武者陵司 「パウエルプットと株式本位制」(後編)

市況
2019年6月11日 14時35分

※武者陵司 「パウエルプットと株式本位制」(前編)から続く

~今が壮大な株価上昇の入り口だとしたら~

武者陵司(株式会社武者リサーチ 代表)

(2) もしトランプ氏の諸政策が奏功したら

●結果オーライの対メキシコ関税強迫

世界の株式市場はトランプ政策が失敗することを前提に動いてきたようである。しかし、トランプ氏の政策がことごとく功を奏したらどうなるか、考えることも必要なのではないか。関税引き上げという乱暴な手段であったが、メキシコ政府による米国への不法移民抑制のコミットメントを得たという点で、結果はOKであった。対中通商協議でも同様の結果になる可能性が大きい。前回レポートしている通り、米中対決では巨額の片務的恩恵を受けている中国にとって摩擦継続のコストは甚大で、到底持ちこたえられないと考えられるからである。中国にとっては譲歩・合意以外の選択肢はない、と考える。

●中国の譲歩による米中合意の公算大

5月20日、長征の出発地を訪れた習近平国家主席は「今こそ新たな長征に出なければならない」と国民に呼びかけた。これをもって中国の徹底抗戦の意思を示したと報道されているが、むしろ逆であろう。長征とは形勢不利の中で一旦退却し、持久戦に切り替えて耐え忍び反転攻勢に転じた故事である。それを引き合いに出した意味とは、一時退却の正当化準備と考える方が自然であろう。中ロ会談に際して米国批判を強めるプーチン氏に対して、習近平主席は、トランプ氏は友人と評して協議継続の意思を示した。また米国サイドも、ムニューシン財務長官が、通商協議の進展次第で、ファーウェイに対する制裁を緩和する可能性を示唆した。米中双方の落としどころを探る瀬踏みが始まっている、と見るべきであろう。

世界経済にとって現時点で考えられる最良のシナリオは、6月末に大阪で開催されるG20首脳会議に伴って行われる米中首脳会談で両国の貿易交渉が着地するシナリオがメインでよいのではないか。

●視野に入る次の景気リバウンド

中国の譲歩のあとには景気の山が待っているのではないか。米中通商協議が合意されれば、需要の押し上げ効果も起こり得る。貿易戦争による見通し難により、昨年末に中国での設備投資が一旦ストップしたが、懸念された米国・中国の最終需要減少の可能性はほぼなくなった。となると、投資の一旦停止はこれからの供給力の鈍化をもたらすわけで、将来的には需給ひっ迫の可能性を高める。中国依存度が5割以上と高い米国半導体株価(SOX指数)が急騰した後も昨年の最高値付近で底堅いのは、そうした可能性を織り込んでいるとも考えられる。米中の経済が浮揚感を強めれば、それに輸出している日本やドイツ、韓国などの景気も押し上げられる。米中摩擦の直撃を受けるはずの日本電子部品30社の設備投資が2017年度8958億円、2018年度9394億円(4.9%増)のあと2019年度計画1兆0060億円(7.1%増)と、伸び率を高める計画になっていることからも、地合いの底堅さがうかがわれる(電子デバイス産業新聞調べ)。景気ミニサイクルは2016年初ボトム、2018年初ピークの後、2019年央でボトムを打ち次の山に向かう可能性が大きい。

●ハードBrexitでも市場へのマイナスは限定的か

メイ首相辞任発表直後の英国訪問で、トランプ氏はジョンソン前外相などのハードBrexit(ブレクジット)派にエールを送った。ここまで来ると市場が恐れているハードBrexitにたとえなったとしても、既にそれは概ね織り込み済みで、ネガティブサプライズとはなりにくいのでは。むしろハードになれば、英国のPost EU戦略が描けるようになり、市場でも期待感が強まるかもしれない。

そもそもBrexitのデメリットは英国よりEU側に大きい。英国は対EUで巨額の貿易赤字により大幅な経常赤字となっている。しかし、非EUに対してはサービス収支が大幅な黒字で経常収支はバランスしている。英国はEUにとって大事なお客なのである。また英国は.世界で最もサービス業化・脱工業化が進んだ経済(商品輸出世界シェアは3%弱、しかしサービス輸出世界シェアは7%で米国に次ぎ第二位、製造業雇用比率は8%と先進国最低、銀行資産規模対GDP比は800%と世界断トツ)。さらに英国は、世界で最も開放が進んだ経済(対外直接投資対GDP比率は70%と世界最高、同比率はドイツ42%、米国28%、日本16%、また上場企業株式の外人保有も54%と世界最高水準)である。

イギリスは米国とともにグローバリゼーションの主要素、資本主義、市場経済、民主主義と英語、諸法体系、ビジネスプロトコルの母国である。イギリスは米国とともに世界秩序の主柱であり、依然として英連邦の主宰国であり、多様な国際関係の中核国である。英国の国際金融拠点、サービス業拠点としての地位はBrexit後も変わらないのではないか。むしろフリーハンドを得て、日英EPA(経済連携協定)等新たな連携が生まれてくるかもしれない。

このように考えると、Brexitにまつわる市場の乱舞はいったん終焉すると見て良いのではないか。

●大きくスイングするのは日本株式

昨年来日本株式のパフォーマンスが冴えない。米中貿易戦争と世界リセッション懸念が織り込まれる中で、最も売り叩かれたといえるだろう。あたかも株価をターゲットとして金融政策を営んでいるかのような米中に対して、日本では消費税の増税路線が進められるなど政策的に手詰まりで、それがグローバルな投資家の対日投資の足かせとなっている。しかし、世界経済が本当に上昇していくとすれば、やはり一番大きなスイングは日本で起きるのではないか。日本株は、(1)日本は世界の中で最も振幅の大きい資本財や生産財に特化しており変動大、(2)日本株は為替との連動性により(好況・円安、不況・円高)相乗的に揺れる、(3)市場出来高の7割が外国人、先物主体で投機性が強い、等により、世界で最もボラテリティの高い市場である。

しかし、振幅の大きさゆえに、世界的リスクアピタイトがひとたびリスクオンとなれば、日本株式は、大きくスイングするのではないか。世界株高と日本における令和時代の心機一転が重なり、日本株式の壮大な上昇相場が始まりつつある、のではないか。裁定買い残に見る日本株の好需給は2020年にかけて、コンセンサスを大きく上回る上昇をもたらす可能性が大きい。

(2019年6月10日記 武者リサーチ「ストラテジーブレティン226号」を転載)

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