武者陵司 「米中貿易戦争下、中国の危機突破戦略は何なのか」(3)
※武者陵司 「米中貿易戦争下、中国の危機突破戦略は何なのか」(2)から続く
武者陵司(株式会社武者リサーチ 代表)
(3) 中国経済に活路はあるのか、帝国化(一帯一路)とハイテク覇権
中国経済のアキレス腱が明らかになったが、それを治癒、回避する手立てはあるのだろうか。
二つの可能性が考えられる。第一は中国の帝国化、第二はハイテク覇権の奪取である。
I. 一帯一路で帝国主義支配へ、人民元基軸通貨化で問題は解消
●なぜ中国は時代遅れの帝国主義を推進するのか
いま中国で20世紀型帝国主義の挑戦が繰り返されようとしている。ホブソンは1900年のイギリスによる典型的植民地獲得の帝国主義戦争であるボーア戦争に従軍し、悲惨な戦争の原因を英国経済分析に求めた。彼の結論は富の分配の不公平が過少消費・過剰貯蓄、生産力の過剰蓄積を招き、過剰貯蓄のはけ口としての植民地が求められたというものであった。それは19世紀から20世紀の帝国主義諸国の経済構造の見事な分析であり、レーニンやケインズに引き継がれた。このホブソンの見た帝国主義の現実が、100年後の中国で再現されつつある、と言えるのではないか。
なぜ中国は突然対外膨張主義に転じたのか、力を蓄え爪をあらわにしたのか。習近平主席の中国の「中華の偉大な夢」とは何なのかを解くカギは、中国は過剰に蓄積した生産力のはけ口として、資源の調達先として、超過利潤獲得のチャンネルとして、海外市場の拡大が現体制維持に必須となっている、と考えられる。言うまでもなく帝国主義的膨張、囲い込みは、1945年の第二次世界大戦により完全に破たんした戦略であるが、中国は歴史が実証した失敗路線を歩もうとしている。挫折に向かう中国をいかにマネージするかは極めて大切であり、歴史が示すように宥和政策ではとどめることはできない。
●人民元基軸通貨化で債務問題は解消
一方、中国側の観点では、一帯一路の下で人民元経済圏が形成できれば、中国は基軸通貨国として通貨発行益(シニョレッジ)を享受でき、経常赤字・対外債務の増加はそのまま通貨発行となるので人民元安を引き起こす心配はなくなる。人民元が基軸通貨ドルに代替すると一気に中国のアキレス腱は消えるのである。
II. 最先端ハイテクで勝者総取りを狙う
●最先端ハイテクで米国に伍すところまできた
長足の技術発展により中国はハイテクの覇者の地位を窺えるところまできた。中国が最先端のハイテクで競争優位を確立できれば、再度貿易黒字は増加し、懸念された外貨の不安もスキップできる。ハイテク優位は軍事技術に転嫁され軍事覇権も確立できる。米中覇権争いがハイテク覇権をめぐるものであることがわかる。
●5Gでは世界最先行
新世代技術の要である5G通信ではファーウェイを筆頭に、中国が技術開発と価格競争で大きく先行している。スマートフォン基地局装置の世界シェアはファーウェイ31%、ZTE11%と中国勢が42%でトップシェアを占め、エリクソン(27%)、ノキア(22%)、サムスン(5%)を大きく引き離している。5Gでは技術開発で米国に半年から1年先行、価格も2~3割は安いと言われている。WSJ(ウォール・ストリート・ジャーナル)紙は「5Gインフラ建設と投資で中国は世界の首位にある、2019年末のマクロ基地局設置数は、中国15万局、韓国7.5万局、米国1万局、英国2500局、オーストラリア1000局、と中国が圧倒する見通しだ」と報じている(2019年9月11日)。
スマートフォンでも中国勢の躍進が著しい。2010年代初頭はアップル、次いで韓国サムスンが中国市場を支配していたが、シャオミ、オッポ、ファーウェイなどの中国勢が急迫、2018年には中国国内ばかりか世界のスマホ市場で中国勢がトップとなっている。後述のように米国は安全保障上の理由からファーウェイ絶対排除の姿勢を固め、各国に呼び掛けているが、日本、オーストラリアが呼応したのみで、ドイツ、フランス、イギリスまでも、ファーウェイ採用に傾いている。スパコンでも中国の飛躍が目覚ましい。2016年世界最高速機種を開発、危機に陥っていた米国AMDの技術を取り込むことで、急速に性能をアップさせた。AIにおいても、中国の軍民融合ドクトリン、デジタル権威主義によりすでに米国は、絶対的優位を失っている、と多くの専門家は指摘している。中国は「製造2025」でハイテク技術分野を絞り補助金など資源の投入を推し進めて、IoT最先進国を狙う。対象分野とは(1) 次世代情報通信技術、(2) 先端デジタル制御工作機械とロボット、(3) 航空・宇宙設備、(4) 海洋建設機械・ハイテク船舶、(5) 先進軌道交通設備、(6) 省エネ・新エネルギー自動車、(7) 電力設備、(8) 農薬用機械設備、(9) 新材料、(10) バイオ医薬・高性能医療器械などの10分野。
●他国が追随できない資源の集中投入
分野ターゲティング、産業補助金、金融支援、官民学軍の技術連携、など政府主導で資源を集中投下させるやり方に対しては、米日欧の民主主義国は到底太刀打ちできない。政府のプランによる資源集中投入が、Winner takes all勝者総取りもたらし中国が世界市場を制覇した実例は、すでに太陽電池、ドローン、EVバッテリーなどで証明済み。ロボットAIで、それをさらに大規模に展開する意図がある。
III. 米中対決の前線
このようにハイテク最先端で中国が米国を引き離しはじめ、それが米国覇権を揺るがしている以上、トランプ政権に止まらず米国が一丸となって、中国排除にシフトするのは自然の成り行きであろう。
●ハイテクはWinner take allの世界、自由貿易理論は適用せず
ここで現在のハイテク・ソフトウェアなどの先端分野では、自由貿易の原則が通用しないことを、認識しておく必要がある。ハイテク・ソフトウェアとなどの先端分野のコストの圧倒的部分は過去投資の累積額(R&D投資、販売網、事業買収)であり、賃金・インフレ・為替などマクロ経済要因が影響力を及ぼす変動費は微々たるもの、マクロ政策調整が全く効かない。一旦ハイテク強国になってしまえば、どんなに通貨高、賃金高になってもその競争力は奪えなくなる。これは履歴効果と呼ばれ、収穫逓増の原理が働く世界である。つまりWinner takes allとなり容易には破壊されない。国家資本主義の中国においては、国家的プロジェクトによるハイテク企業育成のパワーは、ファーェイの急速な台頭に見るように絶大である。中国の極端な重商主義が圧倒的に有利に働いたため、対抗するにはトランプ政権が通商摩擦を引き起こす必然性があったと理解される。
●トランプ政権、力で対中ハイテク封じを決意
米国政府は世界最強の5G関連設備企業に飛躍したファーウェイを事実上締め出すという決意を固めたようだ。昨年8月成立の国防権限法に基づき、米国は政府機関のファーウェイ等5社等(ファーウェイ、ZTE、ハイテラ・コミュニケーションズ(海能達通信:通信機メーカー)、杭州ハイテクビジョン・デジタルテクノロジー(半国営世界最大の監視カメラメーカー)、浙江大華技術(民営監視カメラメーカー)、国防省等が中国政府の「所有/支配/関係」下にあると判断した企業)からの調達を禁止した。
そして今年5月16日にはファーウェイに対する米国企業の製品供給を禁止する措置を決定。パナソニック、アームなど米国政府の規制に従う企業が続出している。ファーウェイは新型の製品開発が著しく困難になる。ファーウェイは米国から禁輸される半導体を自分で開発できるとしていた。実際ハイシリコンという強力な半導体設計会社を傘下に抱えている。だがアームからの技術がなければ、新規開発は無理。またグーグルが無料で提供しているスマホOSのアンドロイドは利用できるが、グーグルからのアプリ技術が使用できなくなり、グローバルビジネスでは著しく不利になっている。今後さらに米国がファーウェイを追い込む手段としては、銀行取引の停止、ドル使用禁止という究極の手段もある。これまでファーウェイにグローバル金融サービスを提供していたHSBCとスタンダードチャータード銀行は、すでにサービスを停止し、今はシティグループのみがサービスを提供している、とWSJ紙は報じている(2018年12月21日)。中国側が対抗できる手段はごく限られており、ファーウェイは経営困難に陥るだろう。
この苛烈な米国の制裁に正当性はあるのか。本当にファーウェイは黒なのだろうか。イラン制裁違反を別とすれば、スパイチップの存在、バックドアからの情報窃盗などは十分な証拠がなく、言いがかりとの反論を完全には否定できない。しかし、米国にはファーウェイ拒否を正当化できる(正当化せざるを得ない)二つの理由がある。第一は2017年成立した中国の国家情報法により、政府が求めればスパイ行為をせざるを得ないという問題点である。そもそも中国企業にインターネットプラットフォームを委ねるわけにはいかないのである。第二はこれまでのファーウェイの台頭が不公正通商慣行の塊であったこと。一旦決めた以上、米国によるファーウェイ排除は揺るがないだろう。
●宙に浮く半導体国産化プロジェクト
また半導体の国産化は中国の焦眉の課題であるが、ままならない。中国では海外メーカー4工場(稼働中のインテルの大連工場、サムスン電子の西安工場、SKハイニックスの無錫工場の3工場及び本年稼働予定のTSMCの南京工場)のほかに、国産メモリー3工場((1) CXMTチャンシン・メモリー・テクノロジー(合肥市、DRAM)、(2) JHICC普華集積回路(泉省市、DRAM)、(3) YMTC長江ストレージ(武漢市、3次元NANDフラッシュ)が、建設中であるが、その完成が見えなくなっている。このうちJHICCはマイクロンテクノロジー技術不法コピー提訴により米国・日本企業からの設備購入が禁止され、立ち往生状態となった(2018年11月)。他の2工場も、今後、製造装置や材料の輸出規制が広がると見られ、投資が先送りされる可能性は高い。中国国産化をアメリカが阻止するために、半導体製造装置の中国への輸出規制や、中国合弁会社への技術供与を禁止する動きが強まっている。それを日本や欧州にも求めてくると思われ、日本政府・企業はそれに応じる模様である。
( 結 論 )
あらゆる分野で中国が世界最大の市場となり、世界景気変動を支配している。偏った輸出主導、偏った投資主導と懸念された中国の成長モデルは、今や消費主導。国民生活水準の急速な向上が、巨大な国内市場を形成している。貧富格差、都市農村の格差等は、成長により解決に向かっている。サービス化によって中国はインターネット経済でも世界の先頭集団に躍り出た。
ただ、そのコストはある。大きく積み上がった債務、急速に減少する経常黒字などが引き起こす金融困難である。これを突破できなければ中国は経済危機を経て中進国の罠といわれる停滞路線に入ってしまう。
困難突破の鍵は何か、第一はハイテク覇権。すでに5G技術などで世界最先端、AIでもシリコンバレーに伍す。ハイテクで再度輸出競争力が復活できるかもしれない。第二の突破の鍵は帝国化。一帯一路の先に人民元経済圏ができれば、中国の債務は通貨発行に転換され、シニョリッジを生み出す金の卵と化す。米中貿易戦争でトランプの米国を慰撫、譲歩しつつ遠大な布石を打つ。3000年の歴史を持つ中国恐ろし、であるが、それは許さじと米国が立ちはだかる。香港、人権問題などが次の対中封じ込めの根拠とされるかもしれない。
(2019年10月11日記 武者リサーチ「ストラテジーブレティン234号」を転載)
株探ニュース