武者陵司 「貿易戦争中間総括、米国隆盛、中国退潮の潮目に」(後編)

市況
2018年8月23日 13時01分

―衝突回避が秋口からのリリーフラリーをもたらすだろう―

武者陵司 「貿易戦争中間総括、米国隆盛、中国退潮の潮目に」(前編)から続く

武者陵司(株式会社武者リサーチ 代表)

3.なぜトランプ氏の強引外交が奏功すると考えられるのか

●米国経済空前の好況、貿易戦争のマイナス要素は容易に吸収、大統領支持は減らない

それにしてもなぜ、トランプ氏の強引外交が奏功するのかであるが、その第一の理由は、アメリカ経済の圧倒的優位性(上述)である。絶好調の景気拡大が貿易戦争によるマイナス要素の吸収を容易にし、大統領支持を押し上げている。この経済力を支えているものがインターネットクラウドコンピューティングスマホAIなどを駆使した新産業革命における圧倒的リーダーシップである。

●世界唯一の決済手段、ドルの威光が強まる

第二にトランプ氏にケンカを売られた各国は中国であってもどこであっても、基本的に譲歩せざるを得ないと考えられる。以下の二つがその根拠である。

第一にアメリカの年間輸入額は2.9兆ドル、世界GDPの3.6%という巨額の需要提供者、世界最大のお客様である。この顧客の意向を輸出国側は無視できない。お客様は神様なのである。

第二に世界決済における最後の切り札、ドルの威光が日増しに高まっている。トルコ、イラン、北朝鮮、そしていずれ中国が深刻なドル不安に直面することになるだろう。ひとたびアメリカと対決しドル使用が禁止されれば、経済は干上がってしまう、という当たり前の現実を思い知らせる事態が、トランプ政権の国際政策において頻発している。そして、そのドルは強い産業競争力と経常収支の改善を通して、実態的にも強化されている。国際信用や国際投資に占めるドル比率が近年大きく高まっている。

4.アメリカ経済の一人勝ちと、中国凋落への潮目の転換

●長期世界経済趨勢、アメリカの隆盛と中国の退潮が始まった

アメリカ経済の一人勝ちと中国経済の衰弱、という長期趨勢はほぼ明らかである。もはやアメリカは手綱を緩めることはなく、徹底的に中国を追い詰めるだろう。貿易に・軍事に・外交に・為替に。

国家通商政策局長であるカリフォルニア大学教授ピーター・ナバロ氏は、著書「米中もし戦わば 戦争の地政学」で共産党独裁政権の中国の世界覇権追及は変わりようがないこと、それは必然的に米中衝突を引き起こすこと、それを回避するには中国の軍事力増強の基礎である中国経済力を弱め、他方ではアメリカ国防力を増強し、未然に中国にアメリカ覇権に挑戦する意欲をそぐことしかない、と主張しているが、その要こそ対中貿易戦争である。

●アメリカの長期衰弱=ドル安時代は終わった

アメリカ経済のシェアは第二次世界大戦直後に世界GDPの5割を占めていた時代をピークに、趨勢的に低下し、今では24%と半減した。この間、冷戦の終結直後の世界唯一のスーパーパワーという中興期はあったものの、産業競争力の衰弱と対外経常赤字の拡大、ドルの長期下落趨勢がアメリカのプレゼンスを引き下げ続けた。これが多くの人々に共有されている長期趨勢観測であるが、それが根底から転換しつつあるのである。

産業競争力の大復活を如実に示しているものがアメリカ経常収支赤字の大幅な縮小である。1970年代から続いたアメリカの産業競争力の弱体化、企業の海外への工場シフトとアメリカ空洞化は、アメリカ製造業の基盤を蝕んだ。また、物資・財の海外依存が高まった。1970年ごろまでのアメリカは繊維製品・衣料から鉄、テレビ、自動車、コンピュータなど必要物資(財)の9割を国内生産する、ほぼ完全な自給自足経済の国であった。が、1970年以降の国際化(グローバリゼーション)の中で着実に海外依存が高まり、今日では必要物資の大半8~9割を輸入に頼るようになっている。この過程でアメリカの貿易赤字は急拡大し、それとともにドルが弱体化した。アメリカの経常赤字は2006年に8060億ドル、対GDP比5.8%を記録した。それと軌を一にしてドル(実質実効レート)は2011年にかけて、過去最安値を記録した。

しかし、アメリカ経常赤字はその後着実に改善されている。2017年は4660億ドル、対GDP比2.4%と10年前に比べて半減した。貿易赤字が8000億ドルと過去10年間全く増加しなかったことと、サービス貿易と海外企業活動からの分け前である第一次所得の大幅な黒字が数百億ドルから4000億ドルへと大幅に増加したためである。貿易赤字は輸入依存度が9割弱と限界に達し、もはや増えようがなくなっている。

他方サービス輸出と一時所得収支は、知的所有権ビジネスやインターネット・プラットフォーマーが世界を股にかけて稼ぐモデルを確立したことにより、大幅に増加している。つまり、アメリカが新たに獲得した産業競争力が、大きな果実をもたらしているのである。アメリカ経常赤字の半減はアメリカの債務増加額が半減したことを意味し、それは直ちにドル供給の減少をもたらす。2010年代に入りドルが趨勢的に強まっているのは、このアメリカ産業が大きな果実をもたらしているからである。

●中国凋落の潮目到来、残された対米懐柔策、国内弥縫策ではトレンドを止められない

中国は弥縫策を連打せざるを得ず、その先は金融危機・巨額の不良債権の顕在化が不可避であろう。野放図な金融緩和・資産価格押し上げ・会計と統計のギミックのつけが一気にやってくるだろう。

その過程でカギとなるものが、外貨と為替レートであろう。アメリカの対中封じ込め政策の最重点は、 人民元切り下げ禁止ではないだろうか。というのは、そこに中国のアキレス腱があると考えられるからである。日米貿易摩擦の時、最終的に日本を追い詰めたのは超円高であったが、対中においても為替を念頭に置いていると思われる。中国沿岸部の賃金は今やどのアセアン諸国よりもはるかに高くなっている。また、ハイテク分野においては技術者の所得は日本より中国の方が高いと言われるほど、中国は高給国化した。

よって人民元を切り下げてはいけないとなると、輸出競争力は大きく落ちる。加えて経済成長のけん引車である投資が、これまでの鉄・セメント・労務費の塊であるインフラ・不動産・重厚長大産業設備の3分野から、ハイテクへと大きくシフトしている。ハイテク投資は圧倒的に日本をはじめとする海外の機械・素材・部品などに依存しており、輸入が大きく増えざるを得ない。すでに中国の貿易黒字はここ数年年率20%強の大幅減少を続けている。数年後には中国の貿易黒字が激減し、経常赤字国に転落する可能性がある(2018年1~6月経常収支は283億ドルの赤字となったが、今のところ一過性とみられている)。

そうなると、中国に投資している巨額の海外資本に流出圧力が高まる。中国の高成長は海外からの巨額の資本流入によって可能になったわけで、対外バランスシートは驚くほど脆弱である。対外純資産は外貨準備高の56%しかない。つまり、巨額の外貨準備の約半分は、返済義務のある対外債務によって賄われているのである。加えて、一帯一路計画に基づいた野放図な対外投融資(ベネズエラ、スリランカ、パキスタンなど)の焦げ付きの懸念も高まる。

●アメリカ帝国再構築へ

故に外貨不安が再び台頭し、どこかの時点で人民元が大暴落をする可能性は大きい。それは国内でのバブル崩壊の引き金をひき、経済、金融危機を引き起こすかもしれない。3年後、5年後か、そうなるまでアメリカは中国の人民元の切り下げを絶対に許さないというスタンスを取り続けるだろう。政策破綻した中国は、政権の危機に直面していくかもしれない。このようにしてトランプ政権が始めたアメリカの中国封じ込めは大きく成功するだろう。それは、世界唯一のスーパーパワー、アメリカ帝国の再構築という時代を画すものとなるかもしれない。

(2018年8月21日記 武者リサーチ「ストラテジーブレティン205号」を転載)

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