武者陵司 「米中貿易戦争下、中国の危機突破戦略は何なのか」(1)
武者陵司(株式会社武者リサーチ 代表)
●米中貿易戦争の先に待つもの
人口14億人の中国が年率6%以上の実質成長を続けている。他方、人口3億人の米国が先進国の中では突出しているとはいえ2%台の成長に甘んじている。この趨勢が続けば10年後の2028年には米中逆転は視野に入る。経済規模の逆転は、軍事力の転換を引き起こし、覇権国の交代をもたらす。この10年間の米中対抗は世界秩序の将来を予見するうえで決定的に重要である。
米中覇権争いの勝敗は一義的には軍事的優位性によって決まるが、軍事優位は経済力優位によって担保される。そして経済力は国際分業上の優位性によって決められる。国際分業上の優劣を決めるものが通商摩擦である。マクロ経済学者からは批判の多いトランプ・ナバロ氏が引き起こした対中貿易戦争は、国際分業における陣取り合戦であり、覇権国米国の国益に直結する決定的重要事項である、というものが筆者の考えである。
それでは米中貿易戦争の先に何が待っているのか。ここまで来た中国の跳躍は、誰も想像すらできなかった。この先も誰もが想像できない将来が待っているかもしれない。そうした問題意識の下、以下3点を軸に全体像を俯瞰してみたい。
(1) なぜ中国はかくも驚異的な経済発展を遂げたのか、筆者は3つの稀有の条件が重なったためと整理する。(国際分業への参画=Globalizationの果実獲得、米国の支援、巨大な内需の形成)
(2) なぜ中国は困難に直面しているのか、過去の過剰成功が困難の種をはぐくんだ
(3) 中国に起死回生の妙手はあるか、筆者は一帯一路など対外進出、ハイテク覇権がそれだと考える。米中対抗の下でそれは可能なのかだが、中国の巨大な産業集積を考えれば、不可能とは言えない。しかし金融危機、体制危機にいたる可能性も考えられる。
米中対抗の中で日本の立場はどうなるのか、筆者は地政学的にも国際分業という観点からも、日本の優位性が高まっていくと考える。次回のレポートで日本の立場を詳述したい。
(1) 異形の台頭をもたらした3要素
中国経済の台頭と発展は近代史上最大の驚きの一つであろう。なぜそれが実現したのか。筆者は三つの成功要素が重なったと整理したい。今その三要素がそれぞれ変質し、桎梏(しっこく)となっているのではないか。
三要素とは、第一に国際分業の流れに乗りグローバリゼーションの恩恵をフルに受けたこと、第二に米国の寛容さに便乗し、フリーライドを享受し悪用したこと、第三に巨大な内需を形成し、世界経済のバーゲニングパワーを握ったことである。第一の要素は日本、韓国、台湾などアジア諸国に共通の事柄であるが、(2)、(3)は中国固有のものであり、それは強大な(独裁)政府権力による統治のもとでこそ可能になった事柄である。以下各要素について概観する。
I. 国際分業の流れに乗った
●ニクソンショック⇒米国輸入依存度の急上昇⇒生産基地アジアの台頭
三要素の第一は国際分業進化の流れに乗ったということである。ニクソンショック、ドル垂れ流し下で現代の国際分業が起こった。1960年代末まで、輸入依存度が10%とほぼ自給自足型であった米国経済は、米国企業の多国籍化、海外への供給源の多角化により、急速に海外依存型となった。輸入依存度は1980年41%、2000年62%、2018年79%と急速に高まった。この米国に対する供給源としてまず台頭したのが1980年代の日本、次いでアジアNIES特に韓国、台湾である。これらアジア諸国は(1)米国市場をターゲットとし、(2)米国から技術とビジネスモデルを移植し、(3)低賃金・有利な為替による価格競争力を武器に、輸出に極端に依存した経済構造(日本を除きGDPに対する輸出比率は50~100%以上)を構築し、経済発展を遂げた。
●日本、韓国、台湾で成功したキャッチアップモデルを模倣
この国際分業への参画とグローバル化の恩恵享受、という日・韓・台で成功したキャッチアップモデルをより壮大に展開したのが中国である。まず生産拠点として。1990年代産業基盤が未発達の局面では、保税輸出区域に海外メーカーを誘致し、労働力のみを提供するという形態から出発したが、次いでOEM生産、さらに競合者(従属的市場参加者)に、そして支配的市場参加者に、という推移を辿り、今や世界で最も多くの生産要素を集積する世界の工場となった。産業分野も繊維・軽工業⇒重化学工業⇒機械⇒ハイテク⇒インターネットプラットフォーム⇒ハイテクユニコーン⇒ドローン、太陽電池、バッテリー、5G通信装置と展開し、先端分野においても市場リーダーになっている。
II. 米国の寛容さに便乗したフリーライド
●米国の寛大さ、巨額の対中所得移転
第二の要素は、米国の寛容さに便乗し、フルにフリーライドを享受し・悪用したことである。閉鎖的国内市場、強力な政府の介入など多くの欠陥があったにもかかわらず、2001年WTOへの加盟が米国の支持のもとに認められ、国際貿易市場への参画が可能になった。それ以降、様々な不公正貿易慣行が展開され、長足の競争力強化がなされた。そればかりか、中国は米国から巨額の所得移転を受けている。米国の対外貿易赤字(財)の50%、4200億ドル(2018年)は対中であり、米国のGDPに対するその比率は2018年で2%。この比率を過去に遡及すると2005年以来ほぼ2%前後で推移している。中国は対米経常黒字という巨額の所得移転を10年以上にわたって享受し続けてきたわけである。この米国の巨額の経常赤字は米国人の過剰消費・過小貯蓄の賜物であり、中国に責任はないとのコメントがあるが、それは我田引水的解釈であり、因果関連の議論ではない。この米国からの巨額の対外所得が後述する内需(投資と消費)拡大の燃料となってきた。
●目に余る限界に達した不公正さ
トランプ政権が米中貿易戦争を引き起こしたのは、中国の不当な競争力強化を可能にした不公正な通商慣行を止めさせるためである。2018年7月から実施された1~4段階にわたる対中輸入関税の引き上げはここに照準が定められている。ブエノスアイレスでのトランプ・習近平会談では5項目の対中要求が提示された。すなわち(1)米企業への技術移転の強要(2)知的財産権の保護(3)非関税障壁(4)サイバー攻撃(5)サービスと農業の市場開放、である。これを中国が認めないことから、関税の対象範囲の拡大と、税率の引き上げが今のところ際限なく行われている。
しかし本来、この対中要求5項目はいずれも不公正行為、またはWTO違反の事項であり、中国はそれが事実なら受け入れざるを得ない。身に覚えがない、濡れ衣だと主張するとしても、不公正行為の事実が発覚した場合には、相応の懲罰を了承せざるを得ない。米国は中国の違反行為を止める担保として、中国国内法の改正をも求めているが、中国はそれを内政干渉だとして拒否している。
III. 巨大な内需の形成、あらゆる分野で規模のメリットを確立
●主要産業分野で世界最大の市場に
第三に中国の台頭をもたらした要素は、巨大な内需を形成し世界経済のバーゲニングパワーを握ったということである。今や主要産業分野において中国が世界最大の市場であり、供給者でもある。
中国特有の産業集積は3段階のパターンによって形成された。(1)第一期(1995~2000年頃)はチープレーバーを活用した外資企業・特区/保税地域での産業誘致、外貨獲得、この時期のけん引産業は労働集約的軽工業、(2)第二期(2000~2013年頃)は高貯蓄の国内投資(設備投資、公共投資、不動産投資)への振り向け、この時期の主役は重化学工業、(3)第三期(2014~)は国内消費市場の急成長と生活水準の向上により、自動車・家電、高度サービス産業が発展、この時期の主役は世界最大の供給者に躍り出たハイテク、インフラ関連工業である。まず、第一段階で大成功をおさめ、第二段階で飛躍し、いよいよ第三段階へとさしかっている。レノボ、華為技術などパソコンや通信機で世界を席巻する中国人によるハイテク多国籍企業も誕生している。
●驚異的高速投資、巨額の政府支援
中国国内市場の巨大さを示すエピソードには限りがない。まず投資関連では、世界セメント生産に占める中国シェアは6割。それをすべて国内で消費している。米国の過去100年間(1901-2000)のセメント消費が45億トンであるが、中国は3年間(2011-2013)でその5割増しの66億トンを消費した。また中国の粗鋼生産は2000年1.28億トンで世界生産(8.5億トン)に対するシェアは15%に過ぎなかったが、2018年には9.3億トンとなり世界生産(17.9億トン)に対するシェアは52%に達した。2000年以降18年間の世界増産(9.4億トン)の85%は中国によって担われたのである。工作機械、建設機械、高速鉄道システム・鉄道車両でも中国市場は世界最大。この巨大な内需をベースとした規模のメリットと補助金による圧倒的価格競争力により海外市場でもシェアを拡大している。
●消費主導への転換成功、生活水準急上昇で上位中進国へ
また、2015年頃より、それまでの投資主導経済から消費主導への転換が進展、国内所得の増加と生活水準向上により膨大な消費市場が形成された。GDP成長率に対する寄与度は、2015年以前は投資が5割を超えていたが、直近2018年には消費(内ほぼ3分の1は政府消費)76% 、投資(固定資本形成)32%と、急速なシフトが進展した。中国の一人当たりGDPは2018年で9600ドルと中進国の上限に達し、今や人口14億人のうち、3~4億が中産階級となり、海外旅行や文化観光などより高いレベルの消費を追求し始めている。2018年の自動車販売台数は中国2808万台、米国1770万台、日本527万台、インド440万台、ドイツ382万台、世界計9484万台と、圧倒的。自家用車の保有が急速に伸びる中、相対的に大型で高価なスポーツ用多目的車(SUV)のシェアが数年前の2割から4割へと上昇している。スマートフォン、テレビ、パソコンでも世界最大の市場である。
●サービス化でネット経済でも先行
消費の伸びにより経済のサービス化も進展、第三次産業の伸びはここ数年8%と第一次産業、第二次産業の伸びを上回り、GDP成長率に対する第三次産業の寄与度はほぼ7割、GDPに占める比率シェアも2010年の44%から2017年には52%に達している。その中心の海外旅行も爆発的に増加、海外旅行者数は2001年の370万人に対して2018年には40倍の1.5億人に達した。
●唯一半導体のみ大幅海外依存
もともと国内市場が存在していなかったハイテク分野でも、圧倒的先行投資と産業補助金で一気に世界最大のスケールを築き上げ、世界貿易市場を席巻する分野が続々と表れている。太陽光電池、監視カメラ、ドローン、自動車用バッテリー、5G基地局においては中国企業が世界市場において圧倒的シェアを確立している。海外企業を締め出して巨大な国内市場を独占し規模を確立したアリババ、ティンセント、バイドゥなどインターネットビジネスや電子決済取引などでは、米国のGAFAとともに世界市場を制覇する存在になっている。ただ半導体だけは別。依然9割を海外依存、内ほぼ5割が米国系企業からの購入である。また日本が提供する高品質・高技術のサプライ(部品や素材)、装置は対外依存である。
(2) 中国経済が直面する困難、過剰成功が困難の種を育んできた
I. 中国経済は最盛期を過ぎた
●中国のプレゼンスは今がピークか
以上の急速なプレゼンスの高まりは2001年12月のWTO加盟以降グローバル分業の中で、中国特有の中央集権による資源総動員体制が極めて有効だったことを示す。まず巨額の貿易黒字で外貨を獲得し、それを種金として通貨発行を行い、壮大な国内投資を展開して経済規模を拡大し、高まった経済成長と更なる信用創造によって消費水準を押し上げるという好循環がWTO加盟以降二十年近くにわたって続いてきた。
しかし、中国の成長加速をもたらした3つのブースターの喪失が今後中国経済の減速感を強めていくだろう。今日まで中国は国際分業において一貫して貿易シェアを高め世界の工場となったが、そのオーバープレゼンスは解消していく可能性が強い。
※「米中貿易戦争下、中国の危機突破戦略は何なのか」(2)へ続く
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