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需給の壺―為替の需給構造①―【若桑カズヲの株探ゼミナール】

特集
2025年12月5日 11時00分

第13回:為替の需給構造①

―市場の全体像と需給の担い手―

市場価格を動かす本質的な要因は、需要と供給、すなわち「需給」に尽きる。経済指標や金融政策、地政学リスクといった政治情勢のほか、他の金融市場の動向など、しばしば価格変動の要因として語られる指標は、あくまで需給を変動させる「きっかけ」に過ぎない。本連載では、この「需給の壺(ツボ)」を読み解くことを目的とし、マーケットにおける需給の基本構造とその変遷を追いながら、未来への洞察を試みたい。

為替市場で重要なのは、市場を動かしている資金の種類とその構造だ。円売りや円買いが優勢かどうかは、世界の投資家がどの資産クラスに魅力を見いだしているのかを映し出す。為替市場を巨大な海に例えれば、株式市場はその波を受ける港のようなもので、潮流の向きによって港の水位が決まる。このように考えることができるかもしれない。今回は、その潮流の構造、すなわち為替需給の主要プレーヤーとそのシェアを整理してみよう。

◆外国為替市場における国内と世界の全体像

日本銀行がまとめた「外国為替およびデリバティブに関する中央銀行サーベイ(2025年4月中 取引調査)」によると、わが国の外国為替市場の1営業日平均取引高は4402億米ドルと、3年前の前回調査比で1.8%増加した。グローバル分の集計結果では、世界全体の1営業日平均取引高はおよそ9.6兆米ドルであり、同28.5%増加している。わが国市場の外為取引高シェアは全体の3.5%と、前回の4.4%よりシェアダウンしているが、国別の市場規模順位では前回と同じ5位であった。ランキングトップ10は図1の通りである。なお、英国は調査ごとにシェアを落としているが、それでもランキングのトップを維持している。また、シンガポールがシェアアップしているほか、ドイツがランキングアップしてきた。

図1 外国為替市場の市場規模国別ランキングトップ10の推移

【タイトル】

※取引高は1営業日平均、単位は10億米ドル、【 】内は増減率
(出所)日本銀行「外国為替およびデリバティブに関する中央銀行サーベイ(2025年4月中 取引調査)について:日本分集計結果」 (https://www.boj.or.jp/statistics/bis/deri/data/deri2504.pdf

日本国内の通貨ペア別取引高では「ドル/円」が61.3%と、基軸通貨との取引が圧倒的に多く、続いて「ユーロ/ドル」が7.7%、「ユーロ/円」が6.5%、その他が24.5%という内訳である。国際決済銀行(BIS)が集計する外為・金利デリバティブ取引高統計(2025年9月末公表の予備結果)では、世界全体でドルとの通貨ペア取引高が全体の44.6%、ユーロは14.5%、円は8.4%、英ポンドが5.1%であった。続いて人民元が4.3%、スイスフランが3.2%と、近年にシェアを伸ばしている。

◆需給の担い手、実需と投機

為替市場での需給の担い手は、大きく実需と投機に分かれる。実需とは、輸出入を行う企業や、海外での会社設立といった資本投資や設備投資を行うような企業による取引を指す。例えば、輸出企業であれば海外での製品売り上げを回収するために外貨売り・円買いを行い、輸入企業であれば仕入れる海外製品の支払いのために円売り・外貨買いを行う。これらは反対売買を伴わない一方通行の取引という特徴がある。

一方で投機とは、金融機関や機関投資家、個人投資家など、資産の売買により利益を得る取引を指す。そのため実需とは異なり、投機は必ず反対売買を伴う取引になる、という違いがある。日本銀行の同サーベイから取引相手先別取引高で、「対非金融機関取引」を実需と仮定すれば、1営業日平均取引高は232億米ドルと全体の5%程度に過ぎない。BISの統計でも「non-financial customers」を実需と仮定すれば、1営業日平均取引高は0.4兆米ドルと全体の5%未満にとどまる。もちろん、金融機関も海外の同業他社を買収するなどといった実需取引を行うことはあるが、投機の取引シェアは圧倒的である。

上記を踏まえると、為替市場について「輸出企業の円買いが円高圧力に」「輸入企業の外貨買いが円安に」などと、しばしば実需取引が地合いを左右したと解説されることに違和感を覚えるかもしれない。だが、その取引が一方通行であることや取引のタイミングに大きな偏りがあることから、取引シェアはわずかであっても、全く無視することはできない存在といえる。

特に年度末・四半期末のリパトリエーション(海外利益の本国送金)は、典型的な円買いフローとして知られる。日本企業は会計上の為替リスク管理のため、決算期に為替ポジションを中立化する傾向がある。これにより日本企業の決算期が集中する3月には円高圧力が強まりやすい。もっとも、近年は海外生産の比率が高まり、輸出企業の為替エクスポージャー(為替リスクにさらされている度合い)は縮小している。実需フローの影響度も以前より相対的に低下しているが、それでも決算期や原材料高の局面では、企業のフローが相場の転換点を作ることがある。特に原油高局面では、エネルギー輸入企業による外貨買いが円安トレンドを増幅することがある。

◆生保・年金の巨大ベースフロー

投資主体のなかでも特筆すべきは、日本の生命保険会社と年金基金である。彼らは極めて長期の負債(保険契約や年金給付)を抱えており、その裏付けとして外債投資を多く保有する。

生命保険協会の「生命保険動向(2025年版)」 は、2024年度の生保の総資産を約418兆円、外貨建て資産を約105兆円(総資産の約25%)としている。公的年金を運用する年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF、Government Pension Investment Fund)も2025年9月末現在で総資産額約282兆円の半分弱を海外資産で運用している。ただし、GPIFの資産比率には上限が定められており、外国株式25%(±6%)、外国債券25%(±5%)という範囲に収める必要がある。比率が上限に接近すれば自動的に円買い(リバランス)が発生するため、投資スタンスは逆張りである。

生保についても同様である。金利差拡大時にはヘッジコストが上昇しヘッジ比率を下げる(=円売り)方向に動くが、急速な円安局面では逆にヘッジを積み増し(=円買い)評価損益を安定化させることがある。つまり、大手機関投資家のフローは一方向でなく、市況に応じて動く。この点を理解せずに為替市場を語ると、しばしば分析が逆転してしまう。(第14回に続く)

◆若桑カズヲ (わかくわ・かずを):
証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。

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