<トップインタビュー>松井証券 和里田聰社長に聞く

経済
2020年10月15日 13時00分

― 25年ぶり誕生、新トップが語る革新と創造 ―

今年6月、松井証券の新社長となった和里田聰氏。証券手数料自由化を見据えネット証券の時代を切り開いた松井道夫前社長はカリスマ経営で名を馳せた。その松井氏からバトンを引き継ぎ、25年ぶりのトップ交代とともに創業家以外から初の社長就任ということもあって自ずと脚光を浴びる状況にあるが、冷静沈着、気負った様子は微塵も見られない。一段と淘汰の波が押し寄せる業界にあって創業100年超えの老舗をどう発展させ、そして勝ち残っていくのか。和里田聰新社長の実像に迫った。

(聞き手・中村潤一)

―松井前社長から社長職を引き継がれ、経営方針としてこれまでと違った部分をお考えであればそれをお聞かせください。

和里田 松井前社長のもとで、これまでは基本的に「選択と集中」を主眼に収益性の高い株式ブローキングビジネスにリソースを集中するという方針で経営を進めてきました。その背景には、個人投資家を顧客とした株式ブローキングの市場規模が今後も拡大していくという前提がありました。ただ、個人投資家層の裾野は、当社が日本で初めてネット証券を始めてから20年以上が経った今も、大きく拡大してはいません。

過去を振り返ると、小泉郵政解散があった2005年頃に340兆円あった個人の売買代金は、ライブドアショック、リーマンショック、東日本大震災で縮小した後、アベノミクスで再び盛り上がったものの、近年は300兆円を下回り頭打ちの状況にあることが明白です。これがGAFAM(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン、マイクロソフト)の隆盛が象徴的な米国株市場のように株式市場の時価総額自体が大きく伸びているようなマーケットであれば話は違いますが、日本株市場は少なくともそれとは異なる環境に置かれています。 

松井前社長は、インターネット取引で革命を起こし、個人投資家を顧客ターゲットとした株式ブローキングビジネスで大きな役割を果たしましたが、現在のようにネット証券であることが当たり前になってくると、経営の視点というのは少し変わってくると思います。株式ブローキングは引き続きコアな業務ではあるのですが、それ以外のサービスについてもリソースを注入していく必要があると考えています。

もう一点内部的な話としては、今年6月の株主総会で社長交代となり、それに合わせて組織や人事評価制度を刷新しました。カリスマオーナー経営者が去った後の新しい体制下では、即断即決ももちろん重要ではあるのですが、特定の個人に依拠しない、再現性のある仕組みを作っていかなければならないと考えました。そこで、各組織の管理者であるとか、その下につく社員も含めて責任と権限を明確にし、より事業に参画意識を持ってくれるよう、体制を抜本的に見直しました。

―言うに及ばずネット証券は競合が厳しくなっています。ある意味戦国時代ですが、今後勝ち残っていくために必要な要素は何でしょうか。またこれまでの日本株以外に展開する場所をお考えでしょうか。例えばFXのような新たなテリトリーを開拓するというような計画はありますか。

和里田 そうですね。FXや投資信託はサービスとして提供していましたが、実際にリソースのかけ方としてはそれほど重きを置いていませんでした。FXについてはまず、サービスレベルを競合他社と同程度の水準に高めていきます。具体的には、スプレッド競争に参戦し、マーケティングを強化して顧客獲得に注力する方針です。第1弾として今年7月にスプレッドを引き下げまして、更に来年の頭には第2弾として他社と同レベルまで引き下げる予定です。

ネット証券のビジネスは、提供商品を差別化することが難しい部分があります。当社としては、ネット証券として標準的なサービスは取り揃えていかなければならないと思っています。例えば、証券会社に限らずいろんな分野で評価サイトや比較サイトがあり、様々なサービスの有無によって〇×を付ける表がよく掲載されていますよね。それを見たときに、最初の段階として×が多いところは当然ながら顧客に選ばれる可能性が小さいわけです。したがって、証券会社を選ぶ際の"非選択理由"にあたる部分をまず消していかなければならないと考えています。

そうしたなか、われわれとしても、早急に取り組まなければいけないと考えているのは米国株式です。以前に海外株式は扱っていたのですが、外貨リスクがあることや、取引時間帯が(日本時間の)夜になってしまうこともあって、それほど取引高が伸びませんでした。また、取引もバイ&ホールド型が多かったため、収益に見合わず撤退したという経緯があります。しかし、ご承知のように今の米国株の強さは群を抜いています。これはGAFAMの際立ったパフォーマンスが全体を牽引している形なのですが、少なくとも投資家の関心の高いGAFAMのような銘柄を扱わないということはあり得ない。標準的なラインアップの整備という点では、米国株式は欠かすことはできないという認識を持っています。

そして、サービスの改善という点では、使い勝手や利便性というものは一段と向上させていく必要があるでしょう。新規顧客の獲得という点では、口座開設の離脱を減らすために便利でスムーズに手続きを進められるよう操作性を高めていく。スマートフォンでの取引についても、年度内にスマホネイティブな顧客向けの新しいアプリを提供する計画もあります。

更に、顧客が投資を通じて楽しいと感じてもらうこともポイントであると考えます。投資を通じて社会との接点を持つ喜びであったり、投資を始めることで金融知識を向上させたいという意欲が生まれたり、投資を通じて充実度を高めていく体験を求めている方は多いと考えます。今年4月に提供を開始した「アクティビスト追跡ツール」というツールはそのひとつの例で、アクティビストに倣うコバンザメ投資を後押しするものですが、そういった投資の楽しみを提供していくことも新たな方針として掲げています。

―和里田社長はP&GやUBS証券でご活躍された過去があります。松井前社長とはどういった形で接点があったのでしょうか。また、コンシューマーとフィナンシャルの双方の世界を経験されたなかで、経営まい進の共通項と呼べるものはありますか。また、それらの経験値を今後の戦略にどう生かされますか。

和里田 私がもともとP&Gに入ったのは、大学時代のゼミの先輩がP&Gに入社していた関係もあり、スプリングインターンというプログラムに参加してみて、その時になかなか良い会社だなと思ったことがきっかけでした。P&Gはマーケティングがメインですが、私は経営管理、つまりファイナンス部門に入りました。P&Gのファイナンス部門というのは、要はCFO養成を目的としているのですが、数年働いてみて自分はそういう柄ではないなと思い、もっとフロントの方に行きたいという気持ちが強くなりました。そこでファイナンスでフロントといえば、金融機関であろうと思い、リーマン・ブラザーズ証券に転職。リーマンは1年半在籍し、そこから上司についていく形でUBS証券に移りました。

UBS証券に入って2年目の01年、松井証券が東証1部に上場する際にUBS証券が主幹事を務めることになりました。松井前社長とはその頃に初めてお目にかかったわけです。大学も先輩と後輩の関係でしたので何となく親近感を感じるところがありました。その後、松井証券に入社することになりました。

P&Gでどういう経験値を得たかと考えた場合、P&Gでは、「コンシューマー・イズ・ボス」が徹底されていたことに行き着きます。顧客中心主義や顧客第一主義というスローガンを並べる企業は多いと思うのですが、それを徹底できるかが何よりも重要だと思います。P&Gは、消費者が本当に求めているものを提供しようということに、組織全体で追求していたと思います。消費者に感情移入し、顧客インサイトを理解したうえで、仮説を立てて検証して実行に移す、この一連の流れをしっかりと仕組み化しているのがP&Gならではといえると思うのです。P&Gは生活必需品や日用雑貨を扱っているので、商品自体にすごく馴染みがあるということもいえるのですが、業者と顧客の間で情報の非対称性というのはほとんどありません。

では、それに比べて金融機関はどうかといえば、金融商品に対する理解が業者と顧客の間でかなりの開きがある。これは仕方のない部分もありますが、金融商品に対する情報も知識も業者側の方が圧倒的に抱えているので、顧客からすると、先生と生徒のように、何となく上から目線で、押しつけられているような雰囲気を感じる面があるんじゃないかと思います。金融商品のように情報の非対称性が大きいからこそ、P&Gが行っているような、顧客インサイトを理解する努力をして、仮説を立てて検証していくというのを、仕組みとして作って回していくことが我々の世界でも必要なのだと思っています。顧客によってニーズは十人十色、求めている顧客体験価値は実はそれぞれ異なるかもしれないわけで、その一つ一つ合ったサービスを提供していく姿勢は大切だと考えます。

―最後に経営の舵取りを担っていくうえで、目標として掲げているものはありますか。例えば数値目標とか、松井証券はこれからこういうポジションを目指す、といったようなことがあれば教えてください。

和里田 数値目標的なものは特に明確にしていないのですが、概念的にはあって、それは証券界に限らずどの業界においても企業はトップ3に入っていることが重要であるということです。そうでないと、なかなか顧客から選ばれにくくなると思います。オンライン証券サービスを提供している会社においても、業界トップ3に入ることは顧客からの認知度という点で非常に大切であり、いかに素晴らしい理念で経営を行っていたとしても、認知度が劣れば結局は選ばれないと思うのです。金融機関は大事なお金を預けるがゆえに揺るぎない信用力と信頼が必要。そのために何が必要かといえば皆に良く知られた存在であることが絶対条件であると考えています。

松井前社長がネット証券業界を切り開いた頃に30代、40代だった方というのは、今は50代、60代のコアとなる顧客層になっていて、今もなお当社を利用いただいている方が多いわけです。では今30代前後の若い世代の人が普通に松井証券を知っているかというと、そういう状況にはありません。知名度は落ちているのです。現在は50代以上がコアな顧客であるといっても、これからそうした世代に上がってくる現在の20代、30代の若年層をどう取り込んでいくかが、今後の大きな課題です。

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