次なる「海運株」を探せ
大川智宏の「日本株・数字で徹底診断!」 第72回
智剣・Oskarグループ CEO兼主席ストラテジスト
2005年に野村総合研究所へ入社後、JPモルガン・アセットマネジメントにてトレーダー、クレディ・スイス証券にてクオンツ・アナリスト、UBS証券にて日本株ストラテジストを経て、16年に独立系リサーチ会社の智剣・Oskarグループを設立し現在に至る。専門は計量分析に基づいた株式市場の予測、投資戦略の立案、ファンドの設計など。日経CNBCのコメンテーターなどを務めている。
前回記事「コンシューマ関連に見え始めた変化の兆し、"逆張り業種"で注目するのは?」を読む
菅義偉首相の自民党総裁選への不出馬表明で勢いづいた日本株相場ですが、この上昇劇が始まる前から暴走とも言っていいほどの上昇を見せている株があります。
そう海運株です。TOPIX(東証株価指数)の年初来リターンが14%強に対して、海運株はなんと225%超までに達し、市場平均の15倍近い上昇率を誇っています。その勢いはまだ止まりそうにありません。
高パフォーマンスの要因を海運各社の決算報告資料から探ると、コロナ禍からの回復期待やワクチン普及に伴って世界的な商品需要の回復の流れが発生し、船舶不足になるほどの海運需要の増加、そして運賃の急騰が起こったことが大きいようです。
加えて、近年積極的に対応してきたコスト削減の成果も出たとのことです。何にしてもコロナ禍からの脱却に先駆けた世界的な海運需要の特需的な増加が最大の要因と言えそうです。
実際に、代表的な国際海運価格の参考指標であるバルチック海運指数は足元で急騰を続けており、それに連動するように東証1部の海運株指数も急騰を始めた経緯があります。
海運株指数は過去に現水準より2倍以上の水準を付けたこともあるうえ、一旦動意づくと一気に上昇する傾向があります。これらから、「まだアップサイドは大きい」と考える投資家が関連銘柄の株価を押し上げている可能性は高いでしょう。
■バルチック海運指数と東証一部海運株の推移
出所:データストリーム。注:8月末時点
では、現在の海運株の上昇ポテンシャルを、アナリストのコンセンサス予想を用いて定量的なファンダメンタルズの観点から見てみたいと思います。
以下は、過去20年間の東証1部海運株指数の株価と12カ月先予想EPS(1株当たり当期純利益)の推移になります。現在の海運株への期待が、どれだけ強烈な「お祭り」状態にあるのかが理解できると思います。
■東証一部海運株指数と同指数の12カ月先予想EPSの推移
出所:データストリーム。注:8月末時点
前述の通り、今年に入り海運株全体は225%増(3.2倍)という暴騰をしていますが、2007年に付けたピーク時との比較ではまだ半値戻しの状況です。一方の予想EPSは過去20年間のピークを大きく突き抜けており、株価を超える伸びを見せています。
海運をはじめとした市況関連の銘柄は、前回の金融危機以降10年以上にわたって「万年割安株」の代表選手のように語られてきました。しかし、過去の利益水準の動向と株価の最高値から見れば、海運株の上昇期待が高くなるのも必然なのかもしれません。
この上昇ポテンシャルについて、過去20年間の株価・利益予想のピークを揃えたイメージで表せば、以下の図のような形になるでしょうか。
■海運株の上昇ポテンシャルのイメージ
出所:データストリーム
過去最高水準を大きく超えた利益見通しに株価が呼応するだけでも、十分な上昇余地が存在すると考えられることになります。
もちろん、商品市況は見通しが急変しやすく、この利益予想が一転して急落する可能性も決して低くはありません。しかし、現在与えられている情報からは「しばらく上昇が続いてもおかしくない」という見解になるでしょう。
海運株の上昇ポテンシャルの構図から見た次の候補は
ここまでが海運株の話ですが、今回の本題は海運株を推奨することではありません。ここからは「海運もいいけれど、他に似たような動きを見せる可能性のある株はないのか」という観点を基準にして分析をしていきます。
基本的には、先の株価と予想EPSの推移で、最高値からの現値の格差が大きい、つまりEPSの切り上がりに対して株価の劣後が大きい対象を抽出していくことを目的とします。手法とコンセプトは、以下の図の通りです。
■上昇ポテンシャルの定義
出所:智剣・Oskarグループ
これだけ利益見通しが急回復しているなら株価も!
大まかに説明すると、
・ | まず過去20年間の株価、予想EPSの最高値から現在値までの変化率を計算します。 |
・ | そして、この両者の差分(予想EPSの変化率-株価の変化率)を上昇ポテンシャルと定義します。平たく言えば、株価、予想EPSのそれぞれが最高の状態であった時点からの変化の大きさの違いです。 |
たとえば、株価の最高値が1000円、現在値が500円、予想EPSの最高値が100円、現在値が90円とします。
その際、株価の最高値からの変化率は▲50%、予想EPSの変化率は▲10%となり、▲10%-▲50%=40%をその銘柄の上昇余地とします(▲はマイナス)。
利益の戻りに対して株価の戻りが鈍い、という考え方です。もちろん、利益が最高値をつけるタイミングの前後で株価も最高値を付ける(つまり利益に呼応した株価プレミアムが乗る)とは限りません。
しかし、前述のようにここでは難しい話は一切抜きにして、「これだけ利益見通しが急回復しているのだから、株価もそれに付いて来てもいい」という極めてシンプルな論理で対象を抽出していきます。
ただし、この方法だけでは、利益見通しが過去の水準の中で高いレベルにまで回復していたとしても、すでに足元で回復がピークアウトしていたり、直近は軟調な推移を見せ始めたりしている対象を排除できません。
そこで、直近1年間の予想EPSのトレンドも同時に確認します。具体的には、
1年前から6カ月前までと、
直近半年は少し刻んで6カ月前から3カ月前、
および3カ月前から現在
――までの3つの期間で予想EPSが順調に切り上がっていたのかを見極めることで、好調なトレンド継続の信頼性を高めるファクターとします。
上昇ポテンシャルが高い10業種はこれ
それでは、まず実際に業種から見てみたいと思います。以下は、上昇ポテンシャルの上位10業種です。業種分類は東証33業種を使用しています。また、直近で赤字予想となっている空運は対象から除外しています。
■上昇ポテンシャル 上位10業種
順位 | 業種 | 最高値からの 乖離率 | 上昇 ポテン シャル (A-B) | 予想EPS 変化率 | 参考: 年初来 リターン | |||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
A 株価 | B 予想 EPS | 1年前~ 6カ月前 | 6カ月前~ 3カ月前 | 3カ月前~ 現在 | ||||
1 | 海運 | ▲53% | 0% | 53% | 2668% | 116% | 135% | 197% |
2 | 証券・先物 | ▲69% | ▲26% | 43% | 9% | 14% | 1% | 13% |
3 | 不動産 | ▲40% | 0% | 40% | 11% | 6% | 6% | 13% |
4 | 非鉄 | ▲45% | ▲10% | 34% | 77% | 26% | 9% | 4% |
5 | 紙・パルプ | ▲33% | ▲0% | 33% | ▲3% | 15% | 6% | 5% |
6 | その他金融 | ▲52% | ▲21% | 32% | 10% | 2% | 5% | 14% |
7 | 銀行 | ▲72% | ▲41% | 31% | 8% | 6% | 10% | 21% |
8 | 保険 | ▲31% | ▲0% | 30% | 10% | 5% | 2% | 15% |
9 | 鉱業 | ▲77% | ▲47% | 29% | 255% | 27% | 17% | 31% |
10 | 電力・ガス | ▲70% | ▲42% | 28% | ▲11% | ▲12% | 6% | ▲2% |
やはりというか、1位は断トツで海運となります。
次いで、証券・先物、不動産、非鉄と、景気敏感業種の代表選手が名を連ねます。特に海運は予想EPSの変化率も群を抜いてます。直近3カ月だけでも100%以上の切り上がっており、もはや手の付けられない状態になっています。
5位には紙・パルプが入ってきますが、同業種は直近の予想EPSの変化が不安定です。まだ本格的な回復、上昇トレンドに乗っているとは言い難いでしょう。
また、年初来リターンを見ても、海運は前述の通り誰が見ても恐ろしい上昇率ですが、証券・先物や不動産はTOPIX並み、そして非鉄は低いリターンに抑えられています。その他金融、保険などもそれほど過熱感はなさそうです。
上昇ポテンシャルが低い業種は陸運、サービス、機械……
続いて、一応上昇ポテンシャルの下位業種についても、数字が低い順に同様に見てみます。
最下位は陸運、次いでサービス、機械、化学と続き、ここまでは上昇ポテンシャルがマイナスとなります。つまり、最高の状態の利益見通しと現在を比較した場合、株価も同様に考えれば上昇する可能性が乏しい業種ということになります。
陸運はコロナ禍の最大の被害者であるため仕方ないにしても、機械や精密、電機機器や卸売などの景気敏感業種が入ってくるのには意外感があります。
ただし、これらの業種は表の通りに株価、予想EPSともに過去最高値を更新し続ける水準で推移しているだけであり、ある意味で真っ当に業績見通しが評価されている途上にある状態と思われます。
逆に考えれば今回の観点からは、海運のような「ミスプライスは発生していない」ことにもなるため、今後大化けする可能性は低いと言えるかもしれません。
■上昇ポテンシャル 下位10業種
順位 | 業種 | 最高値からの 乖離率 | 上昇 ポテン シャル (A-B) | 予想EPS 変化率 | 参考: 年初来 リターン | |||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
A 株価 | B 予想 EPS | 1年前~ 6カ月前 | 6カ月前~ 3カ月前 | 3カ月前~ 現在 | ||||
1 | 陸運 | ▲21% | ▲58% | ▲37% | ▲19% | 34% | 14% | ▲0% |
2 | サービス | 0% | ▲8% | ▲8% | 11% | 8% | 10% | 14% |
3 | 機械 | ▲3% | ▲9% | ▲7% | 43% | 15% | 9% | 8% |
4 | 化学 | ▲5% | ▲11% | ▲6% | 20% | 11% | 10% | 4% |
5 | 精密 | ▲0% | 0% | 0% | 24% | 11% | 10% | 16% |
6 | 金属製品 | ▲17% | ▲16% | 1% | 27% | 12% | 7% | 14% |
7 | 電気機器 | ▲2% | 0% | 2% | 27% | 14% | 9% | 14% |
8 | 卸売 | ▲3% | 0% | 3% | 35% | 18% | 14% | 18% |
9 | ゴム製品 | ▲16% | ▲14% | 3% | 46% | 12% | 7% | 45% |
10 | 輸送用機器 | ▲10% | ▲4% | 6% | 104% | 18% | 13% | 19% |
上昇ポテンシャルの高い個別銘柄をみていくと
ここまでくれば、最後は同様の方法で個別銘柄を抽出するだけです。母集団は東証1部上場銘柄とします。
個別銘柄となるとやや対象銘柄数が多くなるため、
上位銘柄は
上昇ポテンシャルが30%以上かつ過去1年間の予想EPS変化率が3期間とも10%以上
下位銘柄は
上昇ポテンシャルおよび予想EPS変化率が3期間ともにマイナス
――として条件を設定します。これによって上位銘柄は29銘柄、下位銘柄は13銘柄が該当しました。
まずは、上位銘柄の一覧です。
※当該情報は、一般情報の提供を目的としたものであり、有価証券その他の金融商品に関する助言または推奨を行うものではありません。
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