“偽陽性”銘柄に、嵌(は)まらないには ⇒ ベイズの定理
大槻奈那の「だからあなたは損をする~
心理バイアスの罠にはまらない技」~第11回
マネックス証券・執行役員チーフアナリスト
東京大学卒業。英ロンドン・ビジネス・スクールにて経営学修士(MBA)を取得。格付け会社スタンダード&プアーズ、UBS証券、メリルリンチ日本証券にてアナリスト業務に従事。2016年1月より現職。名古屋商科大学大学院教授、二松学舎大学客員教授を兼務しつつ、一橋大学大学院・経営管理研究科(一橋ビジネススクール)の博士課程に在籍。ロンドン証券取引所アドバイザリーグループ・メンバー。財務省財政制度等審議会委員、規制改革推進会議委員。最近の趣味は落語鑑賞と旅行、そして不動産実査で宅地建物取引士の資格も保有する。
前回記事「低位株ほど上値余地は大きい? ⇒ 名目株価のイリュージョン効果」を読む
今年の「新語・流行語」の年間大賞には「3密」が選ばれましたが、銀行業界で今年の流行語といえば「地銀の再編」ではないでしょうか。
今年の9月2日に、総理就任前の菅義偉氏が「地銀は将来的に数が多すぎる」と発言し火をつけました。それ以来、再編の組み合わせを予想するような記事やコメントをしばしば見にするようになり、思惑で一部の地銀株の株価は2桁上昇となっています。
こうした"事情通"の再編予想にうまく乗ることができれば、株価上昇の恩恵を受けることもあり得ますが、実際はどうでしょうか。次のような"豪腕アナリスト"の例を基に考えてみました。
そのアナリストは「再編する銀行を、80%の確率で当てられる!」と豪語しており、「地銀AはB社の傘下に入る」とコメントを発表したとします。あなたはこの予想を信じますか?
「80%の確率で再編を当てられる」と豪語するアナリストの的中率は80%?
予想の確度を掴むため、あなたは先の豪腕アナリストに質問しました。すると豪腕さんからこんな答えが返ってきました。
「上場地銀の80行のうち10行が再編するでしょう。ただし、2割くらいの確率で『再編しない銀行を再編する』と間違うかもしれない」。
ちょっと怪しくなってきました。本当にこの地銀AがB社の傘下に入る確率は、豪腕アナリストのいうように、80%なのでしょうか?
答えは「NO」。可能性は80%より、かなり低くなります。では実際に何%なのでしょうか?
答えを示す前に、問題を解くキーワードを紹介しましょう。それは「ベイズの定理」そして「事後確率」です。
「的中率」は事前確率、「偽陽性」は事後確率
通常、確率というと、将来起こることを指します。よく「的中率」という言葉を耳にされると思いますが、これは将来の予想が本当である確率を意味します。つまりある出来事が起きる前の確率で、「事前確率」と言われます。
そして今回のキーワードとなる「事後確率」はある出来事が起きた後で、別の出来事が起こる確率を指し、「条件付き確率」とも言われます。
ベイズの定理は、事前確率と事後確率の組み合わせで、①の出来事が起きた条件の下で②の出来事が起こる確率を計算します。
その計算式は
――です。
「???」ですね。
特に分子の左にある「②の出来事が起きた条件の下で①の出来事が起こる確率」って、「はぁ~」となるでしょう。だって①の出来事が起きた条件の下で②の出来事が起こる確率を計算するのに、その反対の確率を出すなんて、紛らわしいことこの上ありません。
これは尤度(ゆうど)関数というもので、観察された結果から、前提の条件について推測するものです。
でも「???」ですね。
これをわかりやすく理解するものに、今年の新型コロナウイルスのニュースなどでよく聞いた「偽陽性」があります。検査で、病気でないのに病気だと間違った判定をされてしまうことです。
「病気があれば99%の確率でわかる」という検査で「陽性」と判断されても、本当に病気である確率は案外低いということがあります。これは、「病気でなくても、病気だと誤診する場合」が混ざってしまうために起こります。
つまり、99%の精度の検査でも、
病気でない人を「シロ」と100%当てることができない限り、
「偽陽性」が含まれます。
ですから、ある検査で「陽性」だと判定されても、実は陰性なのに誤って陽性とされた「偽陽性」の場合もあるわけです。
くだんの豪腕アナリストが当てる確率は80%の半分以下
地銀の例に戻りましょう。先の豪腕アナリストの場合、再編を心に決めた銀行を80%の確率で当てるといっています。そして、この豪腕さんは、10行が再編すると指摘しました。
これらから10行のうち8行は実際に再編する可能性があります(10行 × 80%)。
しかし、豪腕さんは20%の確率で再編しない銀行を再編すると誤ってしまうことがあると言っています。ということは再編しない70行のうち20%である14行については、「再編しそうだ」と誤ってしまう可能性があります。
「再編あり」を陽性と例えれば、この14行は「再編しないのに再編あり」と判定した偽陽性となります。
なので、豪腕さんが「再編する!」と指摘した銀行Aが本当に再編する可能性は、80%よりはかなり低く、冒頭に示した問の答えは36%になります。計算式は下の図に示した「8÷(8+14)」になります。
■豪腕アナリストの再編予想の的中率を分解
「80%の確率で再編する銀行が分かる」なら、予想に乗ってもいいかもしれませんが、実際は36%と言われると微妙ですね。
このように「当たる確率」に目を奪われて、外すケースの多さを無視してしまうことは意外とあるのではないでしょうか。
今回の「ベイズ定理」は、本連載でこれまで見てきた心理トラップの"バイアス"とは少し毛色が違いますが、同じく誤認しやすく罠に陥りやすいポイントなので、十分理解しておくことが必要です。
では、いくつか個別株の例をみてみましょう。まず、再編が期待されている地銀セクターです。再編の可能性は薄いのに「再編あり」と見られ、既に株価も動意づいているような"偽陽性"銘柄はないでしょうか。
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