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需給の壺―株価指数オプション市場の需給分析―【若桑カズヲの株探ゼミナール】

特集
2025年10月24日 10時00分

第10回:株価指数オプション市場の需給分析

―市場全体の「熱量」を測る敏感な体温計―

市場価格を動かす本質的な要因は、需要と供給、すなわち「需給」に尽きる。経済指標や金融政策、地政学リスクといった政治情勢のほか、他の金融市場の動向など、しばしば価格変動の要因として語られる指標は、あくまで需給を変動させる「きっかけ」に過ぎない。本連載では、この「需給の壺(ツボ)」を読み解くことを目的とし、マーケットにおける需給の基本構造とその変遷を追いながら、未来への洞察を試みたい。

前回の本欄では、海外投資家が主導する株価指数オプション市場の需給構造と、それが株価指数の短期的な変動をどのように増幅させてきたかを検証した。オプション市場は一見すると複雑で専門的に映るが、その売買高(ボリューム)や建玉(オープン・インタレスト)に凝縮されているのは、市場参加者の将来に対する集団心理である。本稿では、プット・コール・レシオ(Put/Call Ratio、PCR)や、権利行使価格・限月ごとの建玉分布を分析しながら、現在の市場がどの水準を「心理的な分岐点」として意識しているのかを探る。

◆PCRとは何か

PCRとは、プットオプション(売る権利)の取引量を、コールオプション(買う権利)の取引量で割った指標である。一般に、PCRが上昇する(プット優勢)局面は投資家が相場の下落に備えて保険をかけている状態を示し、低下する(コール優勢)局面は強気心理の高まりを意味する。すなわち、この比率は市場の「恐怖指数」として機能する。だが、単なる数値の絶対水準ではなく、トレンドとしての変化率を観察することがより重要だろう。

ちなみに、マーケットにおいて「恐怖指数」というと、一般的に「VIX(Volatility Index)」を指す。この指数は、米S&P500種株価指数を対象とするオプション取引のボラティリティ(変動率)を基に米シカゴ・オプション取引所(CBOE)が算出、公表している。

また、同じように市場センチメントを測る指数として、米大手メディアのCNNが「恐怖と貪欲指数(Fear & Greed Index)」を公表している。ただし、こちらはS&P500種株価指数のPCR 5日移動平均に加え、市場の勢い(S&P500種株価指数と125日移動平均の比較)、株価の強さ(ニューヨーク証券取引所における新高値と新安値の比較)、株価の幅広さ(マクレラン出来高合計指数:上昇株と下降株の取引量の比較)、市場のボラティリティ(VIXとVIXの50日移動平均の比較)、安全資産需要(20日間の株式と債券のリターンの違い)、投資不適格債の需要(ジャンク債と投資適格債の利回り差)の7指標で構成されている。詳細は、以下を参照していただきたい。

▼CNN  Fear & Greed Index

https://edition.cnn.com/markets/fear-and-greed

◆使用データによって異なる景色

PCRの計算に用いるデータには幾つかあり、取引量として建玉や売買代金、売買高を用いる方法や、データ集計対象を当限、あるいはアットザマネー(オプション取引で原資産の価格と権利行使価格が等しい状態)に限定する方法などが挙げられる。

ここでは大阪取引所が日々公表するデータ(競争売買市場とJ-NET市場の合計、5営業日前データ)の中から、売買代金ベースで国内株価指数オプション市場の9割以上を占める日経225オプションに限定し、全ての限月、全ての権利行使価格において建玉数、売買代金5日移動平均、売買高5日移動平均に分けて1年分を図1~図3で示した。

図1 プットコールレシオ建玉数ベース

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それぞれ異なる特徴を示しており、建玉数ベースの場合、先物の特別清算指数(SQ)算出日に絡むとみられる異常値はあるものの、概ね株価動向に沿って1.39~2.47ポイントの範囲内で増減していた。前述の通り、「PCRが上昇する(プット優勢)局面は投資家が上昇を続ける相場の下落に備えて保険をかけている状態を示し、低下する(コール優勢)局面は調整する相場がいずれ反転することに期待した強気心理の高まり」を示していると考えられる。

図2  プットコールレシオ売買代金ベース

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一方、売買代金ベースでは0.84~2.76ポイントと建玉数・売買高ベースより大きく動いており、5日移動平均を用いて平準化しても常に激しく上下していた。もっとも、相場下落時には2.0ポイント以上に上昇すること(プット優勢)が多く、相場上昇時には1.0ポイント以下に低下すること(コール優勢)が散見され、PCR本来の使い方に沿った結果が得られるようだ。

図3  プットコールレシオ売買高ベース

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売買高ベースでは、売買代金ベースと同様に5日移動平均で平準化しても上下に動くが、0.92~2.08ポイントと売買代金ベースほどの激しさではなかった。また、特徴としては建玉数ベースと同様に、概ね株価動向に沿ったトレンドを示すが、2025年4月の急落時には株価指数よりも2週間以上のタイムラグを経て反発していることから、先行指標とするには「難あり」と言わざるを得ない。

これらから現在の東京株式市場では、PCRは売買代金ベースでみるのが市場心理をつかみやすいといえる。だが、あまりに上下動が激しく、それをより平準化するために移動平均値を長期化すればシグナルとして遅くなる点は否めない。また、マーケットが異なったり、市場参加者のオプションの利用方法が異なったりしていくと、売買代金ベースが有効とは言い切れなくなる点には留意したい。

◆限月別需給の読み方──時間軸が示す投資家心理

オプション取引の需給をより深く読み解くためには、限月(満期月)ごとの建玉数の推移を分析する必要がある。一般に、短期限月(直近月・翌月)と遠い限月(3カ月以上先)の建玉を比較した場合、圧倒的に前者に集中している。このように短期限月に建玉が集中する場合、市場参加者は短期的な値動きに関心を持っていると言えるだろう。一方で、遠い限月に建玉が多い場合は、中長期のボラティリティ変動を意識している可能性が高いと考えられる。

また、各限月において建玉の多い権利行使価格から、市場参加者の予想レンジを読み取る方法もある。この点については前回示した通り、2025年9月19日時点の12月限では、コールは権利行使価格4万5000円の人気が高く、プットでは権利行使価格4万円の人気が高かった。これらから、同時点での市場における12月SQまでの日経平均株価の予想レンジは4万~4万5000円だったと推定されたのだが、実際には、その上限である4万5000円を想定より早く達成したことにより、オプション市場では新たな上値レンジを模索する動きが展開される、と述べた。

このような建玉分布は、SQに向けた需給の「マグネット効果」を生むことがある。具体的には、建玉の集中する権利行使価格近辺では、オプション売り手によるデルタヘッジ(第9回参照)のための先物売買が活発化し、指数がその水準に吸い寄せられる傾向が生じやすいとされる。

東京株式市場では10月に入り、自民党総裁に高市早苗氏が選出されたことで、同総裁の政策に期待した「高市トレード」により、日経平均株価は4万8000円を超える水準まで上昇した。しかし、10月10日に公明党が連立政権を離脱する方針を明らかにしたことで、高市自民党総裁の内閣総理大臣選出に赤信号が灯った。これを受けて高市トレードの巻き戻しが起こり、先物市場では13日の祝日取引で4万5100円台まで急落をみせるなど、マーケットは乱高下に見舞われた。

この過程でオプション市場がどのように変化したのかをみてみよう。「高市トレード」が盛り上がった10月3日時点と、公明党の連立離脱を受けて取引が始まった週明けの14日時点で、オプション市場の建玉がどのように変化したのかをみる。この間に建玉が最も増えたのは、11月限でコールは権利行使価格5万円、プットは4万5000円だった。一方、12月限ではコールが5万1000円、プットは4万7000円、2026年3月限ではコールが4万8500円、プットは4万8000円だった。

ここから推測されるのは、11月のSQ(オプション取引の特別清算指数算出)までに市場参加者は、日経平均株価が4万5000~5万円のレンジで動くことを予想し、12月のSQまでは4万7000~5万1000円のレンジを予想しているようだ、ということである。これは公明党が連立から離脱しても株価の上昇が継続する、すなわち高市自民党総裁が内閣総理大臣となって「高市トレード」が再燃するか、日本で誰が総理大臣になろうともAI(人工知能)相場でにぎわう米株式市場にけん引される形で東京株式市場も上昇する、と市場関係者が考えていることが想像できる。ただ、2026年3月のSQまでについては4万8000~4万8500円のレンジを予想しているというより、そこまで先の話を織り込んでいくのは「これから」であると捉えるべきだろう。

◆今後の展望──需給構造の「静かな転換」

日本のオプション市場は依然として海外投資家が主役的な地位を占めているが、近年は国内機関投資家や一部の個人トレーダーの参加も増えている。特にボラティリティに合わせてポジションを増減させるリスクパリティ型ファンドや、ボラティリティ・ターゲット戦略を運用する国内勢がPCRを利用したヘッジ取引を活発化させていることが推測され、需給構造は少しずつながら多層化していると考えられる。

2025年以降の日本市場では、政策金利や為替動向に加えて、米国のようにオプション需給の変化そのものが、指数変動のトリガーとなる可能性がある。建玉分布がどの水準に集中しているか、PCRがどの方向に動いているかを観察することは、もはや専門家だけの作業ではなくなったと考える。オプション需給の変化は、市場全体の「熱量」を測る最も敏感な体温計として認知されていくことだろう。(第11回に続く)

◆若桑カズヲ (わかくわ・かずを):
証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。

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