「武者陵司×南川明 2018年を読む!(Q&Aセッション 後編)」

市況
2018年1月16日 14時05分

―マクロとミクロ・技術邂逅の年、日経平均4万円への道―

※「武者陵司×南川明 2018年を読む!(Q&Aセッション 前編)」から続く

●債務と出口戦略、日本の未来は暗いのか?

Q) 日本の増え続けている500兆円近くのマネタリーベースと国債、公債を含む負債、1000兆円は金額でいうとFRBより大きいので、この出口はどう考えますか。国家と民間合わせて日本の富、資産は大きいので個人的には大丈夫だと思いますが。

武者: 政府の債務は日本の一部の債務であって、他方で家計、企業は大量に貯蓄余剰があって、全部を合わせた日本の純債務は実は資産超過です。日本の対外バランスシート(対外資産負債残高表)は世界で一番優良なのです。3.22兆ドル対外純資産を持っています。中国の倍近くです。日本の政府部門の赤字だけを問題にするのは矮小化した議論だと思います。

同時に債務というのは他方で資産があり、問題になるのは資産以上の債務です。純債務を考えれば日本政府は高速道路などの実物資産や、1兆ドルを超える外貨準備の裏付けとしての外貨建債券があります。財務省統計ではそれらの資産合計は670兆円に上ると報告されており、日本政府は物持ちなのです。政府の総債務1200兆円から以上の資産残高を差し引いた純債務は520兆円となり、公表されている政府総債務の半分以下なのです。対GDP比では総債務は2.23倍ですが、純債務は0.97倍まで低下します。政府の純債務を各国と比較すると、欧米各国がほぼ0.8~0.9倍の範囲内なので、極端に悪い数字ではありません。

日本は世界で一番金利(国債利回り)が低いということはマーケットが日本政府が一番投資対象として安全と評価している表れでしょう。ギリシャは一番の借金国なので金利は一番高いのです。日本の政府が低金利でお金を借りられるということは、政府は借金があるけれど民間は大幅な貯蓄余剰で、両方を足したら日本は十分に健全だということです。

日本銀行が巨額の資産膨張(=通貨を発行)し、そのお金で400兆円に上る国債を買っており、出口をどうするかが議論されています。日銀は政府部門の一つなので、日銀による国債保有額は、政府の債務とは言えないという議論もあります。そう考えれば、「政府純債務520兆円-日銀保有国債400兆円=真の政府債務120兆円」と計算でき、政府の債務問題は全く心配ないという議論も成り立ちます。日銀の資産と政府の債務を足し合わされると相殺されるのです。それは日銀という主体はただで資金を調達できる、通貨発行特権があり、政府債務を返済義務のない通貨発行で賄うというわけです。原理的にはそれに問題はないのです。

問題は日銀がお札をどんどん刷ってハイパーインフレになって、国の生産性が落ち、所得を生み出す力が弱くなり、国として滅びるかです。それを判断するのは民間が価値を作る力があるかです。日本の民間は価値を作り出し、強くなっています。価値を作り出せる日本の通貨の価値がなくなることはないでしょう。世界で一番古く不換紙幣を発行したのはモンゴルです。そして、その通貨が通用しなくなったのはモンゴルが滅びる直前でした。通貨の価値がなくなるのはその国が価値を作り出す力がなくなり、滅びるときです。

なお、政府債務をファイナンスするために通貨発行を増加させればハイパーインフレになるという議論があります。確かに通貨価値は下落しますが、それは直ちに政府債務が劇的に軽減されることを意味します。政府債務と日銀の資産膨張を懸念する見方はいずれも、根拠薄弱、謬論といえます。

●悪循環断ち切り、好循環の連鎖へ

Q) 日本の内需が長年盛り上がらなく、GDPが振るわないのですが、電子の領域が次のステージに入り、需要が上がってくると、また輸出だけが増えて、内需はいつまで経っても盛り上がらないのではないかと思います。過去は個人需要で盛り上がってきましたが、これからはIoTがインフラとして利用される、つまり従来の需要の作り方ではもうダメ、減税してもダメ、所得分配率を上げてもダメだろうと思います。そうするとやはり海外、企業は儲かるが、国内はガラ空きで貧しくなるという構造が続くと思うのですが、いかがでしょうか。

武者:今の日本の株式時価総額は600兆円台ですが、これはフェアバリューの半分であると考えています。例えばPBRはアメリカは3倍ありますが日本は1倍台。したがって、アメリカ並みの株価評価になれば、株価が2倍になっても不思議はない。すると、日本の株式時価総額が1200兆円を超え、1人当たりの株式資産がいま500万円なのが1000万円を超えていく。500万円、家計の純財産が増えれば、人々の物の考え方はガラッと変わります。

日本のバブル崩壊の大きな特徴は、倍返しでバブルが崩壊したということです。つまり、日経平均株価が妥当な水準、半分で止まればよかったのに4分の1まで下げてしまった訳です。過剰な値下がりによって人々は不必要なリスク回避のメンタリティに支配され、企業は不必要な不良債権の処理に追われ、不必要な損失のために不必要な首切りや賃金の抑制を行い、その賃金の下落が人々のデフレマインドを高めるというネガティブで不必要な悪循環に陥り、それが特に2000年からリーマンショック以降の10年余りに渡って日本人の心理に非常に影響を与えてしまったと考えています。

これが全部逆転した時には、相当状況は変わると思います。確かに政府のイニシアティブ、需要創造は大事ですが、その一方で日本は世界にはない、このネガティブな悪循環が好循環に変わるというプラスの変化の要素もあるのです。仮に日経平均が4万円になれば、人々の見方は大きく変わると考えています。異常な円高と異常な資産価格の暴落が不必要な痛みや重みを日本国民に与えて、それが日本経済を痛めつけてきたのだと思います。

Q) 財政政策で変わりますか。需要を引き出すようなファンドの仕組みなどを考えなければならないのではないか。

武者:歯車というのは、一つ好循環が生まれるといろいろな連鎖が起こるものです。今までは悪循環の連鎖、これからは好循環の連鎖が起きます。10年国債利回りと名目GDPの関係を示したグラフをみると、1991年から2011年までの20年間、金利が名目GDPよりはるかに高かった。つまり、リスクテイカーのコストが常にリターンより高かった訳で、リスク回避が正当化される環境下にありました。しかし、2012年以降の5年間はこれが完全に逆転し、リスクテイカーが報われる時代になっています。5年前に日経平均が8000円の時に株を買っていたら大儲けしていた訳です。ここから先は大きく国内のマインドが良い方向に変わると考えています。

●膨張中国が抱えるアキレス腱

Q) 中国に対する認識や考え方が、日本の知識者全体に不足していると考えています。中国は国家資本主義で国を回しており、つまり国としては強いが人民は疎か。経済は良いが国としては続くのでしょうか。中国にも隠し切れないものが出てきているのではないでしょうか。ただ、中国では倒産が起きない、したがって金融危機も中国からは起きないと思います。このような国家資本主義の本質をもう少ししっかりフォローしていただきたいと思のですうが、いかがでしょうか。

武者:おっしゃる通りその側面は非常に強いと思います。しかし、中国にもアキレス腱があります。ご指摘の通り、企業や地方政府の破綻は国家の介入によって回避できます。ただし、海外との関係においては、借金は返さなければなりません。返済不能であれば通貨は弱くなるし、そして資金流出が起こると通貨危機になります。2015年に起こったことはまさしくそれでした。中央集権的な国が際限なく通貨を発行し続ければ、国内に関しては永遠に封印できます。場合によっては統計や財務データを隠蔽、改ざんすることも手段としてはあり得ます。ただし、国境を隔てたバランスシート、これは改ざん隠蔽できず、債務返済は履行されなければなりません。

この対外資産負債残高こそが、その国の本来の強さを示しているのだと考えますが、そこに中国のアキレス腱が現われています。中国は日本の3倍近い外貨準備を保有している最大の国であり、それにより世界最強の国際金融能力の保有国と解釈されていますが、実はその外貨準備の半分は借金です。中国は極めて大量の海外資金(海外からの投資、融資)に依存して国内の投資をしてきました。これが同じ黒字国でも日本との大きな違いです。日本は全て国内のお金、中国は借金で成長してきた。この借金で成長してきた中国が海外からお金を返せと言われたり、あるいは投資資金が海外に逃げ出したら、直ちに深刻な通貨危機に陥ります。

今は資本コントロールの強化により外貨準備高の減少に歯止めがかかり、表面的には良く見えますが、いずれ資本コントロールが非常に困難な局面を迎えると思います。一つは国内の景気が悪くなれば難しい。二つ目はアメリカの金融政策がタイトになり、中国からアメリカに資金がより流出しやすくなると、中国の通貨危機が起こりやすくなります。三つ目にいまや中国沿岸部の人件費はアジアで最高となり、急速に国際競争力は落ち、貿易黒字が年率20%のペースで減少しています。3年もすれば中国の経常黒字が激減するという事態もあり得ます。中国のアキレス腱はグローバルとの接点、クロスボーダーにあります。したがって、そこは常に監視を怠れません。そして、いずれ危機が起きる時にこれが爆発すると考えています。時期的にはここ1~2年ではなく、もう少し先と考えています。しばらくはリスクは先送りできます。

Q) 企業のメンタリティが改善してきているのはわかりました。一方で個人のメンタリティですが、若い人をはじめ年金など漠然とした不安を抱いています。株価が3~4万を超えてくると、個人のメンタリティも改善してくると、そのように考えてよろしいのでしょうか。

武者:その通りだと思います。年金、財政、人口、さまざまな問題がありますが、大事なのはそれらは従属変数だということです。基本的には企業が価値を作り出し、企業が儲かるかどうかが事の出発点です。企業が価値を作れるからこそ、雇用が増加し、給料・ボーナスが支払われます。1990年のバブル崩壊後、2000年代の初めまで、日本はそれが駄目でした。このため、日本に対して人々は非常に失望しました。しかし、今の日本はそれがすごく良くなっています。つまり、いろいろな形の好循環の起点が大きく改善しているのです。企業の利益が株価上昇やデフレ脱却に結び付くことにより、年金財政は飛躍的に改善していきます。それが人々の生活やメンタリティを変えていくと考えて良いと思います。

・「武者陵司×南川明 2018年を読む!(南川氏講演)」

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【回答者紹介】

■南川 明

IHSグローバル株式会社 IHS Technology 調査部ディレクタ。

■若林 惠太 氏

新日本証券(現 みずほ証券)を経て、2000年から水戸証券において企業調査アナリスト。電機、精密、運輸、IT、通信、電力・ガスセクター担当。

■ハーディ 智砂子 氏

スコットランドの資産運用会社や生命保険会社でアナリストや資産運用のマネジャーを歴任。2006年よりアクサ・インベストメント・マネジャーにてファンド・マネージャー。

(2018年1月11日記 武者リサーチ「投資ストラテジーの焦点 303号」を編集・転載)

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