような調整が適切となりそうかを判断する上で、辛抱強くなる」と記述されました。FRBは追加利上げに慎重な姿勢を示唆し、次の金利変更が「利下げ」になる可能性にも含みを持たせたのです。
●2月1日雇用統計に注目
金融市場変動の転換点となった1月4日には12月米雇用統計が発表されています。同統計では非農業部門労働者増加数が31.2万人となり、米国経済の基調の強さを示唆するものになりました。この日にFRBから新しいメッセージが発せられていなければ、金融市場はFRBの引き締め強化路線がより確固たるものになるとの見通しを強め、株価下落を加速させた可能性が高かったと思われます。
このタイミングに合わせてパウエル議長が政策運営の柔軟化を示唆したために、金融市場が大きく反応することになったのです。極めて重要かつ効果的なタイミングでパウエル発言が示されたといえます。
その雇用統計発表から1カ月の時間が経過して、2月1日夜(日本時間)に1月米雇用統計が発表されます。月次統計ですので、どのような数値が発表されるかを事前に把握することはできません。しかし、この統計数値に金融市場が大きく反応するため注視を怠れないのです。
雇用者増加数が20万人以下に抑制されれば、FRBの政策路線軌道修正と整合的なものになり、金融市場は利上げ政策の見送り観測を強めることになると思われます。しかし、雇用者増加数が再び30万人を上回ることになると、利上げ中断のFRB政策軌道修正が適切ではないとの憶測が広がり、利上げ予想復活=株価下落再始動という反応が生まれる可能性も浮上するでしょう。
英国の合意なきEU離脱の可能性も取り沙汰されており、注視しなければならない事項が山積していますが、まずは米中貿易戦争とFRB金融引き締め政策のゆくえを基軸に相場変動を予測することが重要と思われます。現在の基調が崩れない間は内外株価が堅調推移を維持する可能性が高いと思われます。(2019年2月1日/次回は2月16日配信予定)
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株探ニュース