植草一秀の「金融変動水先案内」 ―トランプ大統領の判断力が試される局面
第13回 トランプ大統領の判断力が試される局面
植草一秀(スリーネーションズリサーチ株式会社 代表取締役)
●パウエルFRB議長発言の影響力
5月5日にトランプ大統領が中国の対米輸出2000億ドルに25%関税を適用する方針を表明しました。米中閣僚級会合直前のタイミングでした。中国の譲歩を勝ち取るためのトランプ流のディールであったと考えられますが、中国は冷静かつ毅然とした対応を示しました。米中会談の日程を1日先送りしつつ、米国の要求を丸呑みする対応は示しませんでした。
結局、米国は5月10日に2000億ドル対象の25%関税発動に動き、金融市場は米中貿易戦争激化に対する警戒を強めることになりました。
NYダウは昨年10月3日に2万6951ドルの史上最高値を記録しましたが、その直後から年末にかけて急落しました。米中貿易戦争激化、FRB利上げ推進、日本増税策具体化が重なった局面です。FRBは12月19日に昨年4回目の利上げを決定するとともに、2019年にも利上げを2回実施するとの見通しを示しました。この政策発表によって株価下落が加速することになりました。
新たな金融危機到来も懸念される場面でしたが、事態を打開したのは米国金融政策の責任者パウエル議長でした。1月4日の講演で「迅速かつ柔軟に対応する用意がある」と発言し、米金融政策運営の基本方針を転換する可能性を示唆しました。この発言を転換点に4月末まで主要国の株価が大幅反発を演じたのです。
●NYダウと米国対中交渉姿勢の関係
流れを逆流させたのが5月5日のトランプ発言でした。トランプ大統領はさらに、中国の対米輸出残余の3000億ドルにも25%関税を適用する方針を示唆しました。NYダウが史上最高値に接近し、トランプ大統領の強気の交渉姿勢を後押ししたように思われます。
しかし、中国は米国の要求エスカレートには譲歩しない姿勢を明確に示し、米中交渉が長期化する様相を示し始めています。5月5日のトランプ発言を契機に株価は下落基調に転換し、先行き警戒感が広がりましたが、この局面を打開したのが再びパウエル議長でした。
パウエル議長は6月4日の会合で「景気拡大を維持するために適切な行動を取る」と発言しました。金融市場はこれを利下げ早期実施と受け止めて株価反発の反応を示しました。さらに、6月19日の FOMC声明が「景気拡大を維持するために適切に行動する」と明記したため、早期利下げ確実の憶測が広がりました。
NYダウは再反発し、6月21日には史上最高値まで、あと44ドルの水準に迫りました。この局面でトランプ大統領が米中貿易戦争を収束させる方向に舵を切ればNYダウは史上最高値を更新し、三尊天井形成の可能性を消滅させることができると思われます。ところが、NY株価が上昇するとトランプ大統領は対中交渉姿勢を強硬化させる傾向があり、米国の対中要求が激化することも考えられます。そうなると、米中交渉の決着は遠のき、株価にも下方圧力がかかってしまいます。
●無尽蔵には存在しない米利下げカード
当面の焦点は週末の大阪G20首脳会議での米中首脳会談です。ここで合意形成への基礎が固められれば、米中貿易戦争は峠を越すことになります。株式市場には好影響が広がるでしょう。しかし、問題決着の道筋が見通せない結果になれば、この問題は膠着状態を持続することになるでしょう。米国が直ちに3000億ドル対象の25%関税発動に動く可能性、米中貿易協議が妥結する可能性のいずれも現時点では可能性が低いと見られますが、まずは米中首脳会談の結果を待たねばなりません。
トランプ大統領はFRBの利下げによってNY株価を際限なく上昇させることができると判断していると見られる節がありますが、この見立てが正しいとすると、トランプ政権の先行きは危ういと言わざるを得ません。
6月19日のFOMC内容を見ると、FRBは利下げ敢行で結束しているわけではないからです。年内利下げなしと予測する委員が半数を占め、2020年の利下げ可能性を見通す委員は皆無なのです。FRBが積極的に利下げを推進する局面ではなく、1度か2度の予防的利下げが必要になる可能性が浮上しているに過ぎません。
トランプ大統領が、FRB利下げカードを多数保持しているから強硬な対中交渉姿勢に問題はないと判断しているなら、近い将来、大きな誤算に直面する可能性が高いでしょう。米国が過度の要求を抑制することがソフトランディングの条件になるのであり、この叡智をトランプ大統領が持ち合わせているかが焦点です。
●軽微ではない消費税増税の影響
安倍内閣は衆院を解散せず、7月21日に参議院議員通常選挙を単独で実施する方針を確定しました。消費税率を本年10月に10%に引き上げる方針は堅持されました。野党に対する支持率が低下しており、消費税増税を掲げて参院選に突入しても自公与党が勝利できるとの読みを背景にしたものと思われます。
しかし、日本経済は昨年10月以降、新たな景気後退局面に移行した可能性があります。景気動向指数による景気判断も悪化に転落しています。この状況下での消費税率引き上げは深刻な不況への転落をもたらす可能性が極めて高いと判断されます。
財務省出身の黒田東彦日銀総裁は、消費税増税支援を目的に金融緩和政策再拡大に進む可能性がありますが、日銀の金融緩和拡大=円安誘導は日米通商協議の場で米国の強い非難を招く原因になるため、制限されたものにならざるを得ません。
安倍内閣に対峙する野党は消費税増税阻止で足並みを揃えており、消費税増税の是非が最大の参院選争点に位置づけられ、投票率が大幅上昇する場合には、自公が大敗する可能性も浮上するでしょう。この場合には、安倍内閣早期退陣の思惑が広がることになるでしょう。
米中貿易戦争が長期化するなかで、米国利下げ政策が限定的なものであるとすると、株式市場の膠着状態が長期化する可能性が高まります。このなかで、日本の消費税増税が強行されるなら、日本の株式市場は独自に強い下方圧力を受けることになります。この点に対する十分な警戒が必要であることを銘記しておくべきです。
(2019年6月28日 記/次回は7月13日配信予定)
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