武者陵司「“米国衰退論”誤りのみならず罪作り」

市況
2022年4月19日 11時40分

―世界の民主自由主義秩序は再構築される―

●プーチンの勝利は無くなった

ウクライナ戦争勃発以降、連日報道される悲劇の連続に気が重くなる。が、だからと言って世界の将来を悲観するべきではないだろう。ウクライナ戦争でプーチンが勝利する可能性はない。短期決戦での決着に失敗し、長期化すればするほど不利になる。戦争コストが高じ、ロシア軍の残虐性に対する国際批判は高まり、経済制裁がもたらすロシア国民の生活の悪化と死傷者の増加により厭戦機運は高まらざるを得ない。他方、ウクライナ側は国際世論の支援と米国・NATO(北大西洋条約機構)諸国の軍事・経済支援、高まる士気により抵抗力を増していくだろう。プーチンは最善でもメンツを保つ休戦に応ぜざるを得ないだろう。

ロシアは、経済弱体化と政治的プレゼンスの低下を余儀なくされる。密かにロシアを支援する中国も不動産バブルのピークアウト、新型コロナ感染の再拡大による経済の減速、輸出先である欧米での対中批判の高まりなどにより、経済情勢は困難化していく。国連内では南アフリカやブラジルがロシア非難に及び腰であるが、そうした趨勢が力を増すとは考えにくい。

●世界リセッション回避、米国株式は大底を付けた可能性

先走りとの批判は覚悟の上での推論だが、最終的には米国に有利な決着となる可能性が高いのではないか。そもそもロシアの経済規模は世界GDP(国内総生産)の1.7%程度と小さく、この戦争そのものが世界経済を揺るがすものとはなりにくい。唯一ロシアからの原油、天然ガス、石炭の供給減による価格の高騰、小麦価格の高騰がもたらすインフレが懸念されるが、それも心配されたほどcatastrophic(破滅的)ではないようである。原油、ガスのロシアからの全面的禁輸が回避されていること、米国のシェールガス増産など、代替供給源へのシフトが1~2年内には大きく進むこと、エネルギーインフレに対して各国ともリフレ策で対応していくと見られること、などが想定される。

米国株式市場の最大の懸念要因は、戦争というよりは、インフレの高進と金融引き締めの行き過ぎによるオーバーキルであるが、それは何とか回避される可能性が大きい。米国の3月CPI(消費者物価指数)は前年比8.5%と40年ぶりの上昇率となったが、原因の多くは供給体制の制約による一過性のものなので、今年後半にははっきりピークアウトしていくだろう。供給に原因があるインフレに対して、金融や財政の引き締めで需要を抑える政策は誤りである。このことは米国政府、FRB(米連邦準備制度理事会)、市場のコンセンサスとなっているので、オーバーキルは回避されるだろう。米国株価は、ウクライナ侵攻直後の急落で大底をつけた可能性が高い。湾岸戦争時の事例のように、戦争勃発直後が株価の大底という過去の経験が今回も当てはまりそうである。

●米国国力の圧倒的優位

そうなると、米国の圧倒的優位性が浮かび上がってくる。米国は世界最大の原油・ガス産出国かつ純輸出国である。エネルギー価格の上昇は、国全体ではマイナスではない。また、トウモロコシ、小麦、大豆など世界最大の穀物輸出国でもある。実際、S&P500株価指数が年初来7.8%下落している中で、エネルギーセクターの株価は43.7%、農産物セクターは43.4%と突出して上昇している。

製造業の衰退が強調されるが、先端産業での競争力は圧倒的である。中国を除く世界のインターネット・サイバー空間を米国のFANGM5社が支配しており、その技術力イノベーションの力は他国を寄せ付けない。

また、基軸通貨ドルを通して世界の金融を支配している。ロシアはそのくびきから逃れるために人民元と金保有を大きく高めたが、米、欧、日、英の中銀の連携によりその外貨準備の約半分は凍結されてしまった。

米国の7782億ドルの軍事予算は、世界第二位の中国の3倍、ロシアの10倍と圧倒的(2020年)で、正面対決すればどの国も敵ではない。世界大戦への展開を回避するために正面からウクライナ支援をしていないが、それは米国が弱いからではない。

批判はあるものの、米国は世界最強の民主主義国、人権尊重国であり、大半の避難民が望む最後の目的地は米国である。そこには他国にはない機会と夢がある。米国の政治リーダーの中には驚くほど東欧からの難民やその子弟が多い。

●中ロの跳梁は“力の空白”を生んだ米国外交の失敗、米国力の低下ではない

この米国が衰退しつつある大国であるかのイメージで捉えられ、それを信じたプーチンがウクライナに侵攻したり、習近平が覇権挑戦を試みたりしているが、それはシンプルに間違いである。米国の地政学的プレゼンスの低下は、対テロ戦争が手詰まりになったことから始まった。オバマ氏が核廃絶を標榜し、世界の警察官をやめると宣言したことで、「力による外交」を放棄したと誤解された。続くトランプ政権はアメリカファーストを唱えて自国中心主義に回帰し、昨年バイデン政権が何も得ないままにアフガンから撤退したことで、世界に大きな力の空白が生まれたことに疑いはない。

習近平の南シナ海専横も、プーチンのウクライナ侵攻もそれにつけ入ったものであることは明らかである。それは米国外交の失敗であるが、米国の力の低下によるものではない。

●ウクライナ戦争は世界リベラルデモクラシー秩序再構築の突破口に

ウクライナ戦争により、より大きな脅威が誰の目にも明らかになり、米国国内の保守派対左翼リベラルの対立は小異であることがはっきりした。今年11月の中間選挙などを経て、理想主義リベラルに偏った米国世論は、再び現実主義に振れていくだろう。ドイツのパシフィズム(平和主義)からの転換、フィンランド、スウェーデンのNATO加盟意向など、自由民主世界のベクトルも揃っている。力による現状変更を許さない世界秩序の再構築に向けて、かつてなく求心力が高まるのは必至である。

世界の自由主義秩序に疑問符を挟んだり、中ロのような米国衰退説を唱えることは、正しくないし、望ましい態度でもないことを強調しておきたい。

(2022年4月18日記 武者リサーチ「ストラテジーブレティン303号」を転載)

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