植草一秀の「金融変動水先案内」 ―トランプ大統領の柔軟性と増税強行の頑迷さ
第14回 トランプ大統領の柔軟性と増税強行の頑迷さ
植草一秀(スリーネーションズリサーチ株式会社 代表取締役)
●NYダウが史上最高値を更新
7月11日のNY市場で NYダウが2万7000ドルの大台に乗せ、史上最高値を更新しました。NYダウは昨年1月、10月、本年4月に高値を記録して、三尊天井を形成する可能性を示していました。筆者は本コラム「水先案内」で、米国のトランプ大統領が6月末の米中首脳会談で、どのような対応を示すのかがカギを握るとの見方を示しました。
中国の対米輸出5500億ドルのすべてに25%の制裁関税が発動され、米中貿易戦争の全面展開に移行すれば、2007~09年のリーマンショック級の金融危機が発生する可能性が高い一方、米中協議を着地させる方向に政策の舵を切れば、NYダウは史上最高値を更新して世界経済の好転を誘導し得るとしました。現実の見通しとしては、全面戦争でも全面解決でもない中間の道筋を進む可能性が高いとの見通しを示しました。
トランプ大統領が示した行動は第三の中間の道筋に含まれるものですが、市場が警戒した道筋と比べれば著しく柔軟なものになりました。米国は中国の対米輸出残余3000億ドルに対する制裁関税発動を凍結するとともに、中国ハイテク企業ファーウェイに対する禁輸措置を一部解除する方針を示したのです。
そもそもは、5月5日にトランプ大統領が突如、強硬スタンスを明示したのが金融市場動揺の発火点でした。トランプ流の「ディール術」だと言えますが、中国はトランプ大統領のブラフ=脅しに屈服しない姿勢を明示したのです。
●柔軟性を示したトランプ大統領
中国は中国製品の販路拡大を一帯一路に求めています。アジア、欧州、アフリカ、南アメリカに販路を拡大することによって対米依存度を引き下げる取り組みを進めています。米国による高率関税適用は中国経済に強い下方圧力を与えるものですが、そのことによって中国経済が底割れしてしまうことを回避するための方策が工夫されています。
中国の習近平体制は昨年秋の共産党大会、本年春の全人代によって制度的に強化されています。このことを背景に、対米経済戦争が長期化しても政権基盤は揺るがないとの判断を中国政府が保持したのだと思われます。他方、トランプ大統領は、米中貿易戦争が全面展開に移行し、世界経済が急激な悪化を示す場合のリスクを慎重に見極めたと思われます。
米国株価が急落すれば、直ちに2020年大統領再選に黄信号が灯ることになります。この事情を考慮して、トランプ大統領は上げた拳をみずから下ろす行動に踏み出したのだと考えられます。米国譲歩による事態進展の見通しは正鵠を射たものであったと思います。
他方でトランプ大統領はFRBに対して利下げ政策を強く要請しています。この要請に呼応するかのようにパウエル議長率いるFRBが近い将来に利下げを実施する方針を示唆しています。このこともNYダウが最高値を更新した重要な背景になっています。実は、このFRB利下げ施策が米中貿易戦争と密接な関わりを有しているのです。
●市場とFRBの温度差
FRBは昨年12月の FOMCで2019年に2度の追加利上げを実施するとの見通しを示しました。昨年末にかけてのグローバルな株価急落の主因になった政策方針でした。折しも、米中貿易戦争が激化するさなかの政策方針表示で、グローバルな金融危機発生が強く警戒されました。
この事態を踏まえてFRBのパウエル議長が1月4日に政策軌道修正を表明し、金融市場の潮流が転換したのです。その後、政策軌道修正の方向が順次確認されてきましたが、5月5日にトランプ大統領が対中国強硬政策発動を表明して株式市場に動揺が広がると、パウエル議長は6月4日に、一段と踏み込む発言を示しました。「適切に行動する」と表明したのです。金融市場はこの言葉を「利下げを実施する」と読み解き、利下げ実施を織り込み始めました。
6月19日のFOMC声明は「景気拡大を維持するために適切に行動する」と明記して、この流れを踏襲しました。その結果として、金融市場は年内2度の利下げ実施を完全に織り込む状況に移行したのです。
ただし、本コラムで指摘したように、金融市場の織り込み方は行き過ぎたものでした。FOMCメンバーでは、金利見通しで年内利下げ2回(0.25%幅の場合)を示した者が7名、1回が1名である一方、利下げなしが8名、利上げ1回が1名というものでした。金融市場の受け止め方とFRBの内情とに大きな隔たりがあったのです。
●米中貿易戦争と金融政策の関係
7月5日発表の6月米雇用統計で雇用者増加数が22.4万人に急増したことで過度の利下げ期待が後退しました。FRBからも利下げ期待の行き過ぎに対する警告メッセージが提示されました。金融市場の期待=予想が適正に冷やされることになりました。
このなかで実施されたパウエル議長議会証言に関心が寄せられたことは言うまでもありません。パウエル議長は証言で「より緩和的な金融政策の必要性が高まっている」と述べました。この結果、再度、7月末のFOMCでの利下げ実施可能性が高まることになり、これがNYダウの2万7000ドル突破を後押ししたのです。
実は、FRB利下げ政策と米中貿易戦争は表裏一体の関係にあると言えるのです。FRBの金融緩和政策を後押しする原動力になっているのが米中貿易戦争の激化なのです。1月4日のパウエル発言(1)はファーウェイ幹部逮捕などに象徴される米中貿易戦争激化を背景としたものでした。さらに、6月4日のパウエル発言(2)はトランプ大統領による中国対米輸出2000億ドルに対する25%関税発動決定を背景としたものだったのです。
米中貿易戦争が激化しているから利下げの環境が整うという奇妙な図式を読み取ることができるのです。トランプ大統領がこのトリックを思いついて実践している可能性もあるかも知れません。
他方、日本は10月の消費税増税強行実施に歩を進めています。消費税増税の影響を軽視することはできません。筆者が発行しているレポートにもその影響を考察していますので、関心がありましたらご高覧ください。
(2019年7月12日 記/次回は7月27日配信予定)
⇒⇒ 『金利・為替・株価特報』l購読のご案内はこちら
⇒⇒本コラムをお読みになって、より詳細な情報を入手したい方には 『金利・為替・株価特報』のご購読をお勧めしています。毎号、参考三銘柄も掲載しています。よろしくご検討ください。(スリーネーションズリサーチ株式会社 代表取締役 植草一秀)
株探ニュース