植草一秀の「金融変動水先案内」 ―世界経済のパラダイム転換-
第33回 世界経済のパラダイム転換
●コロナウイルスの脅威
新型コロナウイルスの出自に関する情報戦が展開されています。米国のトランプ大統領は2月28日に「コロナウイルスは消滅しつつある。ある日、ミラクルのように消えていく」と述べてコロナ楽観論を示していました。3月5日時点でも「世界中で感染者約10万人、死者3280人が出ているが、わが国はすみやかに国境を閉鎖したため、感染者はたった129人、死者11人だけだ」と豪語していました。ところが、その後、米国における感染拡大が爆発しました。世界最多の感染者数と死者を生み出したのです。
トランプ大統領の最優先事項は大統領再選です。後手に回ったコロナ対応による失地を回復しなければなりません。そのトランプ大統領が諸悪の根源は中国の対応にあるとのアピールを展開しています。中国武漢に細菌研究所があり、生物兵器のウイルスが誤って流出したとの見解を喧伝しています。コロナウイルスが人工的なものであるとの疑いは根強く存在しますが立証は容易でないと考えられます。
この新型ウイルスの感染拡大に対して人類社会がどう対応するのかが問われています。社会全体の7~8割が感染してしまうと感染拡大が収束します。これを集団免疫と呼びます。欧州では当初、この方針が提示されましたがすぐに撤回されました。ジョンズ・ホプキンス大集計では4月23日時点の世界全体の感染者数が266万人、死者が18万人になっています。致死率が6.6%に達しています。世界人口の7割にあたる54億人が感染すると3.6億人が死ぬことになります。
●検査抑制の安倍内閣
第2次世界大戦の死者が6000万人~8000万人と推計されています。感染を放置して集団免疫を獲得する方策は代償が大きすぎるのです。このために各国は感染拡大を抑止することを最優先しています。そのための方策は検査の徹底です。検査を徹底して感染者を早期に確定する。感染者を隔離するとともに重篤化するリスクの高い患者への迅速対応を実現することが最重視されています。
この基本を完全に無視しているのが安倍内閣の対応です。検査を徹底的に抑制して感染の疑いがある者に2日ないし4日の待機を命じています。このために対応が遅れて死亡する事例が多発し始めています。また、軽症感染者に対する検査が拒絶されているため、この感染者の多数が医療機関を訪問して院内感染を拡大させていると考えられます。
安倍内閣は3月24日まで五輪開催を優先してコロナ対応をおろそかにしました。2月24日に「瀬戸際」を宣言しましたが、3月20日には学校の全面再開を宣言する対応を示したのです。3月24日に五輪延期が決定されるとコロナ対応を本格化させましたが、経済活動維持と感染拡大阻止の二兎を追う優柔不断な対応を示しています。
諸外国と比べて公表感染者数が少ないのは検査が抑制されているためです。韓国が徹底的な検査拡充と感染者追跡で感染拡大を収束させつつある姿と好対照が示されています。
●感染第2波のリスク
トランプ大統領は遅ればせながらも感染拡大を認知すると急転直下、史上最大の経済対策を策定し、3月末には議会を通過させました。また、米国主要州が都市封鎖などの強硬策を実施したために米国での感染者数増加に歯止めがかかりました。この変化を受けてNYダウが急反発したのです。4月9日に一時2万4000ドルを回復し、下落幅の半値戻しを達成しました。日本の株価が反発したのは米国株価に連動したものでした。
感染拡大の行く末がまったく見えない状況から事態改善の手がかりが示されたことに金融市場が反応したのです。米国長期金利はトランプ大統領が経済政策策定を示した3月9日から経済対策が成立した3月末にかけて上昇し、連動して米ドルも反発しました。
ところが、経済対策成立が一種の好材料出尽くしと受け止められた可能性があります。米国長期金利は再度低下傾向を示しています。
トランプ大統領は米国経済活動の再開を強硬に主張し始めています。11月大統領選で再選を果たすには経済活動回復と株価再上昇が必要だと考えているのだと思われます。経済活動を再拡大しても感染拡大が再来しない可能性があると主張しています。
4月22日の会見ではトランプ大統領が楽観論を述べた直後にCDC(疾病予防管理センタ)所長が「秋には第2波が襲来すると確信している」と大統領見解を全面否定しました。日本と異なり米国では高級官僚が大統領に忖度しない発言が容認されています。
●令和版インパール作戦の日本
集団免疫獲得の道を選択できなければ、人と人の接触を削減して感染拡大を抑止しなければならなくなります。経済活動を再拡大する結果として感染が再拡大したら、再度、経済活動を抑止することが必要になります。核兵器大戦後の世界で外出自体が不可能になることと比較すれば行動の自由ははるかに大きいと言えますが、これまでの経済活動が広範かつ全面的に修正されることになります。
主要国経済の中心は第三次産業=サービス消費に移行しています。このサービス産業の多くが深刻な打撃を受けることになります。人間が隔離される一方で情報通信技術によるネットワークがさらに拡張されるというパラダイム新次元が広がることになります。金融危機や自然災害による経済活動低下とは異なり、問題噴出後の経済活動V字回復を想定しがたいと言えます。
新しい環境下で急拡大する事業分野が出現するでしょうが、既存産業の相当部分が毀損されてしまう可能性が高いと考えられます。株価決定の主要因は企業収益の変化です。先行きの見通しが何も見えない状況から一定の事態改善展望が垣間見えて株価は急反発しましたが、次に市場が読み込み始めるのは現在から将来に向けての企業収益の流列です。
日本経済はコロナ不況の前に消費税大増税大不況に転落していました。安倍内閣はコロナ不況を全面に押し立てて消費税増税不況を隠蔽するでしょうが、日本経済の崩落がより深刻になることを見落とせません。
安倍内閣政策対応が典型的な戦力の逐次投入であるため、企業倒産急増を含めて日本経済の先行きに最大の警戒が求められます。
(2020年4月24日記/次回は5月9日配信予定)
株探ニュース