半導体セクターに地殻変動、AI相場第2章は始まるのか<今中能夫の米国株ハイテク・ウォーズ>

特集
2024年10月23日 10時00分

◆明暗を分けたASMLとTSMCの決算

これから本格化する決算シーズンを前に、まず、先週発表された半導体大手2社の決算について触れておきたい。10月15日に当初の予定を前倒しして発表されたASMLホールディング<ASML>の2024年7-9月期決算は、受注額が前四半期から半減し、25年12月期のガイダンス(業績予想)を従来予想から引き下げたため、市場にネガティブ・サプライズをもたらした。翌日の会見での同社のコメントによると、AI(人工知能)向けは相変わらず好調だが、その他の分野、特にスマートフォンとパソコン向けに勢いがなく、中国向け露光装置の売上高が来期に向けて減少する見通しだという。

これには大きく二つの要因があって、中国向け売上高については、2024年4-6月期では同社のシステム売上高(ハードウェア売上高)の49%、7-9月期では47%を占めていたのが、2025年12月期には全売上高の約20%になるという。筆者の試算では、中国向けは2024年12月期の約100億ユーロから2025年12月期は約65億ユーロまで減少することになる。背景にあるのはアメリカの対中規制強化の流れだ。中国の半導体メーカー各社が、半導体製造の特に前工程の製造装置を、規制がかかる前にできるだけ大量発注したことによって需要を先食いした結果、これ以上の売上高は望めない状態になったのだ。

そしてもう一つは、台湾積体電路製造(TSMC)<TSM>、サムスン電子などの大手半導体ファウンドリーがEUV(極端紫外線)露光装置の発注を延期した模様であることだ。ASMLによると2社以上の顧客が7-9月期にEUV露光装置の発注を延期したという。理由はスマートフォンとパソコンの市場に勢いがないということだが、具体的にはiPhoneの売れ行きへの懸念が要因だろう。今年9月に発売された新型の「iPhone16」の売れ行きについては、アナリストの間でも意見が割れていて、正確なところはアップル<AAPL>の24年7-9月期と10-12月期の決算内容を見てみないと分からないが、私が調べた限りでは、どうやら期待ほどの販売状況ではないようだ。

続いて10月17日に発表されたTSMCの24年7-9月期決算は、ASMLとは対照的に業績もガイダンスも良く、市場が期待した以上の好決算となった。同社によると、エヌビディア<NVDA>向けのAI半導体とともにアップル向けの3nm(ナノメートル)半導体の販売状況も好調だったとのことだが、これはすでに発売されている「iPhone16」用の半導体が売れたためだ。今年9月発売の「iPhone16」と来年9月に発売されるであろう新型iPhoneの販売状況によっては、2025年末から量産が始まる2nm半導体の設備投資には慎重にならざるを得ない。2nm半導体の第一弾は2026年9月に発売される見込みの新型iPhoneに搭載されると思われるが、今年から25年にかけてのiPhoneの売れ行きが2nm半導体の設備投資計画を左右する可能性があるのだ。これがASMLの受注減の原因の一つではないかと思われる。

◆半導体セクターのパラダイムシフトが進行

両社の決算を見て感じるのは、AIの時代に入り、これまでの半導体セクターへの見方を変えなければならないのではないかということだ。従来は、半導体の発展イコール微細化だった。微細化が進んで高性能になればなるほど半導体の単価も上がり、製造装置を含む半導体各社の業績は拡大していった。だから、EUVという微細化で最先端の露光技術を世界で唯一持つASMLと、最先端の製造技術を持つTSMCの業績は連動していたわけだ。

だがAIの時代に入って、この図式が崩れ始めている。と言うのも、近年の半導体の微細化をリードしていたのはアップルの「iPhone」だった。ところがいま、需要が爆発しているAI半導体は、微細化とは違った部分での技術革新が求められているからだ。

例えば25年から本格的に出荷が始まるエヌビディアの最先端AI半導体、「ブラックウェル」はTSMCの4nmラインで生産されている。4nmは5nmの拡張版なので、微細化という点では一世代前の技術だ。微細化に代わって技術革新が進んでいるのは、ウェハ処理や検査が難しい「ダイ」(半導体チップ)の大きな半導体を生産する技術、HBM(多積層メモリー)を生産する技術、GPU(画像処理半導体)とHBMをパッケージに組み込む技術などで、半導体製造工程ではこれまで比較的設備投資が軽かった後工程が重視されている。「ブラックウェル」はGPUなどのロジック半導体に8層のHBMを組み込んでつくられるのだが、この工程では最先端ではないが複合的な技術が必要になってくる。いまのAI半導体は、微細化以上にこのような工程の技術革新のニーズが高まってきているのだ。

◆サムスン、インテルが脱落し、半導体製造はTSMCの一強体制に

と言っても、長いスパンで見れば半導体の微細化という流れが止まったわけではない。アドバンスト・マイクロ・デバイセズ(AMD)<AMD>はエヌビディアに先駆けて25年から3nmのAI半導体の製造を開始する予定で、エヌビディアも26年の出荷を目指している「ブラックウェル」の次の世代のAI半導体、「ルービン」には3nmのチップを採用する可能性がある。そうなると、両社から製造を委託されるTSMCは、改めてASMLのEUV露光装置の発注を増やしていくはずだ。

AIの時代は、これまでのようにスマートフォン向けのロジック半導体だけが最先端半導体の用途ではなくなるかもしれない。実はこれまでは、TSMCの最先端半導体製造ラインを生産初期はアップルが独占していたため、他社は不満を募らせていた。サムスン電子も3nmまでの量産化に成功したと言うが、TSMCと比べれば歩留まり率がなかなか向上しない。インテル<INTC>は微細化では大きく出遅れている。ASMLの受注減にはこの2社の不調も絡んでいるのかもしれないが、いずれにせよ、現時点で最先端の半導体を量産する技術を持っているのは、TSMCだけだからだ。

したがって中長期的に見れば、微細化技術の重要性には変わりがないと思われるが、それが全てではない状況になるかもしれないのだ。そして、最先端ラインの顧客はアップルだけではなく、AMDなど他の半導体ファブレス・メーカーへと分散されていくだろう。ただし、AI半導体は企業向けが中心で、最先端ライン以上の高い生産性が必要なので、最先端から1世代前のラインを使う状況は今後も続くと思われる。このようなことが今回の決算でおぼろげに見えてきたわけだ。

◆対照的なマイクロソフトとアマゾンのAI戦略、現時点での勝者は?

次に、間近に迫ったハイテク各社の24年7-9月期の決算の注目点を見ていこう。前提として言えるのは、TSMCの決算でも明らかになったように、エヌビディアのサーバー向け、大企業向けAI半導体の需要は引き続き旺盛で、TSMCによる大量生産が続いている、ということだ。そしてこれから始まる各社の決算発表では、顧客側のハイテク企業が、どう収益に結び付けているのか、そしてAIのトレンドがどのように変化しているのかを確認する場になるだろう。

まずマイクロソフト<MSFT>、アマゾン・ドット・コム<AMZN>、アルファベット<GOOG>のクラウド大手3社の中では、特に生成AIに関しては対照的な戦略を採っているマイクロソフトとアマゾンの業績を比較して検証するのが分かりやすい。

オープンAIの「Chat(チャット)GPT」を主体にサービスを提供しようとするマイクロソフトの「アジュール」と、オープンAI以外の様々なAIスタートアップ企業の生成AIを揃え、自由にカスタマイズできるプラットフォーム「アマゾン・ベッドロック」をサービスの中心にするアマゾンの「AWS(アマゾン・ウェブ・サービス)」。今年に入ってからの四半期決算を見てみると、生成AIで先行したはずのマイクロソフトの業績の伸びが、年初の市場の期待に届いていない。

一方の「ベッドロック」は、開発者やクリエイターたちの評判が非常にいい。来期にはいま、各社が開発中の生成AIのベータ版(試作品)が続々と出てくると思われるが、今回の生成AIのような大きなイノベーションでは、情報システムの開発者たちは一つの方法だけではなく、様々な方法を試してみたいと考えるものだ。そう考えると「チャットGPT」をメインに推しているマイクロソフトは分が悪いかもしれない。次の決算で、ポジティブサプライズが出るかどうかが注目点だ。

そしてアマゾンではもう一つ、マーケットが期待していることがある。前回、24年4-6月期決算では肩透かしに終わった自社株買いの発表があるかどうかだ。5月に空前の規模の自社株買いを発表したアップル同様、もしアマゾンが大きな規模の自社株買いに踏み切れば、それだけで市場に大きなサプライズを与えるはずだ。

アルファベットの決算の見どころは、同社も自社開発の「Gemini(ジェミニ)」をクラウド・サービス上で提供しているが、それ以上に何と言っても広告事業の業績に尽きるだろう。メタ・プラットフォームズ<META>はAIを広告事業に生かしてすでに収益化に結び付けている。今年に入って消費が堅調なアメリカでは、広告売り上げも本来伸びているはずなのだが、アルファベットの24年4-6月期の決算では伸び悩んだ。それがどう変化しているのか。アマゾンも含めた3社の広告事業の現状も大きな焦点だ。

GAFAMの残り1社、株価が高止まりしているアップルはどう見ればいいのだろうか。決算で注目すべきは言うまでもなく「iPhone16」の販売状況だが、ひと言で言うと、私は同社の株価は高すぎる、と考えている。同社も「アップルインテリジェンス」を発表し、生成AIを「iPhone」や「iPad」、「MacBook(マック・ブック)」などに取り入れていくということだが、現時点では企業向けニーズが中心の生成AIを、スマートフォン端末で使いたいというニーズが実際にどれほどあるのか、という点に注目したい。

同社の株価が下がらないのは、4-6月期決算で発表した1100億ドルの大型自社株買いと「アップルインテリジェンス」への期待が重なり合っているためだろう。仮に、24年に入って減収が続いている同社が、今回の決算で増収に転じることがあれば、同社株を保有している多くの投資家が期待しているポジティブなサプライズをマーケットに与えることになるかもしれない。

株価が高すぎる、ということで言えば、ハイテク大手各社のPER(株価収益率)は高すぎると思われる。エヌビディアは別として、現時点での投資対象としては、「AWS」とネット通販で業績向上が期待できるアマゾン、広告事業が好調なメタ以外は、いったん、ポートフォリオから外すことを検討してもよいのではないかと考えている。これも決算を分析して考えたい。

◆いま有効なのは物色対象拡大とインデックス投資

では今後の米国株への投資戦略はどのように考えればいいのだろうか。一つは目先を変えて物色対象を拡大し、銘柄を分散していくことだ。いま、AI関連銘柄と言えば、マグニフィセント・セブンなどのビッグ・テック企業の名前がまず挙げられるが、今後はオラクル<ORCL>やセールスフォース<CRM>、IBM<IBM>などの第二勢力へも物色対象を拡大していくことも考えたい。

さらに目線を変えて、AI関連セクター以外の銘柄を物色するのもいい。例えば、私が最近注目している音楽ストリーミング配信で世界最大手、スポティファイ・テクノロジー<SPOT>は有料会員数が順調に伸びていて、PEGレシオ(PER/一株当たり利益成長率で算出される株価の割安度を測る指標)も1倍以下と、今後の同社の成長性を考えれば手頃な株価水準にある。

これまで何度かお伝えしたDRホートン<DHI>、レナー<LEN>、トール・ブラザーズ<TOL>といった住宅関連も、大統領選の結果がどうなっても確実に成長が期待できる銘柄だ。住宅は実需も期待できるが、MMF(マネー・マーケット・ファンド)の残高が6兆ドル以上に積み上がっているのを見ても分かる通り、いまの機関投資家、個人投資家の手元資金は潤沢だ。これらの資金が、政策の後押しによって住宅や不動産投資に向かう可能性は小さくない。

もう一つは原点回帰ではないが、インデックス投資だ。ダウ工業株30種平均<^DJI> 、やS&P500株価指数<^SPX> 、ナスダック総合指数<^IXIC> 、フィラデルフィア半導体株指数<^SOX> などの主要指数に連動する投信やETFに資金を分散するのも有効だろう。

今後、AIが社会に本格的に普及していくステージへと突入する。これは間違いない。とは言え、ITバブルの時もそうだったが、社会を変えるような大きなイノベーションが生まれるときは、物事が一直線に進んでいくわけではない。今後のAIムーブメントの流れを決めるような大きなターニングポイントが、近い将来必ず訪れるだろう。

現段階ではそれがいつ、具体的にどのような形になって現れてくるのかを読むことは難しい。ひょっとしたら、今回の24年7-9月決算でその兆候が現れるかもしれない。だが、真の意味での本命銘柄が判然としない状況では、特定の銘柄への一点集中は避けるべきだろう。

幸い、ITバブルと違うのは、当時と比べてはるかにインデックス銘柄が充実していることだ。だから当面は、より視野を広げて個別銘柄とインデックスをうまく組み合わせて資金を運用し、近い将来訪れるだろう大きなターニングポイントを見極め、AI相場第2幕の幕開けを待つのが得策ではないだろうか。

【著者】

今中能夫(いまなか・やすお)

楽天証券経済研究所チーフアナリスト 

1961年生まれ。大阪府立大学卒業。岡三証券、シュローダー証券、コメルツ証券などを経て2005年より現職。1998~2001年、日経アナリストランキングソフトウェア部門1位、2000年、同インターネット部門1位。ハイテク業界、半導体業界を対象にした綿密な企業分析に定評がある。楽天証券の投資家向けサイト「トウシル」で注目企業の詳細な決算分析動画およびレポートを随時、公開中。

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