大山季之【米国株マーケット・ビュー】―エヌビディアに続く、「1兆ドルクラブ」誕生へ <新春特別企画>
「エヌビディアに続く、米国企業8社目の『時価総額1兆ドルクラブ銘柄』誕生なるか」
◆“適温相場”が続く米国株市場、S&P500がさらに上放れする条件は
昨年末にかけ、NYダウが史上最高値を更新し、S&P500 も高値更新を目前にするなど急上昇した米国株式市場。だが、秋からのマーケットをひと言で言い表すと、非常に穏やかな“適温相場”だったと言える。秋口に懸念された様々なリスク、米政府機関の閉鎖や、UAW(全米自動車労連)のストライキなどの問題がいったん収まり、インフレが鎮静化してきて消費も堅調。実際、VIX指数は年末ラリーで上がったとは言え、まだ12ポイント台とコロナ前の2020年1月以来の低水準だし、信用リスクの高まりを示すハイ・イールド債スプレッドや、世界景気の先行きを示すOECD景気先行指数といった指標を見ても、非常に安定している。
そうした流れの中で、23年最後のFOMC(米連邦公開市場委員会)が開催されたわけだが、市場は「FRB(米連邦準備制度理事会)がハト化した」という印象を抱いたはずだ。当局は追加利上げの可能性を排除しないと言いながら、パウエル議長の記者会見、経済見通し、ドットチャートを見ると、全会一致で景気に配慮する姿勢に転換し始めたことを感じた。特に24年末の金利見通しでは、中央値4.6%よりも低い金利予測をしている会合参加者が19人中5人もいたのだから。
パウエル議長も正面からは言わないが、当局は、物価が低下する中で金利を据え置くと実質金利が上昇してしまうことを分かっているし、望んでいない。だから金利を引き下げて実質金利が上昇しすぎるのを防ごうとしているのではないだろうか。市場参加者が、FRBのスタンスが景気配慮、市場後追いに変わってきた‥と気がついたので株価が上昇した気がする。
では、今年の米国株市場はどう動いていくのだろうか。まず、市場関係者の意見が一致しているのは、4~6月期あたりまでは米国景気がスローダウンするだろうということだ。昨年のこの時期もそうした声が上がっていたのだが、なぜ、今年になってスローダウンするのかというと、FRBの金利政策は、例えて言うならエアコンのようなものだからだ。景気が過熱して、インフレが進んだら、それを冷やすために金利を上げ、景気が鈍化してインフレが収まれば金利を引き下げる。だが、エアコンと違うのは、スイッチ一つで効果がすぐに表れるような簡単なものではないことだ。
振り返ってみると、21年後半に始まった歴史的なインフレに対して、22年5月以降、FRBも前例がないスピードの利上げで対抗しようとしたが、インフレは収まらず、景気も過熱したままだった。だから23年に入ってもエアコンのスイッチを緩めず、シリコンバレー銀行など金融機関の破綻という副作用を生みながらも7月まで金利を上げ続けた。そして、エアコンのスイッチを切り替え、送風状態を続けた結果、ようやく空調が効き出した。
実際、GDP予測値の正確さに定評があるアトランタ連銀の「GDPナウ」を見てみると、昨年7~9月期の実質GDP成長率が前年比5.2%であったのに対して、10~12月期は2.3%へと減速している(23年12月22日現在)。米国景気のスローダウンはすでに始まっているのだ。そして、この状態が来年前半までは続く、というのが市場関係者のコンセンサスになっている。
そうしたマクロの経済状況を見てみると、昨年末まで順調に上昇してきたS&P500の株価は、「いっぱい、いっぱい」の状態だ。バリエーション面でもPERが19倍台と、今年の景気見通しを考慮すれば、これ以上、上昇するとは思えないが、といって悪材料もないので、しばらくは高値圏でもみ合うのではないだろうか。
また、昨年秋以降の金利低下、株高の局面では、S&P500がラッセル2000にパフォーマンスで負ける展開が続いたが、大型株が中小型株に割り負けしたことは、物色対象が横に拡大したということでもあるので、ある意味で“健全”だとも言えるのではないだろうか。24年も物色対象が拡大し、ラッセル2000のパフォーマンスが維持できるかどうか‥。筆者は、今年の米国株式市場では、“物色対象の拡大”が大きなカギになると考えている。
もし、株価がさらに上抜けるとすれば、カギを握るのはやはりFRBの動向だ。昨年11月にタカ派で知られるクリストファー・ウォラー理事が利下げを示唆する発言をし、「ウォラー・ピポッド(政策転換)」とマーケットが好感したことによって一気に株高が進んだ。同様に、もしFRBが、現時点で市場が織り込んでいる、「0.25%、年5回から6回」というペース以上の利下げに踏み切るようなサプライズを生み出せば、一気に株価が上昇するかもしれない。
◆生成AIブームに沸くビッグ・テック決算の見方
ところで、23年の上昇相場は、GAFAMをはじめとしたビッグ・テックや先端半導体メーカーがけん引したことは間違いない。22年の暴落を受けて、年初から各社がリストラに取り組んだことが一つ。そして、もう一つは言うまでもなく、“生成AI”ブームによるところが大きい。
生成AIが今後、どのような社会を築いていくのかはまだ具体的には見えないが、株式マーケットの視点から見て一つ確かなことは、当面は、AI半導体の需給がアンバランスな状態が続くということだ。ただし、23年はエヌビディア<NVDA>の一人勝ちと言われていたが、そうした「ウィナー・テイクス・オール(勝者総取り)」の状態が続くとは思えない。
昨年12月7日に独自のAIチップを発表したアドバンスト・マイクロ・デバイシズ<AMD>はすでに大口顧客が付いていて、エヌビディアのチップとそん色ない性能だというし、現時点では大きく出遅れているインテル<INTC>も、どこかでキャッチアップするかもしれない。
今年、大きく化ける可能性があるのはどこかと言えば、昨年9月に上場したアーム<ARM>だって面白い。一部では生成AIは一過性のブームだという見方もあるが、アームに対する孫正義さんの投資額を考えれば、1年か2年で回収できる額ではない。設計に特化した同社がどこかで一気に爆発するタイミングが訪れても不思議ではない。
一方、生成AIをサービスに取り入れるビック・テック各社では、クラウド大手のアマゾン・ドット・コム<AMZN>、マイクロソフト<MSFT>、アルファベット<GOOGL>が本命だろう。中でもやはり、オープンAIへの出資で先行し、昨年11月20日にオフィス・ソフトに「ChatGPT」を組み込んだ「コパイロット」を発表したマイクロソフトに買い安心感がある。誰もが使っているオフィス・ソフトに生成AIが入ってくるのだから、今回の生成AIのムーブメントを象徴するサービスとなるかもしれない。この製品が消費者にどう受け止められているのか。1月に発表される同社の中間決算では、クラウド部門の業績とともに、ソフトウェア部門の業績変化にも注目したい。
メタ・プラットフォームズ<META>はメタバースから完全に撤退するのかどうか。22年の失敗から、必死にリストラをして昨年は立ち直ってきたが、同社はいまやGAFAMで唯一、創業者がトップに立っている企業で、経営のスピード感は他社に勝っている。ザッカーバーグ次第だが、ひょっとしたら今後、先行各社を急速にキャッチアップしていくかもしれない。
生成AIをテーマとすれば、GAFAMの中で唯一、例外なのはアップル<AAPL>だ。業績も順調だし、株価も足もとでは上昇基調だが、同社の決算ポイントで見るべきなのは、昨年秋に発売した新型アイフォンの売れ行きがどうなっているかに尽きる。正直、個人的には生成AIに懸ける各社と比べて夢が無いと感じる。
◆ヘルスケアの新星、イーライ・リリー躍進
ハイテク以外で、いま、マーケットの話題を集めているのは、23年11月8日に肥満症治療薬「ゼップバウンド」がFDA(米食品医薬品局)に正式承認されたイーライ・リリー<LLY>だ。同社は昨年、製薬業界で初めて時価総額が5000億ドルを超え、ユナイテッドヘルス<UNH>を抜いてヘルスケア業界トップに立ったが、今後、GAFAM、テスラ<TSLA>、エヌビディアに続いてアメリカ企業としては8社目の「時価総額1兆ドルクラブ」入りすることができるかどうか、注目されている。
もともとは他の製薬企業と同様に、がん治療薬など免疫分野の研究・開発に注力していたが、この分野は競争がし烈。そこで同社は、実は患者数が莫大にもかかわらず、競合他社が見過ごしていた糖尿病や肥満症、アルツハイマーといったより生活に密着した分野に重点を置いて、新薬開発に成功してきた。
株価は5年前の100ドル超の水準から右肩上がりの上昇を続けていて、23年も年初の366.36ドルが600ドル近い水準まで上昇している。バリュエーション的にはPERが84倍台と低くはないが、ご存じの通り、多くのアメリカ人にとって肥満症は切実な問題。FDAによるとアメリカ人の70%が肥満症の疑いがあるというから、潜在市場は莫大だ。一説によると2030年の世界市場規模は約770億ドル(約11兆円)と言われ、今後の市場拡大を考えれば、決して割高ではない。
ヘルスケア・セクターがハイテク・セクターに代わる有望セクターと言われ続けてきて久しいが、ひょっとしたら、今年はそれが具体化するかもしれない。製薬企業では、新型コロナ治療薬で注目を集めたモデルナ<MRNA>やファイザー<PFE>の株価が一時急騰したが、21年末にピークアウトして半減。ウォール街の関心は、肥満症治療薬の分野に移っている。同社に先んじて「ウゴービ」の商品化に成功していたノボ・ノルディスク<NVO>の株価も1年で50%以上上昇している。今後の競争激化も予想されるが、ファイザーが12月1日に臨床試験の失敗で新薬の開発中止を発表して株価が急落するなど、現時点では明暗を分けている。
そんな中、イーライ・リリーが本命視されているのは、いま実用化している肥満治療薬が注射型であるのに対して、同社が今後、口から服用する経口薬を扱う可能性があるからだ。実は肥満症経口薬の研究・開発主体は日本の中外製薬 <4519> [東証P]で、中外製薬とイーライ・リリーは提携関係にある。そして、日本と比べて圧倒的に大きいアメリカ市場への販売権はイーライ・リリーが持っている。薬局で飲み薬を簡単に買えるようになれば、爆発的に市場が拡大することは間違いないのだ。
23年12月30日の時点で、同社の時価総額は世界第10位の5531億ドル。1兆ドルへの道は遠いと思うかもしれないが、決して不可能だとは思わない。もちろん、製薬企業ならではの死角もある。製薬業界には、一度取った特許の期限が切れると、後発薬が出てきて売上げが激減する「パテントクリフ」の問題を抱えている。だから継続的に売上げを伸ばそうと思ったら、絶えず、新薬を生み続けなければならない。だが、売上高に占める開発費の比率が高く、アメリカでもトップクラスの研究・開発重視企業と言われる同社なら、イノベーションを起こし続けられるのではないか。そんな期待が持てるし、個人的には楽しみで仕方がない。
◆マクロの視点で注目したい5銘柄
ともあれ、今年の米国株市場は、昨年同様に生成AI、先端半導体が軸になり、そこにヘルスケアがどう加わっていくかが焦点になる。前半は失速する米国景気も、後半には持ち直すと見られているが、やはり難しいのは大統領選だ。トランプは「アメリカで石油を生産する」なんて言っているが、だからと言って石油メジャーを買えばいい、とは言えないし、こればかりは事態の推移を見ながら、投資戦略を立てていくしかないだろう。
最後に個別株ではないが、マクロの視点で私が注目している銘柄を5つ挙げてみたい。それは、債券型のETFだ。これまで書いてきたように、今年のアメリカ経済は、金利低下が確実視されている。金利が下がれば債券価格は上がる。当然の理屈だが、意外と見落とされている。個別株のような夢はないが、合理的な投資対象ではないか。
・iシェアーズ米国国債20年超ETF<TLT>
・バンガード米国長期債券ETF<BLV>
・バンガード超長期米国債ETF<EDV>
・SPDRポートフォリオ米国長期社債ETF<SPLB>
・ウィズダムツリー米国債券ファンド(利回り強化型)<AGGY>
いずれも米国債や信用力の高い社債を中心に構成されたETFで、チャートを見れば、すでに底打ちしているが、まだ遅くはないはずだ。
もし、これから米国株へ投資をするなら、一つだけ確かなことは、米国株は日本株と比べて値動きが“素直”だということ。もちろん、米国株でも中小型株の中には、日本の仕手株のように短期トレーダーが集まり、値動きが激しいものもある。だがこうした銘柄は例外で、日本の証券会社で普通に取引できるような銘柄なら、流動性も十分に確保されているし、株価は基本的にはファンダメンタルズで動く。理不尽な値動きはしないが、だからこそ、日本株以上に、マクロのマーケット分析とミクロの企業分析の双方が重要になる。
いずれにせよ米国株には、ここで挙げた2つのセクターのように、「世界の人々の生活を変える」と思えるような夢のある投資対象が存在する。残念ながら、日本企業にこうしたスケールのイノベーションを感じる銘柄があまり無いのだから、もし、米国株に投資をしたことがない人がいるのなら、せめて資金の一部だけでも米国株に投資することをお勧めしたい。
◇大山季之(おおやま・のりゆき)
松井証券マーケットアナリスト
1994年慶應義塾大学卒業後、国際証券(現三菱UFJモルガン・スタンレー証券)に入社。2001年ゴールドマン・サックス証券、10年バークレイズ証券、12年から金融コンサルを経て現職に至る。これまで、機関投資家向け株式営業を中心に、上場企業へのファイナンス提案、自社株買い、金融商品組成などに関わる。現在は松井証券のマーケットアナリストとして、米国のマクロ経済分析や企業、セクターの分析等を行う。
★元日~4日に、2024年「新春特集」を一挙、"27本"配信します。ご期待ください。
株探ニュース