植草一秀の「金融変動水先案内」 ―戒厳令と外出促進令の同時発出-
第39回 戒厳令と外出促進令の同時発出
●日本モデルの力
日本では大変奇妙な現象が観察されています。東京都の小池都知事は7月23日からの4連休に際して、新型コロナウイルス感染症の感染拡大を踏まえて、不要不急の外出を控えることを呼びかけました。その一方で、安倍内閣は東京都を除く全国の市民が財政補助金を利用して旅行することを奨励するキャンペーンを7月22日に始動させました。キャンペーンを実施する体制もまだ整っていないなかで強引に外出奨励のキャンペーンを始動させたのです。Go ToトラベルでなくGo Toトラブルになることが確実な情勢です。外出奨励と外出自粛が同時に要請されるのは極めて珍しいことだと言えます。
安倍首相は全国の緊急事態宣言を解除した5月25日に「日本ならではのやり方で、わずか1カ月半で、今回の流行をほぼ収束させることができました。正に、日本モデルの力を示したと思います」と述べましたが、その発言からわずか1カ月半で今回の感染者数減少を完全に帳消しにしました。日本モデルの力がいかんなく発揮されていると言ってよいでしょう。
5月末に新規感染者数が急減したのは、日本の市民が行動抑制を徹底したからでした。しかし、5月の連休以降、行動抑制は緩和され、緊急事態宣言の解除、営業自粛要請の解除を受けて人々の行動が再拡大しました。人の移動と感染者数確認の間に3週間のタイムラグが存在します。行動再拡大を背景に新規感染者数が急増しているのは順当なことだと言えるでしょう。
●感染再拡大の放置
安倍内閣は感染者数の急増に対して、4月には緊急事態宣言を発出して人々の行動抑制を呼びかけましたが、7月の感染者数急増に対しては、逆に旅行や外食推進のキャンペーンを実施するという正反対の政策対応を示しています。その背景は定かでありませんが、安倍内閣が日本のコロナ問題は重大でないとの判断を固めたことによる可能性があります。
コロナの被害状況においては欧米・南米と東アジアとの間に決定的な相違が観察されています。10人に1人以上の検査を実施している英国とシンガポールのコロナ致死率を比較すると、英国の15.3%に対してシンガポールは0.06%にとどまっています。東アジアでのコロナ致死率は毎年流行するインフルエンザよりもはるかに低いと見られるのです。この状況が不変であるなら、過度の行動抑制は不要と判断しても間違いではないと言えるでしょう。
しかし、重大なリスクがあります。コロナウイルスの変異速度が非常に速く、日本において強毒性のコロナウイルス感染拡大が生じない保証がないことです。台湾や中国がコロナ対応に成功していますが、いずれも、感染収束を基本に置いているのです。感染拡大を放置すれば、ウイルス変異のリスクが急激に上昇します。感染拡大を放置する安倍内閣の対応には重大な問題点があると言わざるを得ません。
●押し目待ちに押し目なしの状況
各国の株価推移を見ると、コロナ対応に成功している国で株価の全面的な回復が実現しています。コロナ暴落の影響がもっとも軽微だったのは実は中国です。上海総合指数の下落率は15%にとどまり、下落後の株価反発は下落幅の169%に達しています。台湾株価は下落幅の107%、韓国は95%回復を実現しています。
これに対して、コロナ被害が著しく拡大した英国やフランスでは、株価回復率が58~64%にとどまっています。日経平均株価の回復率は88%です。東アジアの特性でコロナ被害が軽微にとどまっていることから、株価回復率は高くなりましたが、上値が重い展開に切り替わってきています。日本の人口当たりコロナ死者数は欧米比では少ないのですが、東アジアではワースト3に位置しているのです。
コロナ暴落からの脱却には、経済対策による経済回復、治療薬やワクチンの開発が有用であると考えられ、これらの事項に関連した材料の表出によって株価が上昇圧力を受ける状況が続いています。「二番底は買い」の視点で株価推移を注視することを提唱してきましたが、こうした投資家の行動が「押し目待ちに押し目なし」の相場展開を生み出しているとも言えるでしょう。
東京都の1日の新規感染者数が200人を超える状況が続いていますが、感染症においては感染者が一定の比率で感染を拡大させますので、感染者数が等差級数ではなく等比級数で変化することに注意が必要です。4月の感染者数増加時には強い行動抑制が実行されたので、その後に感染者数が減少しましたが、7月は行動抑制が実行されていませんので、感染者数が驚くべき増加を示すリスクが存在するのです。
●経済拡大優先策は吉と出るのか
コロナ被害が軽微であるという東アジアの特性が堅持されるのであれば、感染者数急増が重大な問題を引き起こさない可能性はあります。しかし、ウイルスが変異して致死率が急上昇する場合にはパニックが生じることも考えられます。
軽度のGo Toトラブル程度で済むならよいのですが、欧米に類似した状況が発生すれば、Go To Hellが現実味を帯びることになります。コロナ問題が深刻な欧州において株価回復率が高いのがドイツです。株価回復率は91%に達して日本を上回っています。
ドイツは感染拡大抑止を基本に置いて、強い行動抑制策を実施。感染が収束傾向を示した後も、客観基準を設定して、極めて慎重に行動抑制緩和を進めています。産業界に対する影響を緩和するために、政府が民間企業を支援する補助金を大規模に設定しました。感染抑止と企業支援、労働者支援を万全に実施することで、ドイツは欧州内で卓越したパフォーマンスを示しています。
各国株価変動がこうしたコロナ対策の優劣を比較的正確に表示していることは驚くべきことと言えます。3月末に米国が大規模コロナ経済対策を成立させて世界の株価反発が誘導されましたが、その米国で、トランプ大統領の経済活動の再拡大優先政策が吉と出るか、凶と出るかが注目されます。日本の安倍内閣はトランプ流の強硬策を基礎に据えているようですが、その帰結は現時点で未確定です。ただし、大きなリスクをはらんでいることを念頭に置くことが必要不可欠であると思われます。
(2020年7月22日記/次回は8月8日配信予定)
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