損切りできない私からサヨナラするには ⇒ ディスポジション効果
大槻奈那の「だからあなたは損をする~心理バイアスの罠にはまらない技」
マネックス証券・執行役員チーフアナリスト
東京大学卒業。英ロンドン・ビジネス・スクールにて経営学修士(MBA)を取得。格付け会社スタンダード&プアーズ、UBS証券、メリルリンチ日本証券にてアナリスト業務に従事。2016年1月より現職。名古屋商科大学大学院教授、二松学舎大学客員教授を兼務しつつ、一橋大学大学院・経営管理研究科(一橋ビジネススクール)の博士課程に在籍。ロンドン証券取引所アドバイザリーグループ・メンバー。財務省財政制度等審議会委員、規制改革推進会議委員。最近の趣味は落語鑑賞と旅行、そして不動産実査で宅地建物取引士の資格も保有する。
新型コロナウィルスの影響はまだ続きますが、株式市場には力強さが戻ってきました。しばらく"塩漬け"だったポートフォリオの見直しをされる方も多いのではないでしょうか。
そこで今回取り上げたいのは、"ディスポジション効果"という心理トラップです。ディスポジションとは、"処分"という意味で、行動経済の世界では「将来性がないのにも関わらず、含み損のある株が売れない」という心理を表します。
本来は、今の時点で含み損があろうとなかろうと、将来の成長力と、それが正しく株価に反映されているのかで判断するのがセオリーです。しかし、なかなかそうはいきません。
というのも損を確定させるのは、
自分の投資判断が間違っていたことを認めるようでイヤ…
売ったら上がるような気がする…
――ということもあり、同じ思いをされた人も多いのではないでしょうか。
3銘柄を例に検証してみると
そこで今回は、金融の関連銘柄を中心に、皆さんがどれくらいディスポジション効果に支配されているのかを見てみたいと思います。金融関連を例にするのは景気敏感業種で、このコロナ禍で先行きの景気に懸念が強まるなかでは総じて株価が低調になっているからです。
一方、他の業界の株価は金融緩和や財政政策の後押し期待などから少し底入れしてきています。ここで金融関連銘柄を売却して、その他の業種の成長銘柄にシフトする場合、行動経済学上からどのようなことを意識すべきでしょうか。その例として、以下の3銘柄で構成するポートフォリオから考えてみました。
■金融関連銘柄のポートフォリオの概要
銘柄名 <コード> | 株価 | 購入時 株価 | 含み 損益率 | 含み損益 |
---|---|---|---|---|
オリックス <8591> | 1241.5円 | 1309.5円 | ▲5.2% | ▲6800円 |
イー・ギャランティ <8771> | 2128円 | 667円 | 219.0% | 14万6100円 |
アニコムHD <8715> | 4555円 | 4840円 | ▲5.9% | ▲2万8500円 |
銘柄名 <コード> | 配当 利回り | PER | 前期 増益率 | 今期予想 増益率 |
---|---|---|---|---|
オリックス <8591> | 6.10% | 4.9倍 | ▲5.5% | ▲3.0% |
イー・ギャランティ <8771> | ―― | 48.9倍 | 36.2% | ▲13.8% |
アニコムHD <8715> | 0.12% | 57.1倍 | ▲10.3% | 47.3% |
「予想」は証券アナリストの平均増益率は1株当たり当期純利益
通常のポートフォリオでは、含み損がある銘柄と含み益がある銘柄が混在するので、例にした3銘柄も、4年から2年前にかけてボーナスを受け取った後に購入したと仮定し、含み損と含み益がある場合を組み入れました。
大化け株のイー・ギャラは、雲行きが怪しくなってきた?
この3銘柄の中から一部を売却して、他業界の銘柄に乗り換えるとしたら、どの順に売るべきでしょうか?
冒頭に触れましたが、銘柄選別は、現時点の含み損もしくは含み益が「ある」「なし」にかかわらず、今後の業績成長力に期待が「ある」「なし」で判断するのが本筋でしょう。すると、今期の1株当たり当期純利益予想から考えると、アナリスト予想がマイナスになっているイー・ギャランティ<8771>とオリックス<8591>が候補となるでしょう。
まず今期の予想増益率が2桁のマイナスが予想されているイー・ギャランティは、大化け株に注目する個人投資家の方はよくご存じでしょう。株価は過去7年で10倍に上昇し、金融業界では極めて珍しい「テンバガー」銘柄です。足元の株価も高水準でアナリスト予想をベースのPERは50倍に迫ります。
今期の利益予想が振るわないのは、中核業務である売掛債権の保証が、新型コロナの影響による倒産の増加で、業績にマイナスのインパクトを与える可能性があるからです。
同社が手掛ける売掛債権の保証とは、企業が持つ売掛債権が回収不能になった場合に備える保険のようなものです。イー・ギャンランティは保険料に当たる保証料を受け取り、顧客企業が売掛債権を回収できなったときは保険金に当たる所定の保証金を契約先の企業に支払います。つまり保証残高が増えれば、受け取る保証料が増加える一方で、保証金の支払いが増えなければ利益は拡大していく構造です。
2020年3月期の保証残高は前期末から504億円、13%の拡大をしており、今後倒産などで保証金の支払いが増えない限りは、業績向上につながります。しかし、倒産は遅行して出てきます。景気の先行きを考えると、保証残高の増加は保証金の支払いリスクが高まることになります。
実際、同社は21年3月期で保証金(保証履行額)は増加すると見込み、会社計画では、29.3%の増収も、15.2%の減益(1株利益)としています。同社は引き受けている信用リスクの大半を流動化していますが、保証履行額の増加でリスク流動化費用も増えるとみています。
同社の株価は足元ではもみ合いながら、水準を下げている状況です。ポートフォリオの例では含み益があるので、銘柄入れ替で売却する場合に損が発生しないので、その点で心理的な抵抗は低くなりそうです。
人気優待銘柄のオリックスは損を確定させるべきか
では今回のテーマである含み損を抱えるオリックス<8591>は、どうでしょうか。今期の業績予想も前期に引き続き弱い見通しです。悩ましいのが、最近の株価は底入れしたように見えること。直近の高値の1439円を抜けば、暴落前の水準に戻り、損を実現しないで済むかも…という気持ちが沸いてしまいます。業績見通しでは売却候補になるオリックスは、株価の反発期待がアダになり、売りにくくなる可能性があります。
そのオリックスは、5月11日に予定していた2020年3月期の決算発表を5月21日に延期しました。新型コロナで、海外拠点の監査に時間がかかるとのことです。現在発表している20年3月期の会社予想利益は変更しないとのことです。
海外拠点を抱える他の企業の多くが予定通り決算を発表する中では、慎重ともいえる対応です。5月11日までに業績を発表した企業のうち、今期予想を見送った企業が約6割に上る中、オリックスも予想が出すのかどうか。出さなかった場合、株式市場はダウンサイドリスクを織り込みに行くでしょう。
たとえ少し待って含み損が消えたとしても、今のうちに他の成長株に乗り換えておけば、その頃にはもっと大きな利益が出るでしょう。となると、同社株も入れ替え候補になります。
大幅増益予想のアニコムは、損を確定すべき?
最後に、ペット保険を主力とするアニコムホールディングス<8715>はどうでしょうか。含み損益率はオリックスより少し大きい▲5.9%です(▲はマイナス)。
アニコムは、業績的にも回復基調です。5月12日に、20年3月期の当期利益は5.3%減の15.2億円となったものの、今期予想は、35.0%増益という強気の見通しを発表しました。市場予想はさらに強気です。 コロナ禍で家にいる時間が増え、これまでよりもペットの様子が気になって保険に加入する人も増えているようですし、新しくペットを飼う人も多いようです。
以上3銘柄を見てきた中で、売却候補を最終決定すると、どの順番が適当でしょうか。
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