需給の壺―金の需給①―【若桑カズヲの株探ゼミナール】

需給の壺 第22回:金の需給①
――原油の先にある「信用の避難先」、なぜ金は買われ続けるのか――
市場価格を動かす本質的な要因は、需要と供給、すなわち「需給」に尽きる。経済指標や金融政策、地政学リスクといった政治情勢のほか、他の金融市場の動向など、しばしば価格変動の要因として語られる指標は、あくまで需給を変動させる「きっかけ」に過ぎない。本連載では、この「需給の壺(ツボ)」を読み解くことを目的とし、マーケットにおける需給の基本構造とその変遷を追いながら、未来への洞察を試みる。
前回(第21回)では、原油市場を軸に「信用の蒸発」と地政学リスクの交錯を論じた。ホルムズ海峡を巡る軍事的緊張は、原油供給という物理的な制約を顕在化させただけではない。同時に、プライベートクレジット市場の動揺と複雑に絡み合い、金融システムそのものの安定性にも影を落としている。すなわち、実体経済と金融の双方で「供給が細る」という事態が同時進行しているのである。
重要なのは、この二つが独立した問題ではないという点である。エネルギー供給の不安定化はインフレ圧力を強め、中央銀行に引き締めを迫る。一方で、信用の収縮(クレジット・クランチ)は金融機関のリスク許容度を低下させ、さらなる資金供給の停滞を招く。この「インフレか、クレジットか」という二律背反のなかで、市場は明確な均衡点を見失いつつある。 その結果として、資金は一つの方向へと向かうことが考えられる。それは「信用に依存しない資産」である。今回取り上げる金は、まさにその最終的な受け皿となり得る存在である。
◆そもそも金とは何か
金(ゴールド)とは、原子番号79、元素記号Auの金属元素であり、古来よりその希少性と不変性から特別な価値を認められてきた貴金属で、化学的に極めて安定した性質を持つ。その主な特性としては、「不変性(耐食性)」「展延性」「高密度」「導電性」が挙げられる。
金は標準状態において、酸素や水、ほとんどの腐食性試薬に対して反応しない。このため、空気中で錆びたり変色したりすることがなく、数千年前の遺物であっても当時の輝きを保つことができる。この「王水(濃塩酸と濃硝酸の混合液)以外にはほとんど溶けない」という化学的性質(不変性)が、価値の保存手段としての地位を不動のものにしている。
金はすべての金属の中で最も展延性(破断せずに柔軟に変形する能力)に優れている。わずか1グラムの金から数平方メートルの金箔を作ることや、数キロメートルの細い糸(金糸)を引き出すことが可能である。この金が持つ圧倒的な展延性は、古代から現代に至るまで、金箔や金糸として工芸品や建築物、織物の装飾に使用されてきた。また、常温でも圧力を加えることで接合しやすい性質(圧接性)を持つことから、複雑な形状の宝飾品にも利用されてきている。加えて、生体適合性の高さと加工のしやすさから、欠損した歯を補う歯科材料として古くから使われており、精密な適合が求められる医療現場でも重宝されている。
さらに金は高い電気伝導性と熱伝導性を持ち、かつ酸化による接触抵抗の増大がないため、現代の精密電子機器や半導体のコネクター部品に不可欠な素材となっている。例えば、スマートフォン(スマホ)やPC、自動車用コンピューターの基板において、酸化せずに安定した通電を維持するためのコネクター、スイッチ接点、ICチップのボンディングワイヤ(極細の金線)として大量に使用されている。そのほか、宇宙空間の強力な赤外線を反射し、精密機器を熱から保護するためのコーティング材として、人工衛星や宇宙服のバイザー(遮光・保護用カバー)などに採用されている。
また、密度が非常に高く(19.32g/cm3)、小さな体積で大きな重量を持つ。つまり、見た目よりも非常に重いので、他の物質よりも重力の影響を強く受ける。このため金の多くは地球の中心部(核・コア)に沈み込んでいると考えられ、地表の金の平均含有量はわずか 0.004 ppm(1トンあたり0.004g) 程度にすぎないと推定されている。
これを人間が資源として採掘できるレベル(数ppm~数十ppm)まで濃縮されるには、「奇跡的な条件の連鎖」が必要になる。地殻変動による地下深部の高温高圧下で、金は硫黄や塩素が特定の濃度で含まれた「特殊な熱水」に溶け出し、その後に冷えて割れ目などにたまる。数百万年の間隔をおいて「同じ割れ目」に何度も重ね塗りするように金を置いていくプロセスを繰り返すといった連鎖によって、金鉱床ができ上がると考えられている。こうした「奇跡」によって濃縮されることから、金は希少な存在なのである。
◆無国籍通貨としての歴史
金は昔から、その希少性と不変性ゆえに、特定の国家の信用に依存しない「究極の通貨」として機能してきた。その歴史は単なる宝飾品から、国際金融システムの根幹へと進化を遂げた過程でもある。まず紀元前600年頃、トルコ西部で栄えたリディア王国で世界初の鋳造貨幣(エレクトラム貨)が登場して以来、金は価値の尺度として採用されてきた。国家が滅びても金そのものの価値は失われないという経験則が、「無国籍通貨」としての認識の原点である。
1816年に英国が採用した金本位制は、紙幣の価値を金で裏付けるシステムであった。これにより、通貨は「金との兌換(交換)」を保証されることで信用を得る。この時代、金は国際決済の共通言語となり、世界経済の安定にも寄与した。第二次世界大戦後、米ドルを金と結びつけ(金1オンス=35ドル)、各国の通貨を米ドルに固定する「ブレトンウッズ体制」が成立する。
しかし、1971年の「ニクソン・ショック」により金とドルの兌換が停止されると、金は公的な通貨の裏付けから外れ、自由な投資対象へと変化する。この「管理通貨制度」への移行こそが、かえって「発行体のない資産」としての金の希少性を際立たせ、インフレや地政学的リスクに対する「安全資産(セーフヘイブン)」としての地位を決定づけた。現代においても、各国の中央銀行は外貨準備の一環として大量の金を保有し続けている。これは、ドルやユーロといった法定通貨が暴落した際の「最終的な保険」として、金が機能すると認識されているためである。
◆投資が主役の金需要
「管理通貨制度」への移行後、金はインフレヘッジ機能を持つに至った。つまり、通貨(紙幣)の価値が下落するインフレ局面で、実物資産である金は相対的に価値が維持されやすい。そうでなくとも長い目で見れば、世界経済の発展に伴って各国の通貨(紙幣)供給量は増え続けている。金も採掘されることで供給量は増えるものの、通貨供給量ほどではないため、通貨に対して価値が上がりやすい傾向にある。
ここで2025年における金の需給を確認しよう。同年に金は約5000トンが供給された。このうち約7割が採掘によるものであり、残りは主にスマホやPCといったIT機器からのリサイクルである。一方で需要は全体の4割強が投資対象として利用され、次に宝飾品製造用として3割強が利用されている。そのほか、各国の中央銀行による外貨準備の一環として2割弱、エレクトロニクス関連を中心に産業用として利用されているのは全体の6.5%程度であった。
図1 世界の金の種類別供給量と需要量およびシェア(2025年、単位:トン・%)

出所:The World Gold Council
また、金には投資ポートフォリオの分散効果も期待されている。株式や債券などの伝統的資産と異なる値動き(低相関)をする傾向があり、資産全体のリスクを抑える分散投資の対象として組み込まれる。このため、現在では現物(地金・金貨)の保有だけでなく、少額から積み立てる「純金積立」、証券口座で取引可能な「金ETF(上場投資信託)」、金価格に連動する「投資信託」など、利便性の高い多様な手法が確立されている。
図2 NY金先物価格(月足)

出所:みんかぶ
ところが、2022年以降の市場を振り返ると、従来の理屈では説明しきれない現象が続いている。金利が上昇し、実質金利がプラス圏に定着する局面で、インカムゲインが得られない金は、本来であれば売られるはずであった。しかし、現実には金価格は下落どころか上昇傾向を強めていた。その一方で、2026年以降は価格上昇トレンドが頭打ちとなった。米国・イスラエルとイランとの戦争といった地政学的リスクが高まるなかでも、金価格は上昇するどころか、冴えない展開が続いている。この違和感は、現在の市場構造を映し出す重要なシグナルと考えられる。(第23回に続く)
証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。
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