AI新ご三家出揃う─エヌビディア、マイクロソフトともう1社は?<今中能夫の米国株ハイテク・ウォーズ>
◆生成AI実装ステージに突入し、独走するエヌビディア
「私たちはAI(人工知能)について話す段階から、AIを大規模に応用する段階に移行します」。今年前半の米国株市場は、マイクロソフト<MSFT>のサティア・ナデラCEOが1月の2024年6月期第2四半期決算発表で語ったこの言葉で総括できるだろう。
この半年で最も脚光を浴びたのは、言うまでもなく圧倒的なAI半導体のシェアを持ち、ついに時価総額で世界一の座に就いたエヌビディア<NVDA>だ。同社の主力AI半導体「H100」の大口顧客は、この半年で大手クラウドサービス3社、アマゾン・ドット・コム<AMZN>、マイクロソフト、アルファベット<GOOG>から、準大手クラスのクラウドサービス会社とクラウド以外の大手事業会社へと広がってきている。
準大手と言っても、オラクル<ORCL>やセールスフォース<CRM>、IBM<IBM>などの大手IT企業が中心である。これらの大手IT企業は、生成AIが企業の情報システムに本格的に実装される場合に、重要な役割を果たすと思われる。さらにメタ・プラットフォームズ<META>やテスラ<TSLA>も「H100」を大量購入していると伝えられており、こうした大手IT企業によるエヌビディア製AI半導体を巡る争奪戦は今後も続いていくだろう。
6月上旬に台湾で開催された台北国際電脳展(COMPUTEX TAIPEI 2024)で基調講演の壇上に立ったエヌビディアのジェンスン・フアンCEOは、「24年いっぱいは需要が供給を大幅に上回り、25年も需要が供給を上回る状況は続くだろう」と語った。エヌビディアでは、2025年1月期第2四半期(2024年5-7月期)から「H100」の拡張版「H200」と、次世代機「ブラックウェル」シリーズの生産、出荷が始まった。そして、フアンCEOはさらに来年以降のAI半導体開発のスケジュールにも触れた。
25年に「ブラックウェル」の拡張版「ブラックウェル ウルトラ」、26年には次世代機「ルービン(Rubin)」の生産、出荷を始めるが、「ルービン」に搭載されるHBM(AI半導体に不可欠の大容量高速広帯域メモリー)は今の「HBM3e」の一世代上の「HBM4」が搭載されることになる。さらに27年にはその拡張版「ルービン ウルトラ」と、1年ごとに新製品を発表していくという。
同社はこの1年間で営業利益が7倍以上、株価も3倍以上という急成長を遂げた。一部ではこれ以上の株価上昇は見込めないのではないかという声も聞かれる。確かにこのペースでの成長は難しいかもしれないが、生成AIのイノベーションは、プロローグが終わり、ようやく第1章が始まったばかりだ。企業が本格的にAIを自社のシステムに導入するのはこれからのことで、そうした流れを先読みするような同社の積極的な商品開発戦略を見る限り、少なくとも7、8年は高い成長が続くと見て間違いないだろう。
◆アマゾンの株価停滞、そしてアップルの株価上昇が意味するものとは
では他のビッグ・テック企業はどう見たらいいのだろうか。2023年9月、マイクロソフトはオラクルとの提携を強化して、マイクロソフト・アジュールのデータセンターに導入されるデータベース・サービス「Oracle Database@Azure」を発表した。今、振り返るとこれは大きな意味を持っている。生成AIを企業の情報システムに組み込む場合、データベースが巨大化することを想定する必要がある。そう考えれば、世界最大のデータベースソフト会社であるオラクルは最適なパートナーなのだ。
一方、意外に株価が伸び悩んでいるのがアマゾンだ。同社がAWS(アマゾン・ウェブ・サービス)上で展開している「アマゾン・ベッドロック」は、AI開発者たちには非常に評判が高いサービスだが、それが市場の評価に結びついていない。やはり自社開発の生成AIが弱いという評価なのかもしれないが、もう一つ考えられるのはアメリカ国内の景気後退懸念や、ウォルマート<WMT>の台頭など、本業のEC(電子商取引)の状況だ。
世界最大の売上高を誇る企業であり、アマゾンの永遠のライバルとも言えるウォルマートは、ハイテク企業を中心としたAI相場とは別次元で、今年に入って株式市場の評価が急速に高まっている。不透明な消費環境にもかかわらず業績は堅調で、長年、アマゾンの後塵を拝してきたEC部門が順調に成長しているのだ。スマホやPCで注文を出し、店舗に受け取りに行くサービスが好評だという。膨大な数の店舗を有し、しかもそれぞれ広大な商品保管のスペースを持つ、ウォルマートだからこそできるサービスで、基本的に実店舗を持たないアマゾンでは真似ができない。これが現在の同社の成長エンジンになっている模様だ。
そして、ここにきて評価が高まっているのが、アップル<AAPL>だ。5月2日に発表された2024年9月期第2四半期決算では、前年同期比で減収減益と冴えない内容だったが、1100億ドルという空前の額の自社株買いを発表。6月10日から開催された開発者会議「WWDC2024」で同社独自の生成AI、「アップルインテリジェンス」をiPhoneなどの製品に組み込むと発表すると株価は急騰した。
同社に関しては、今年前半は完全に生成AIへの対応で出遅れ、iPhone端末の販売不振もあって悲観的な見方がされていたし、私もその危惧を感じていた。だが、同社の生成AIが他社と異なるところは、AIを外部のデータセンターを通さず、端末内で処理することができるというもので、このアイデアは評価したい。
半導体というハードウェアの進化で始まった生成AIは、今後企業への本格的な導入が始まっていくと思われる。ただし、企業や個人が生成AIを本格的に使う場合には大きな問題が二つある。一つは生成AIに学ばせる大量の学習素材の著作権の問題、もう一つはセキュリティの問題だ。特にスマホやパソコン上で生成AIを個人が使う場合、セキュリティ面で考えれば、やはり端末内で処理できるのが理想だ。企業の場合も、本音としては、コスト面さえクリアできれば、オンプレミス(システムの自社運用)で導入したいはずなのだ。
アップルはこの夏に「アップルインテリジェンス」のベータテストを開始する計画だ。現行機種の「iPhone15Pro」、「iPhone15ProMax」と、今秋に発売される予定の3ナノメートル(nm)半導体を搭載した新型iPhoneやMac PCで「アップルインテリジェンス」が使用可能になると思われる。はたしてどのようなものが出てくるのか。クリエイターが多いMac PCユーザーの反応が一つの試金石となるだろう。
もし、これらの計画が順調に進むなら、アップルの存在意義が改めて高まるとともに、半導体の微細化の意義も再認識されるかもしれない。と言うのも、少し先の話になるが、最先端の2ナノ半導体は、TSMC<TSM>によって25年年末に量産が開始され、26年秋発売予定のiPhoneの新製品に投入されることが見込まれている。だが一部では、スマホという端末自体の性能が充足し、2ナノ半導体の必要性に疑問符をつける見方もあった。もしそこに、生成AIという新たな用途が加わるなら、2ナノ半導体によって高性能化、微細化する意義が俄然、高まるからだ。
◆25年続いたインテルの天下、ではエヌビディアの天下は?
アップルに対しては株式市場の評価が急速に好転したが、対照的に市場から厳しい見方を受けているのが、インテル<INTC>だ。長年、半導体の盟主として君臨していたインテルだが、今回のAI相場の中でただ一人、"蚊帳の外"と言っていい。業績はどん底だし、パット・ゲルシンガーCEOはことあるごとに同社のAI戦略を打ち出しているのだが、いまや市場はまったく聞く耳を持っていない。
インテルの凋落には3つの要因がある。一つはEUV露光技術への対応だ。EUV露光装置はASML<ASML>が2016年12月期第2四半期に初めて売り上げを計上した。納品先はTSMCまたはサムスン電子と思われる。いまでもそうだが、EUV露光装置はとにかく高価で、しかも扱いづらい。初期のEUV露光装置はオペレーションに習熟するまで最低1~2年はかかっていたと思われる。インテルはこの時、EUV露光装置を導入せず、一世代前のArF液浸露光装置で半導体の微細化を進めようとした。この8年前の決断が、いまになって響いているのだ。
次に挙げられるのは、同社は先端半導体を生産開始した場合、最初にPC向けに生産しようとするところだ。実はいまの半導体は、PC向けよりもサーバー向けの方が、圧倒的に単価が高い。飛ぶようにパソコンが売れたPC普及期ならいざ知らず、いまのような環境では、PC向けを優先していたら経営効率が落ちてしまう。これは、同社が生産をすべて自社で行うIDM(垂直統合型デバイスメーカー)だからということもある。この体制では、一度決めた生産計画を途中で変更することができないからだ。
それに対してTSMCは設計を行わず、製造に特化したファウンドリーなので、IDMに比べれば状況の変化に機動的に対応することができる。エヌビディアのような工場を持たないファブレス・メーカーとファウンドリーの組み合わせが最適だというのが、現時点での結論なのだ。あとはやはり、GPUの製造能力をほとんど持っていないことは、現在のAIムーブメントの中では致命的だ。これはインテルが本来、CPUのメーカーだからやむを得ないのかもしれないが。
もちろん、インテルも復活をあきらめているわけではない。4月にASMLの2ナノ半導体向けの次世代型EUV露光装置(High-NA型)をTSMCに先駆けて工場に設置したのもその表れだし、アメリカ政府も国内半導体支援策、CHIPS法によって強力に同社を後押ししている。だが、これからTSMCをキャッチアップするのはかなり難しい、というのが市場の見方だし私も同感だ。
1995年に「Windows95」が発売されてから、インテルは20年以上、半導体産業をリードしてきた。いま、その時代が終わり、エヌビディアが新たな半導体産業の盟主となった。こう見るのが自然ではないだろうか。
◆まずはマイクロン、そしてTSMC、ASMLの決算に注目
ここまで、24年前半のAI相場を振り返ってきたが、すでに後半戦、次の決算シーズンが間近に迫っている。まずは今週発表のマイクロン・テクノロジー<MU>の決算に注目したい。AI半導体に不可欠であるHBMの売り上げが順調に伸びているのか、確認したい。
続いて7月に入ってからは、TSMCとASMLの決算が発表される。4月には両社の業績が市場予想に届かなかったとして、市場にちょっとしたショックを与えたが、その後のTSMCの月次データを見ても、順調に売り上げを伸ばしており、今度は市場の期待を裏切るような結果にはならないだろう。言うまでもなく、両社の決算は、実際のAI半導体市況の動きを知るためのバロメーターとなる。
その後、今回取り上げた企業を含めて各社の決算が続々と発表されるが、ひとつ確かなのは、冒頭に記したように今後は、本格的に企業向けのAI需要が高まっていくだろうということだ。デル・テクノロジーズ<DELL>の2025年1月期第1四半期のAIサーバー売上高は17億ドルと前四半期の8億ドルから急増した。増加したのは、準大手クラスのクラウドサービス会社向けと大手企業向けと思われるが、この結果がこうした流れを裏付けている。
一方、AIの高性能化に伴い、データセンターもますます巨大化していく。データセンター向けのAI需要と企業向けのAI需要。この二つを両輪として、さらにAI関連市場は成長していくだろう。各社とも、この半年の株価上昇でバリュエーション面での割高感を指摘する声も聞かれるが、こうした前提に立てばまだまだ上値余地がある。
この半年を振り返ると、現時点では、エヌビディア、マイクロソフトに加え、アップルが株式市場から生成AI戦略に対する信認をある程度回復したと思われる。今後この状況に変化があるのかどうか。各社の動向と決算を一つ一つ丁寧に検証しながら、今後の投資戦略を検討したい。
【著者】
今中能夫(いまなか・やすお)
楽天証券経済研究所チーフアナリスト
1961年生まれ。大阪府立大学卒業。岡三証券、シュローダー証券、コメルツ証券などを経て2005年より現職。1998~2001年、日経アナリストランキングソフトウェア部門1位、2000年、同インターネット部門1位。ハイテク業界、半導体業界を対象にした綿密な企業分析に定評がある。楽天証券の投資家向けサイト「トウシル」で注目企業の詳細な決算分析動画およびレポートを随時、公開中。
株探ニュース