武者陵司 「米中貿易戦争下、中国の危機突破戦略は何なのか」(2)

市況
2019年10月14日 8時00分

※武者陵司 「米中貿易戦争下、中国の危機突破戦略は何なのか」(1)から続く

武者陵司(株式会社武者リサーチ 代表)

II. 過去の成功要因が挫折の種に

●アジアで高コスト国、中国から工場流出

まず第一に国際分業において中国は追われる側に変わっている。今や中国の労働賃金はどのASEAN諸国よりも高くなった。また、米国との貿易摩擦・関税引き上げにより価格競争力は顕著に低下している。労働集約的産業の工場の海外シフトに続き、対米輸出中心のハイテク企業も生産拠点を海外、特にベトナムと台湾に移している。

●不公正維持不可能に

第二に貿易戦争の結果、不公正貿易慣行が維持できなくなる。公正さを装う中国は、追加関税回避の見返りとして、米国の要求の多くを受け入れざるを得ないのではないか。価格競争力、技術開発力、資本の誘致などの強みが失われていくだろう。米国の対中留学生規制、ハイテク技術者の獲得の抑制、これまで行ってきたとされるサイバー窃盗の禁止などは、中国企業の活力を奪っていくだろう。年間4200億ドル(2018年)という巨額の対米貿易黒字は大幅に減少し、中国企業の収益力を損なっていくだろう。

●内需も減速、ただ当分失速は回避できるだろう

第三に中国の内需の減速・失速が起き、中国企業のバーゲニングパワーが衰弱するだろう。まず投資は供給力過剰と債務の累増により限界が見えてくるだろう。また消費主導の経済成長も踊り場、自動車、家電などのハードウェア需要は普及一巡によりピークアウト感が強まるだろう。すでに冷蔵庫、洗濯機、カラーTV、エアコンなど耐久消費財の普及率は、90~120%とほぼ飽和状態に達している。後述する信用の増加が止まれば、消費に対しても影響は甚大だろう。さらに2012年から生産年齢人口の減少が始まり、2020年代には総人口もピークアウト、内需にネガティブに作用する。

●3つの困難の種が醸成されている

困難の種は、(1)過剰投資の結果としての設備過剰、インフラ過剰、(2)過剰債務と不良債権化、(3)経常収支の悪化、の3方面で醸成されている。それらは需要の鈍化、企業収益の悪化という形で長期にわたって中国経済の活力を損なっていくだろう。

III. 過剰投資のつけ

●過剰投資、いずれ不良債権に

まず過剰投資のつけである。投資は費用処理の繰り延べが認められている支出であるから、投資はたやすく高成長を可能にする。しかし、費用負担を伴わない需要創造という便法は、将来に費用処理を先送りすることであり、それに果実が伴わなければ不良資産を積み上げることになってしまう。日本の1990年のバブル崩壊、韓国の1997年の通貨危機はそうした高投資による成長パターンの挫折として起きたわけだが、その時のピーク固定資本形成/GDP比率は日本32%、韓国36%であった。それに比し現在の中国の固定資本形成のGDP比率は2010年46%とどこの国にもなかった高水準に達したのであるから、中国の潜在的困難の深刻さが推し量れよう。中国の投資分野は設備投資、公共インフラ投資、住宅不動産投資の3分野であるが、設備投資は大半の製造業部門で過剰設備を抱え、更なる投資増加は困難である。公共投資も10年余りで日本の新幹線網3100kmの9倍にあたる2.9万km(2018年)もの高速鉄道を敷設した。累積負債は86兆円に上るがそのほとんどは赤字路線、不良債権化する可能性は大きい。日米中を比較すると200m以上の高層ビルは中国400棟、日本の10倍、米国の2倍、高速道路延長は中国130,000km、米国65,000km、日本11,520km(いずれも2016年)など中国の投資のすごさがうかがわれるが、それは不良債権発生の種でもある。現在唯一の積み増しが可能な投資対象は不動産だけであるが、ここでも不良在庫と価格下落の危険がある。成長を維持するためには、不良債権を積み増すことを承知の上で不動産投資を続けざるを得ないという矛盾に直面している。

IV. 過剰債務のつけ

●世界史的債務増加が中国の消費経済化を支えたが、限界に

次に過剰債務のつけが深刻になりつつある。2010年頃までは、外貨準備(貿易黒字と対内資金流入見合い)の範囲内での通貨発行が行われ、レバレッジは抑制されていた。しかし、2013年頃より信用創造が急拡大した。民間企業の債務増加が中心であり、民間非金融部門の対GDP債務は210%(日米欧は160%前後)と歴史的高水準に達している。2015年頃から急進展した消費主導の経済拡大は中国民間部門のレバレッジ化によって推進されたのである。リーマンショック以降2018年までの10年間に世界の債務(民間+公的)増加額は63.24兆ドルであったが、内中国が42%の26.5兆ドルと圧倒的。この間の債務拡大は米国15.86(25%)、欧州10.00(16%)、日本0.54兆ドル(0.9%)、その他新興国10.3兆ドル(16%)となっている。主要国の信用乗数が低下ないし停滞する中で、中国のみ著しく上昇した。しかもこの信用創造が、銀行部門以上にシャドーバンキングを通して行われており、不良債権化するリスクが心配されている。この過剰債務の問題は、(1)企業収益の悪化、(2)金利の上昇、(3)信用環境の悪化などが起きるときに、顕在化する。中国において(1)~(3)がいつどのようにして起きるのかが、当面の心配事であろう。後述するようにそれは外貨不安が引き金になるのではないか。

V. 経常収支悪化のつけ

●経常収支赤字化は時間の問題

あと一つの決定的なつけは、経常収支の悪化による燃料切れである。今主要国の金融の安定性を最終的に担保するものは経常収支であろう(基軸通貨国米国を除き)。この経常収支黒字の大幅な増加が、現代中国繁栄の引き金になった。対米貿易黒字を中心に、中国の経常黒字は2008年4201億ドル、対GDP比10%弱という高水準に達した。この黒字の累積が外貨準備高を急増させ、その外貨を裏付けとした通貨発行が、2010年頃までの中国の投資の原資であり、健全といえた。中国の外貨準備高の対GDP比率は1990年代0%、2000年13%、2010年49%と急上昇し、野放図とも思える高投資の源泉となった。しかし経常黒字は、貿易黒字の減少と旅行収支赤字の大幅拡大によって、激減している。2018年は492億ドル、ピーク比9割減である。高騰する賃金による価格競争力低下と米中貿易摩擦により中国が近い将来、経常赤字国に転落する可能性が見えてきた。

●外貨準備の大きさは張り子のトラ、外貨の脆弱性がいずれ顕在化する

そうなると中国の脆弱な対外バランスシート問題が顕在化し、外貨不安が人民元安を引き起こす懸念が強まる。中国の外貨準備高は3.17兆ドルと世界最大、日本の1.27兆ドルの3倍近くあるが、対外純資産は2.13兆ドルと外貨準備比3分の2しかない(2018年末)。つまり中国の外貨準備の3分の1は借金なのであり、緊急の対外決済には充当できない。中国の潤沢な外貨の半分近くは海外からの投融資によってもたらされたもので、ひとたび人民元不安が高まると、流出し減少するかもしれない。また、中国の外貨準備高が全て流動性なのかも疑わしい。この中の1兆ドルは米国国債であるとしても、例えばベネズェラに対する融資などが含まれている可能性もある。2015年のチャイナショック時には、急激な資金逃避が起き2014年6月には4兆ドルあった外貨準備が2年間で1兆ドル減少した。2016年後半以降、資本規制によりほぼ横ばいの3兆ドルとなっているが、どのレベルが危険水準か、は不明である。2015年当時2兆ドルが危機水準とうわさされていた。

●外貨市場の悪化が金融危機の引き金を引く可能性

外国人による対中証券投資、直接投資の巻き戻し、中国人による海外への資金避難などの可能性もある。当局による懸命の為替管理、中国企業の海外資金調達にも拘わらず、本質的には、外貨準備高は減少傾向を辿る趨勢にあると言える。それが急激に進行すれば元安と国内の信用収縮を引き起こす。(1)中国で積み上がっている過剰債務のデフォルト、(2)大きく上昇してきた不動産価格の下落、(3)地方政府の主たる収入源である土地売却益減少による財政難、などが連鎖的に起きれば、中国経済の失速から、金融危機が引き起こされるかもしれない。

現代中国の繁栄は、(1)大幅な経常・貿易黒字、(2)巨額の対中投資、資本流入、(3)外貨準備蓄積による威圧、というルートを通した世界資本の中国への集中によって可能となったが、そのすべてが逆流しようとしているのである。外貨不安は中国のアキレス腱であり、いずれ顕在化する恐れがある。そうした潜在的弱みがある以上、人民元を引き下げることで貿易黒字の減少を回避するという為替操作は、逆噴射のリスクが大きく、中国当局の政策オプションとはなり得ないのではないか。

「米中貿易戦争下、中国の危機突破戦略は何なのか」(3)へ続く

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