植草一秀の「金融変動水先案内」 ―米中貿易戦争・FRB・日本消費税の三元連立方程式
第12回 米中貿易戦争・FRB・日本消費税の三元連立方程式
植草一秀(スリーネーションズリサーチ株式会社 代表取締役)
●パウエルFRB議長の口撃第2弾
米国のトランプ大統領は5月25日から3泊4日の旅程で来日しました。26日に安倍首相によるゴルフ、相撲観戦、炉端焼きの接待尽くしを受けたトランプ大統領は、米紙から観光旅行と揶揄されました。日本の「おもてなし」外交は、「裏ばかり」ということなのでしょう。安倍首相はトランプ大統領に日米FTA交渉で大幅譲歩することを了解してしまったと見られています。
トランプ大統領は7月の選挙が終わるまで待ってやるが、8月には交渉をまとめてもらうとのスケジュールをツイッターで発信しました。米国の言いなりになる日本外交と、取れるものはすべて取り尽くす米国外交の組み合わせは、日本にとって極めて打撃の大きな結果につながる可能性が高いと思われます。
そのトランプ大統領の思惑通りに進展していないのが米中通商交渉です。5月5日にトランプ大統領が中国の対米輸出2000億ドルに25%の制裁関税を発動することを宣言して以降、米中対立が世界経済に与える影響が警戒されて、グローバルに株価下落が進行しました。その流れが6月4日を境に急変しました。FRBのパウエル議長がシカゴ連銀の会合で、金融政策の方向転換を示唆したためです。
FRBは昨年12月のFOMCで、2019年に2度の利上げを見通しました。これが昨年末にかけての世界的な株価急落の主因になりました。この市場反応を受けてパウエル議長は、本年1月4日に政策運営の軌道修正を表明しました。このパウエル発言によって世界の株価が反発に転じたのです。
●FRB緩和策を持ち駒に中国と対局
これと類似したパウエル口撃の第2弾が6月4日に発せられました。今度はさらに一歩踏み込んで、FRBによる利下げが示唆されたのです。パウエル議長は、貿易戦争が及ぼす影響を緊密に注視しており、「適切に行動する」と述べたのです。この「行動」が利下げ措置であると市場は読み取りました。その結果、NYダウはこの日、前日比512ドルの大幅上昇を示しました。
2018年1月以降のグローバルな株価乱高下、株価調整の背景として、私は米中貿易戦争、FRB政策運営、日本消費税増税の三つを挙げてきました。米中対立が激化し、FRBが利上げを実施し、日本が消費税増税に突き進むなら、株価は暴落せざるを得ないでしょう。この警戒感が強まったのが昨年10月から12月の期間でした。
ところが、本年1月4日のパウエル発言以降は、FRB政策運営が株価下落要因から株価支持要因に転じる変化が観察され始めています。この変化の背後にトランプ大統領の強烈な圧力があることは容易に想像できるところです。
FRBの緩和転換というカードをトランプ大統領が握ってしまう場合、私たちはその影響を考察することが必要になります。米中協議が決着し、利上げ懸念が後退するなら、世界経済の先行き楽観論が広がるのですが、FRB緩和転換というカードを握ったトランプ大統領が対中国交渉で強硬姿勢を貫くことも想定できるため、金融市場への影響を洞察することがとても難しくなるのです。
●消費税増税が本当に実施されるか
もうひとつ、重要な問題があります。日本の消費税増税です。メディアは安倍首相が消費税増税を予定通りに実施し、衆参ダブル選を見送る方針を固めたと伝えています。通常国会は6月26日に会期末を迎え、7月4日公示、21日投開票の日程で参議院議員通常選挙が行われるとの見通しが示されています。
消費税増税が実施されるか否かが、今後の日本経済の方向を考える上で、最重要のポイントになります。日本経済は昨年10月を境に、景気調整局面に移行しているとの見方が有力になっており、このタイミングで消費税増税が断行されれば、極めて深刻な景気後退に陥る可能性が高まります。当然、株価には強い下方圧力がかかることになるでしょう。
衆院任期を2年余残すタイミングで、安倍首相が本当に消費税増税強行の腹を固めたのかどうか、なお慎重な見極めが必要であるように思われます。1986年には中曽根内閣が、なくなったとされた衆院解散に踏み切り、衆参ダブル選が実施されました。中曽根首相が「死んだふり」をしたと発言したことから「死んだふり解散」と呼ばれました。
6月19日に党首討論が行われます。また、会期末に向けて野党が内閣不信任案を提出する可能性もあります。安倍首相が消費税増税を三たび延期して衆参ダブル選に打って出る可能性も完全には排除するべきではないと思います。
米中貿易戦争、FRB、日本消費税の三つの重要事項のすべてにおいて、方向が確定していないことを明確に認識しておくことが必要です。
●国賓トランプ大統領への手土産の中身
米国金融政策を決定するFOMCは6月18-19日、7月30-31日に開催されます。このいずれかのFOMCで利下げが決定される可能性が高いとの読みを金融市場が織り込み始めています。世界の経済情勢が、かなり急激に変化し始めており、FRB金融政策の方向は、大きく転換し始めています。
問題は、この変化がトランプ大統領の対中国交渉姿勢にどのような影響を与えるのかという点の考察にあります。FRB利下げカードを手にしたトランプ大統領が、中国に対する強硬姿勢を強めることになると、今後の展開を楽観視できなくなるかも知れません。
そもそも、金融政策の方向転換の可能性が急浮上している原因の中心に、実は米中貿易戦争があるのです。世界貿易が急激に減少傾向を強め始めました。だからこそ、年内2回利上げ見通しが、年内2回利下げ見通しに変化するという「激変」が生じているのです。
金融政策運営の基本環境が変化し、同時に米中貿易戦争が収束に向かい、日本の消費税増税が中止されるなら、世界経済には明るい光が差し込み始めると思われるのですが、米中貿易戦争激化と日本消費税増税強行が重なることになるなら、世界経済の先行きに対して、手放しの楽観は許されなくなるでしょう。
FRBの利下げは株価上昇要因だと短絡的に捉える向きが多いのですが、過去を検証すると、実はそうとも言い切れません。2019年6月、7月は、今後の世界経済・金融の方向を定める天王山の重要性を持つ時期ということになりそうです。
(2019年6月14日 記/次回は6月29日配信予定)
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