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需給の壺―為替の需給構造④―【若桑カズヲの株探ゼミナール】

特集
2026年1月15日 13時00分

第16回:為替の需給構造④

―為替の株式市場に与える影響と需給を取り巻く諸問題―

市場価格を動かす本質的な要因は、需要と供給、すなわち「需給」に尽きる。経済指標や金融政策、地政学リスクといった政治情勢のほか、他の金融市場の動向など、しばしば価格変動の要因として語られる指標は、あくまで需給を変動させる「きっかけ」に過ぎない。本連載では、この「需給の壺(ツボ)」を読み解くことを目的とし、マーケットにおける需給の基本構造とその変遷を追いながら、未来への洞察を試みたい。

今回は、為替市場と株式市場の連動関係を改めて整理した上で、政策当局の関与、需給分析の射程と限界、為替介入という強制フローの本質、さらには国際金融秩序の変容が為替需給に与える影響までを俯瞰し、現代の為替市場が抱える構造的課題を取り上げる。

◆株式市場との連動とリスク選好

いまさらであるが、為替需給は株式市場と密接に結びついている。特に円相場は、長らくグローバルなリスク選好のバロメーターとして機能してきた。株価上昇局面では円売り、株価下落局面では円買いという関係が、短期的な例外を除けば、長期的には一定の経験則として成立している。

この背景には、日本経済が輸出依存型であるという構造が挙げられる。円安局面では輸出企業の円建て収益が押し上げられ、株価の上昇要因となる一方、円高局面ではその逆が生じやすい。ただし、企業収益への影響は輸出入の依存状況で時間差を伴う。いわゆる、「Jカーブ効果」である。例えば円安が進行すると、まず輸入物価の上昇を通じて輸入企業や家計の負担が増し、短期的には景況感を悪化させる。その後、一定期間を経て輸出企業の収益改善が顕在化し、経済全体に波及する。

図1 2021年からの円安によるJカーブ効果

【タイトル】

コロナ禍以降の円安局面では、輸入物価の上昇や実質所得の目減りが強調され、「悪い円安」との言説が広がった。しかし、2022年10月にドル円相場が1ドル=150円台に達して以降、約3年間で日経平均株価が概ね2倍水準にまで上昇した事実は、円安と株高の関係を改めて示している。短期的なコスト増と中長期的な企業収益の改善という二面性を区別せずに円相場を評価すると、市場の構造的な動きを見誤る危険がある。

図2 円安に連動する株価

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さらに近年では株式市場のボラティリティ上昇が、アルゴリズム取引を通じて為替市場に波及する傾向が強まっている。株価指数先物の急変動が起きると、リスク管理モデルなどを通じて通貨ポジションの縮小を促し、結果として為替需給も急変する。このクロスアセット(株式や債券など異なるリスク資産の横断的運用)の連鎖は、人間の裁量判断を介さずに極めて高速で進行する点に、現代市場の特異性がある。

◆政策当局と需給のせめぎ合い

為替需給を考える上で、政策当局の存在も欠かせない。中央銀行や財務当局は、金融政策や為替介入を通じて為替需給に影響を及ぼす。しかし、その効果は市場構造の変化とともに質的に変容してきた。かつての為替介入は、実弾による需給調整として一定の持続的効果を持っていた。しかし、取引量が桁違いに拡大し、アルゴリズム取引が主流となった現在では、介入は短期的に過度な値動きを抑制する効果はあっても、トレンドそのものを反転させる力は限定的である場合が多い。むしろ後述するように、介入がアルゴリズム取引のトリガーとなり、一時的な急変動を引き起こすリスクすら存在する。

金融政策も影響が大きい。政策金利の変更それ自体よりも、市場参加者のポジションがどの程度一方向に偏っているか、また政策変更がどこまで織り込まれているかが、為替相場の反応を左右する。米連邦準備制度理事会(FRB)の利下げや日本銀行の利上げが事前に広く織り込まれていれば、発表後には「材料出尽くし」となり、逆方向に相場が動くことも珍しくない。

市場関係者は、CME(シカゴ・マーカンタイル取引所)のフェドウォッチツール(FedWatch Tool)を用いて政策金利見通しを確認し、四半期ごとに公表される米連邦公開市場委員会(FOMC)のSEP(Summary of Economic Projections:参加者による経済見通し)やFOMC前後の当局者発言を通じて政策当局のスタンスを読み取ろうとする。こうした期待形成の過程そのものが、為替需給を構成する重要な要素となっている。

▼CMEのフェドウォッチツール(FedWatch Tool)

https://www.cmegroup.com/markets/interest-rates/cme-fedwatch-tool.html?redirect=/trading/interest-rates/countdown-to-fomc.html

▼FOMCのSEP(表中の「Projection Materials」)

https://www.federalreserve.gov/monetarypolicy/fomccalendars.htm

◆需給分析の射程と限界

以上のように、為替の需給構造は、実需や投機、アルゴリズム、他市場との連関、政策要因が重層的に絡み合う複雑なシステムである。需給を読むとは、単に「買いか売りか」を当てる作業だけではない。市場の歪みがどの程度蓄積されているのか、その歪みが解消される際に、どのような速度と規模で価格が動き得るのかを見極める作業である。

ファンダメンタルズは重要であるが、それが価格に反映されるプロセスは必ずしも直線的ではない。需給の偏りがある限り、市場は均衡から乖離し続けることができ、その修正は往々にして急激かつ非連続的である。だからこそ、株式市場や債券市場を読む上でも、為替の需給動向は不可欠な情報となる。

◆為替介入という「強制フロー」の本質

こうした自己増幅型の需給構造に対し、外部から強制的に方向転換を試みる数少ない手段が為替介入である。為替介入とは、市場参加者の自律的行動によって形成される需給バランスを、政策当局が一時的に無効化する行為にほかならない。これは明確な相場操縦であり、米財務省が為替操作国の認定条件に挙げるほど影響の大きい政策である。

日本の為替介入の特徴は、「価格水準」よりも「変動のスピード」に着目して実施される点にある。過去の介入局面を振り返ると、特定の水準を超えたからではなく、短期間に急激な円安(円高)が進行した局面で介入が行われてきた。急変動が企業のヘッジ行動や金融システムの安定性を損なうことを、当局が強く警戒しているためである。

介入の効果は、投入額の大小以上に「需給の非連続性」を市場に認識させる点にある。介入は単なる政策ではなく、「この為替動向を見込む需給を容認しない」というメッセージを投機筋に突きつける行為である。その結果、CTA(Commodity Trading Advisor:商品投資顧問)のポジション調整やアルゴリズム取引のリスク制御が同時に発動し、実際の介入額を超える需給反転が生じる場合がある。

一方で介入は、金利差を変化させる金融政策の違いや国際資本フローといったファンダメンタルズ要因を変えるものではない。市場が落ち着けば、為替相場は再び本来の需給構造へ回帰する傾向が強い。この意味で、為替介入は「流れを変える」政策ではなく、「流れを一時的にせき止める」政策手段と位置付けられる。

図3 流れを一時的にせき止める為替介入

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◆国際金融秩序と為替需給:トリフィンのジレンマ再考

為替需給を中長期的に規定する要因として、国際金融秩序の変容も見逃せない。とりわけ重要なのが、基軸通貨国が抱える構造的矛盾、すなわちトリフィンのジレンマである。米ドルが基軸通貨であり続けるために、米国は世界に十分な流動性を供給し続ける必要がある。それは貿易を通じて行われるため、米国は経常赤字を抱え、対外債務を拡大させてしまう。しかし、その結果として財政や貿易の不均衡が拡大すれば、ドルの信認は低下する。

2025年に米国が打ち出した相互関税は、この矛盾の緩和を目的とするが、為替需給の観点からはドル需要を抑制し、基軸通貨としての流通量を制約する方向に働く。これはトリフィンのジレンマを解消するどころか、基軸通貨体制の不安定性を高める可能性をはらんでいる。そのため、ドル安要因となる一方、米相互関税の導入により貿易の不均衡が緩和されることで、ドルの信認低下は緩和され、これはドル高要因となる。こうした強弱要因が目先の相場を一定レンジ内で振り回すことになるだろう。

◆多極化する通貨システムと円の位置付け

外貨準備の多様化や非ドル資産への分散が進む中で、ドル一極集中の需給構造は緩みつつある。人民元、金(ゴールド)、さらには暗号資産の活用が議論される中、日本円は「完全な基軸通貨ではないが、完全な周縁通貨でもない」という中間的な位置にある。

平時において日本円は、低金利を背景にキャリートレードの調達通貨として売られやすい。キャリートレードとは、低金利国で資金を借り入れ、低金利国通貨売り・高金利国通貨買いを経て、高金利国の国債に投資する金利差戦略取引である。ただ、狙う金利差はわずかであるため、レバレッジを効かせることが多い。

リスクオフ局面では、このわずかな金利差を吹き飛ばすような為替差損が発生する恐れがある。となると、キャリートレードは巻き戻される。すなわち高金利国の国債売り→高金利国通貨売り・低金利国通貨買い→低金利国での借り入れ返済となり、キャリートレードの調達通貨である日本円は買われやすい。

リスクオフ局面で日本円が買われるのは、「安全通貨需要」「リスク回避需要」があるからだという向きもある。だとすれば、カントリー格付けが最高位であるAAAクラスの通貨が買われて然るべきであろう。しかし、日本の格付けは、それよりも4ノッチ(段階)低いA+クラスであることを考えると、リスクオフ局面で買われるのは、信用力の高い通貨ではない。キャリートレードの調達通貨になるような低金利国通貨が、キャリートレードで構築されたポジションの巻き戻し、もしくは巻き戻し観測から買われるのである。

投機筋、アルゴリズム、政策フロー、国際金融秩序などが重層的に絡み合う現代の為替市場で、「均衡為替レート」は静的な指標ではなく、需給の潮流の中で揺れ動く動的な参照点に過ぎない。この構造を理解することは、為替相場の分析にとどまらず、株式市場や債券市場の先行きを読む上でも不可欠である。為替需給は、グローバル資金フローの最前線であり、他市場の変調を最も早く映し出す鏡だからである。

◆若桑カズヲ (わかくわ・かずを):
証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。

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