需給の壺―流動性の需給②―【若桑カズヲの株探ゼミナール】

第18回:流動性の需給②
―マネーはどこへ消え、どこから現れるのか? 統計の裏に潜む需給―
市場価格を動かす本質的な要因は、需要と供給、すなわち「需給」に尽きる。経済指標や金融政策、地政学リスクといった政治情勢のほか、他の金融市場の動向など、しばしば価格変動の要因として語られる指標は、あくまで需給を変動させる「きっかけ」に過ぎない。本連載では、この「需給の壺(ツボ)」を読み解くことを目的とし、マーケットにおける需給の基本構造とその変遷を追いながら、未来への洞察を試みる。
前回の「流動性の需給①」では、2026年初頭の「下がらない相場」の背後に、米連邦準備制度理事会(FRB)による流動性供給への金融政策の転換があることを指摘した。「量的金融引き締め(Quantitative Tightening、QT)」が事実上終了し、再び市場に貨幣が流し込まれるフェーズに入ったことで、ファンダメンタルズの悪材料を流動性が飲み込む構図ができ上がっている。
しかし、ここで一つの疑問が生じる。中央銀行が供給するマネーは、具体的にどのような経路を辿って株式市場へと流れ込むのか。そして、なぜ「中央銀行の資産規模」と「世の中に出回る貨幣量」は、必ずしも一致しないのか。今回は、流動性が相場を動かす「パイプ」の構造を具体的に詳解していきたい。
◆「市場の潜在的エネルギー」を測る物差し――マネーストックという名の貯水池――
その前に、世の中にはどのようなマネーが出回っているのかをみてみよう。金融部門から経済全体に供給されている通貨の総量を「マネーストック」という。中央銀行が蛇口をひねった際、その水を受け止める「貯水池」といった存在である。以前は「マネーサプライ(通貨供給量)」と呼ばれていたが、郵政民営化などの金融環境の変化に伴い、2008年6月から「マネーストック」という名称に変更された。
投資家が「マネーストック」を見る際、まず理解すべきは「どこまでの範囲をお金と見なすのか」という区分である。「マネーストック」は、具体的に一般法人、個人、地方公共団体などの通貨保有主体(=金融機関・中央政府以外の経済主体)が保有する通貨量の残高を指し、通貨の範囲に応じて「M1」、「M2」、「M3」、「広義流動性」の4つに区分されている(図1参照)。
図1 日本のマネーストック統計における「金融商品の範囲」と「通貨発行者の範囲」
| 指標 | 含まれる金融商品 |
| M1 | 現金通貨+預金通貨(預金通貨の発行者は全預金取扱機関) 現金通貨=日本銀行券発行高+貨幣流通高 預金通貨=要求払預金(当座、普通、貯蓄、通知、別段、納税準備)-調査対象金融機関保有小切手・手形 |
| M2 | M1+準通貨+CD(預金通貨、準通貨、CDの発行者は国内銀行等 <マネーサプライ統計のM2+CD対象預金取扱機関と一致>) |
| M3 | M1+準通貨+CD(預金通貨、準通貨、CDの発行者は全預金取扱機関) |
| 広義流動性 | M3+金銭の信託+投資信託+金融債+銀行発行普通社債+金融機関発行CP+国債+外債 |
「M1」は、最も容易に決済手段として用いることができる「現金通貨」と「預金通貨」から構成され、最も現金に近い「マネーストック」である。
「M3」は、この「M1」に「準通貨」や「譲渡性預金(Certificate of Deposit、CD)」を加えた最も代表的な「マネーストック」である。「準通貨」の大半は定期預金であるが、定期預金は解約して現金通貨や預金通貨に替えれば決済手段になる金融商品であり、預金通貨に準じた性格を持つという意味で「準通貨」と呼ばれている。また、「譲渡性預金:CD」は、「第三者に転売(譲渡)ができる」という特殊な仕組みを持った定期預金である。通常の預金とは異なり、「無記名の預金証書」として発行され、自由金利(発行条件が柔軟)・中途解約不可といった特徴を持つほか、最低預入金額が数千万円単位と高額である。そのため、個人投資家には馴染みが薄く感じられるが、証券総合口座用投資信託 (Money Reserve Fund、マネー・リザーブ・ファンド:MRF)などの投資信託が運用対象としており、間接的に保有することにより関わっている。
「M2」は、金融商品の範囲は「M3」と同様だが、預金の預け入れ先が限定されており、ゆうちょ銀行(旧郵便貯金)やJAバンク(農業協同組合・信用農業協同組合連合会)などの預貯金は含まれない。この「M2」は景気や物価動向との関連が深く、歴史的に重視されてきた経緯がある。しかし、郵政民営化などの金融構造の変化に伴い、現在はより包括的な「M3」が実態を反映しやすいとして重視されるようになった。
また「広義流動性」は、「M3」に何らかの「流動性」を有すると考えられる金融商品、具体的には投資信託や国債を加えた「富の総量」に近い「マネーストック」である。
◆ドルの「再定義」が隠蔽する真実と、統計から消されたM3の正体
米国の「マネーストック」統計に目を向けると、日本以上に「流動性の定義」がダイナミックに変化していることがわかる。米国においては、流動性(現金化のしやすさ)に基づき、米連邦準備制度理事会(FRB)が主に「M1」と「M2」の2つに区分している。
狭義の通貨である「M1」は、即座に支払いに使える、最も流動性の高い通貨群であり、具体的には「流通現金」、「要求払預金」、「他の流動性預金」などである。「流通現金」とは、米財務省、連邦準備銀行、預金取扱機関の保管分を除く、紙幣・硬貨を指す。「要求払預金(Demand Deposits)」とは、商業銀行の当座預金など、即時引き出し可能な預金である。そして、「他の流動性預金」とは、貯蓄預金(市場金利連動型預金口座を含む)、NOWアカウント、ATSアカウントなどである(NOWアカウント、ATSアカウントについては後述)。
「市場金利連動型預金口座(Money Market Deposit Account、MMDA)」とは、市場金利に連動した利息がつく貯蓄性口座であり、利息がつきながらも小切手の振り出しが可能である。ただ、キャッシュレス時代において小切手の利用は限定的になっており、2025年からは連邦政府も小切手の発行を原則停止したほどである。そのため、「MMDA」は「デジタル決済と高金利を両立するハイブリッド口座」へと進化した。こうした変化は、マネーの回転速度(ベロシティ)を加速させ、流動性相場の爆発力を高める一因となっている。
また、「NOW(Negotiable Order of Withdrawal)アカウント」とは、利息がつく当座預金のことである。かつて米国では「通常の当座預金に利息をつけてはいけない」という規制があったため、貯蓄預金から資金を引き出す「指図書(小切手)」を発行する形式をとることで、実質的に利息付きの決済口座として機能する金融商品として開発された。しかし、その規制は2011年に廃止となり、ほとんど今では「利息付き当座預金(Interest Checking)」に統合されている。
「ATS(Automatic Transfer Service)アカウント」とは、自動振替サービス預金口座のことを指している。「利息がつかない当座預金口座」と「利息がつく貯蓄預金口座」をセットで運用することで、「貯蓄預金口座から当座預金口座へ自動でお金を移す」という裏技的な仕組みになっている。しかし、上で示した規制の廃止により、現在では銀行のモバイルアプリが「自動貯金」や「不足分の自動補填」を標準機能化してきたため、「ATSアカウント」は独立した金融商品としての存在感が薄くなっている。
一方、「M2」は「M1」に加えて、10万ドル未満の定期預金や個人向けMMF(Money Market Fund、マネー・マーケット・ファンド:公社債投資信託の一種)が含まれる。ただ、2020年5月以降、貯蓄預金を「M2」から「M1」に移動し、「M1」は「今すぐ支払いに使える非常に流動性の高いお金」として再定義された。つまり、我々が『現金』だと思っているものの範囲が広がっており、それが市場の押し上げ余力をカモフラージュしている可能性がある。
米国において「M3」は、「M2」に企業や機関投資家が保有する10万ドル以上の大口定期預金や機関投資家向けMMF、債券を担保にした短期の資金貸借であるレポ契約、米国外(主として欧州)の銀行に預けられた米ドル預金であるユーロドルを加えたもの、と定義されている。かつては注目度の高い指標として重視されていたが、政策判断への有用性は低いとの評価や統計収集コストの削減を理由に、2006年3月で公表が停止された。一方、一部で「FRBはドルの過剰発行を隠そうとしているのではないか?」といった批判や陰謀説も聞かれる。FRBは現在も「M3」に含まれていた項目の多くを「単独の統計」として公表し続けているが、「M3」がカバーしていた「シャドーバンキング(影の銀行)」分野の膨張が、後のリーマン・ショック(2008年)の引き金になったとも言われているため、このようなうがった見方が広がったと考えられる。
◆マネーはなぜ「滞留」し、いつ「爆発」するのか――信用創造の断絶と還流――
投資家がまず理解すべきは、マネーには二つの異なる階層があるという点だ。一つは、中央銀行がコントロールする「ベースマネー(中央銀行通貨)」、もう一つは、我々が日常的に使用し、銀行預金などを通じて流通する「マネーストック」である。
例えば、中央銀行が国債を購入して流動性を供給すると、まず市中銀行の「準備預金」が増加する。しかし、これがそのまま株式市場や実体経済に流れ出すわけではない。銀行がその準備預金を元手に貸し出し(信用創造)を行ったり、有価証券に投資したりすることで、初めて「マネーストック」が増加し、実社会の購買力や投資余力へと変換されるのである。
2022年から2023年にかけて、FRBは激しい利上げとQTを断行した。これによりFRBのバランスシートは縮小したが、一方で「M2」の減少幅はそれに比べれば限定的だった。この「マネーの滞留」こそが、高金利下でも株価が暴落しなかった一因である(図2、図3参照)。しかし、2025年末からの政策転換によって、この二つのマネーの流れが再び「同方向(増加)」を向き始めたことの意味は重い。
図2 FRBのバランスシートとNYダウの推移

図3 米国の「M2」とNYダウの推移

(第19回に続く)
証券会社で株式やデリバティブなどのトレーダー、ディーラーを経て調査部門に従事。マーケット分析のキャリアは20年以上に及ぶ。株式を中心に債券、為替、商品など、グローバル・マーケットのテクニカル・需給分析から、それらに影響を及ぼすファンダメンタルズ分析に至るまで、カバーしている分野は広範囲にわたる。
株探ニュース